第2話 ヤスガンの村
最初に盗賊から金品を巻き上げ、薬草などの道具も貰っておいたが、正直足りない物だらけだ。
薬草はある程度あったからいいとして…どくけしと煙玉と砥石。この辺りは買っておこう。あとで損するもんじゃないし。
そして早めに砥石で盗賊から奪ったナイフを研いでおこう。いざって時に切れないんじゃ話にならん。勇者が最初に神から貰えるチートアイテム【ギフト】がない分、ちょっとハードモードかもな。
「お兄ちゃん、名前はー?」
うぉっと、茶髪のショートヘア幼女よ。考え事している時にいきなり来るのは心臓に悪いぞ。…だが、都合が良い。ちょうど聞きたい場所があった。
「…青井。青井龍一だ。それはそうと…この村に教会はあるか?」
そう、行くべきは教会。煽られて大泣きしていた女神様が話しかけてくれるとは思わないが、もしかしたら…ということもある。ぶっちゃけ今なら落ち着いているかもしれない。
「あるよー!あっち!!」
「そうか、ありがとうな」
「…お兄ちゃん、実は勇者様でしょ?」
何だと…?こいつ…いきなり見破ったというのか…?もしや魔王軍の手先…待て、まだ早計だ。根拠を聞いておこう。
「…何故そう思う」
「神様のお告げだよ!近いうちに勇者様がこの村に来て、悪い悪魔をやっつけてくれる!って言ってたんだ!!」
よし、では早速教会でシスターから詳細を聞こう。あの職務怠慢な自称女神がふざけたことを言っていたのだろうが、もしかしたら違う可能性もあるからな。
「お待ちしておりました。勇者さ…ま…?」
おっとりとした雰囲気を醸し出すシスターが何故か目をぱちくりとさせている。…まぁ、察する。やはり俺は目当てでは無かったのだろう。
「どうかしたのか?」
「いえ、お告げの勇者様と格好が随分と違われたので…」
そうか。本来であればこの後に来るはずの勇者がいたのに何の因果か俺が先に来てしまったみたいだな。
「そのおつげとどう違う?」
「不滅の鎧に身を包んだ勇者様はその手に携えた聖剣で恐ろしい魔王の手先を倒し、この村を救ってくださる。お告げにはそうありました」
「そうか。なら勇者違いかもしれん。だが、もし敵が来たら責任を持って俺が倒す。何かあったら呼んでくれ」
おい、装備品一つも合ってないじゃないか。まぁ、どうせあの三流女神がテキトー言ったんだろう。あるいは…本当に聖剣勇者が来るのかもしれない。
【攻撃予測】
遥か上空からの落雷。
ん?何だ?眼前に出たこの文字は…そして赤いラインが俺の身体に…
これは…危険予知か!
「よっと!」
早すぎる…何もないのどかな青空から突然の雷。もう魔王軍が来やがったか。雷が落ちた周囲が
「おうおう、いきなり奇襲攻撃か?見えないところから狙いやがるとはとんだ腰抜けだなぁ、魔王軍の誰かさんよぉ!!それとも顔面がブサイクすぎて人前に出れないか!?…あぁ、分かる。テメーのような醜い奴はその姿を晒したくないよなぁ!」
『誰がブサイクですか!うぅ…何なんですか…女神に向かってその態度はぁ…ぐすっ…それにさっきの天罰を、…避けないでくださいよぉ…』
いやいやいや!村の教会から出た瞬間、女神に攻撃されるとかどんなクソゲー!?つーか明らかに超火力であろう天罰に当たれとか鬼か!?
「誰が好き好んで受けるか。悔しかったらもっとちゃんと当ててみろや、ノーコン駄女神ミルフィーさんよぉ!」
『シルフィです!うぅ…何で一々人を煽らないと会話出来ないんですかぁ…もういいです!当たるまでいくらでも撃ちますからね!?』
【攻撃予測】
神の天罰
属性:雷
神界から降される雷。
「…」
よし、軌道として出てくる赤ラインもさっきと同じ。なら…
前!前!後!後!左!右!左!右!シルフィの下した天罰は一つも俺にあたらず、まるで落雷が避けに行っているようだ。
「いぇい」
神の天罰
属性:雷
担当勇者が道を踏み外した場合にのみ行使可能な神による裁きの一撃。
ただし、道を踏み外したという定義はその神の物差しで決められるため基準は結構曖昧。
おっ、最後のはかなり具体的に出てきたな。なんか無駄な補足まで付いているが…つまり俺の危険予知スキルは技を見て、覚えることで更なる詳細を見ることが可能になるってことか。
そして俺は神界で見ているであろうシルフィに向けて思わずぶん殴りたくさせるドヤ顔を披露する。ドヤ顔は煽りの基本。言葉でしか煽れない奴はアマチュアに過ぎない。顔や態度でも相手を煽れてこそプロだ。
『うぅ…どうして当たらないんですかぁ!』
「お前の天罰(笑)なんざ何発来ようと余裕でかわせるわ〜!あーはっはぁぁぁぁ!!」
「おぉ…流石は勇者様です。敵の攻撃をあんなにも容易く避けている上、息ひとつ切らしていないとは。やはり貴方は勇者様なのですね…」
いや、敵ではないよ?貴方方が崇めている存在なんですよ?
「なぁ、マナフィー!とりあえず話をしよう。今後の俺の方針は?」
『シル…知るかぁ!もう好きにしろよぉ…!うぅ…ぐすっ…アオリのバカァ…!!』
とうとう職務放棄か。…なぁ、お前はこの世界の命運とか何だと思っているんだ?当事者意識が低いんじゃないか?所詮は対岸の火事とか思っているんだろうな、どうせ。
日本人をとりあえず異世界に転移させときゃ勝手に強くなって、勝手に魔王を倒してくれるとか思っているわけ?流石にそんなこと思っているような頭お花畑ではないことを願いたい。
確かに俺が煽りすぎたってのも…まぁ、あるかもしれない。だが、それにしてもだ。お前を見ているとまるで神界では俺達で競馬みたいなギャンブルをしているようにしか見えない。命を…勇者達の人生をまるで玩具か何かのように扱っているように感じる。
「すみませーん!神のチェンジをお願いします!!」
『出来るかぁ!!』
…はぁ、これで完全に途方に暮れたな。どうしたものか。王都のレベルが分からない以上、準備も無しに王都には行きたくない。勇者12人に袋叩きにされる可能性もあるしな。まずは村で煽りスキルの派生スキルをいくつか習得しておくか。
というか王都が未知すぎる。アホほどインフレが進んだ場所にいきなり放り出されて勝てると思える程俺は傲慢ではない。いや、傲慢だと思わせるのは煽りの一つだが、あくまで自分は極めて冷静であることが前提だ。
極めつけは召喚システムが欠陥だらけ。12人…いや、俺も含めれば13人か。何だよ、13人って。カブトムシを同じ籠に何匹も飼ったらやたらケンカしまくるって知らんのか。
女神はあてにならないし、せめてこの世界と王都の事情。そして勇者についてよく知っているガイド役を仲間に出来ればまた変わってくるんだがな。
「つーかお告げしたのあんたか?テキトー言いやがって」
『知らないわよそんなのぉ!…ひっぐ、そ、それより!し、し、召喚して…す、すぐ天罰を下すなんて神界でも前代未聞なんだぞぉ!分かっているのか!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!』
「ほう、前代未聞か。確かにそうかもな。お前みたいな短気な神が何人もいたら神界は終わりだもんなぁ!!」
『っ〜!!』
相変わらずの雑魚メンタル女神。もうダメかもしれない。とりあえず自分でなんとか出来ることはなんとかするか。
「さて、とりあえず宿でも取—」
【攻撃予測】
高度200mからの電撃。
はぁ、またシルフィからの天罰…いや、違う。これは…
「伏せろ!みんな!!」
見渡す限りは辛うじて誰にも当たらずに済んだみたいだし、火事にもなっていない。だが、妙に範囲が広いな…俺の予知ではせいぜい俺の半減数m程度しか無かったはずだ。
恐らくまだ危険予知のレベルが低いせい。あるいは自分に降りかかる危険しか予知出来ない仕様であるためか。このいずれかだろう。
『へへっ、つい急いで来ちまったぜ。先にお前らを殺されちまったら俺様の楽しみが無くなるからなぁ!!』
うぅわ。シルフィが安直に天罰なんざ乱用するから…
人相の悪い犬顔の化け物が二足で立っている。あれは所謂ファンタジーで言うところのコボルトか。…にしては中々大きい。突然変異か?
それに翼はないみたいだが飛翔スキルの類で飛べるのだろうか。いきなり来る相手のレベルではない気がするな。
「あっ、あれは!!」
「知っているのか?」
「デスボルト様だ!コボルトの変異種でその雷魔法は全てを黒焦げにしてしまう恐ろしい魔王軍の幹部だ!」
説明ありがとう…よし、こういった遥か格上にこそ俺の煽りスキルがどれだけ通用するか…試し甲斐がある。
「デコイ!」
まずはターゲットを俺一人に絞らせる。村に余計な被害を出す訳にはいかないからな。それに未だデコイとハイドは精度を確かめていない。ぶっつけ本番。今やってみよう。
「あ?何だ、てめぇは…珍妙な格好しやがって」
よし、かかった。デコイは意思を持って言葉を発するだけで発動とは。それにモンスターの視線も勝手に集めてくれる。以外と便利なのかもな。
「お前らは隠れていろ!こいつは勇者の俺が必ず倒す!お前らは生き延びることだけ考えろ!!」
「ですが、勇者様!」
「お前らには家族がいるだろう!残された者の気持ちを考えてみろ!それがどんなに苦痛なのか…分からないのか!!」
「はっ、はい!全力で生き延びます!!」
「道具屋と武器屋のおっちゃん!場合によっちゃあんたらのもんを借りてくが、構わないな!?」
「あぁ、やっちまってくれ!勇者様!!」
「おう、いくらでも使ってくれ!!」
【攻撃予測】
デスボルト
属性:雷
デスボルトの得意技。凄まじい速さの雷撃で敵を穿つ。当たれば痺れるでは済まないだろう。まさに死の電撃。
なるほど。さっきの技はデスボルト…ってそのまんまか。つまりはあれか。技名がそのまま通り名みたいな人なのね。それくらいこの技に自信持っちゃっているのね。
「俺様を無視しやがって!そんなに死にてぇか!」
「あっ、いや。ごめんなさーい。貴方の攻撃なんて話の片手間で避けられちゃうんで」
「つーかさ。お前にはこの最先端のおしゃれが分からないわけ?やはり知能はコボルトか」
「…あ?今なんつった」
「ん、難聴か?それともさっきの言葉の意味が分からないのか?…なら訂正しよう。貴様の知能はスライム以下だな」
自分の事を俺様とか言っちゃう辺り、無駄に自尊心が高いということが想定される。こういった相手は非常に煽りやすい。これでもう余裕でぷっつんだろう。だが、念のためダメ押しをしておこうか。
「我こそは貴様を倒し、この村を救う勇者だ!来いよ、駄犬め」
「…テメーは俺様が必ず殺す!俺様に逆らった事を後悔しながらあの世へ行きやがれ!!」