第1話 史上最悪の勇者
「…やべぇ、死ぬわ。これ」
俺はシルフィから一通り説明を受けた後、すぐさま異世界へと飛ばされた。それもどっかの道端にポイっと。
「まぁ、自業自得か。あんなことがあったらなぁ…」
話は少し前に遡る。殺風景な何もない部屋で俺は詳しい説明を受けていた。
『我々はかつて12人の勇者をあちらの世界に飛ばしました。聖剣勇者、弓勇者、精霊勇者、黒炎勇者、マッスル勇者、恋愛勇者、ボールペン習字勇者…』
『おい、待て。黒炎勇者とマッスル勇者は百歩譲ってスルーしよう。だが、ボールペン習字勇者って何だよ!それ何が強いの!?いや、そもそもどうやって戦うんだよ!!』
ボールペン習字とか戦いから最もかけ離れたスキルじゃないか。資格講座じゃないんだぞ。どうやって魔王を倒すんだよ。
『ボールペン習字勇者は私の友人の女神オンディーヌが召喚した勇者です。それ以外は何も知りません』
ついお前の友人ロクなやついないな。と言おうとしたが、話が進まなくなるので一旦堪える。まずは他の勇者の情報を集めたい。
『マッスル勇者や恋愛勇者の詳細は?』
『知りません。そちらは誰が召喚したかも分かりません』
『…誰かの詳細を知ってるか?てか言わなかった勇者達は?』
『…他はどんな勇者かも分かりませんが、聖剣勇者なら辛うじて…』
聖剣勇者か。恐らく一番強いのがその聖剣勇者だろう。聖剣勇者が剣を向けてくる可能性はある。
例えば勇者同士の争いだったり、相手が謎に逆上したりとかあるいは女神のカリスマで他の勇者を潰せと言いくるめられてたり…
充分な対策をしておく必要があるな。
『聖剣勇者を召喚をしたのはアテナ様。勇者の名前はシオンだそうです。アテナ様が解放した力は圧倒的な光魔法と剣技。そしてアテナ様から【ギフト】聖剣デュランダルを賜ったと聞いています』
あー、いかにもなテンプレ勇者様だな。かなり強いんだろうなぁ…
『んー、もっとこう…弱点とか覚えているスキルとか詳細な情報はないわけ?それがないなら顔写真だとか』
『…そ、そんなことより今最も重大な事は…彼らがいても魔王軍との戦いがまだ終わっていないということです。私の召喚は一番最後になってしまいましたが、まだまだ貴方にもチャンスはあります。どうか世界を救ってください、煽り勇者アオイ。私が神界のトップに君臨するために!』
誤魔化したな。それに割と俗っぽい理由で俺を送り出そうとしていたとは。あと…俺がふと思った疑問をぶつけてみるか。
『…何で女神のくせに召喚した勇者のことを全然知らないんだ。世界を救うなら神々で一致団結するべきではないのか?それともお前にだけ情報が来ないのか?』
報告、連絡、相談。これは社会人の基本だろうに。まぁ、社会不適合者で自殺未遂した俺が偉そうなこと言えないが。
『…これは戦いなんです』
…は?今なんつった?
『戦いなんです。魔王討伐を果たした勇者を召喚した神は昇格出来るんです。ライバルに自分が召喚した勇者の詳細を話す馬鹿がどこにいるって言うんですか!!』
あー、そういうことね。やる気を出させるために報酬を提示した結果、みんな目が眩んで決裂しちゃったわけか。ははは…いや、舐めプか?そんな連携最悪の状態で魔王倒せるの?
『なるほど、よく分かりました。まさか情弱なだけでは無く、頭も悪かったとは。失望しました。敬語使うのやめる』
『俺は分からない。全くの無知だから聞いているのにそこで知識のマウントを取ろうとするな。恥ずかしいぞ。…だが、そんなことよりも…この異世界転移って俺らに何のメリットがあるの?』
異世界転生系の小説が流行った時から俺がずっと前から考えていた疑問。神とかそこの世界の人々の都合で勝手に振り回されて散々な思いをしたり、下手をすれば死んだりする。果たして異世界転生には何のメリットがあるのだろうか。
今のところ願いが叶うとかは特に聞いてないわけだし。何かあるなら聞かせていただきたいものだ。
『勇者になり、世界を救うという大義名分を背負う重大な使命です。とてもやりがいがあります』
ブラック企業の常套句じゃねぇか。
『そもそも異世界に行けること自体がメリットです。ですが、強いて言うなら…異世界に行った勇者はハーレムを作って、可愛い女の子達とイチャイチャ出来ます。そう、貴方みたいな底辺隠キャであっても。どうせ貴方のような楽しい青春と縁が無かったような人には夢のような話でしょう?』
…ほう、言うじゃないか。シルフィめ、とうとう煽り返してきたか。だが…
『俺が底辺隠キャ…ねぇ…否定はせんよ。所詮俺は日陰者だ。だが、そんな神様からしたら虫けらのような俺をいじめでもしないといけない程、上位の神々にいじめられていたんだな…気の毒でならねぇよ、下級女神様。大丈夫か?悩みがあるなら相談に乗るぞ?』
『だ、誰のせいでこんなにイライラしていると思っているんですか!!』
まだレベルが足りない。この程度の煽りぐらい想定済みだ。いや、そんな場合じゃない。あれはヤバい、わなわなと震えてめっちゃキレてる。激おこ案件じゃないか。
『そ、それにま、まだ話は終わっていません煽り勇者アオイ。さ、さ、さっきから神に対してそのふ、不敬な態度は。わ、私はか、神様ですよ?』
おいおい、声が段々と震えてきたな。
『あらら?もしかしてお前はお客様は神様だろーとか言っちゃう系の方ですかー?それともとうとう神様であることでしかマウント取れなくなっちゃいましたかぁ?』
『…』
とうとう黙ったな。おっ、泣くか?女神様が泣きわめくか?
『…あ、あんまり使いたくはありませんが、そこまで生意気な口を効くなら…貴方を元の世界に返しますよ。貴方が飛び降りた状態で』
…何?飛び降りた状態で再び転移だと?
『元の世界に返せば貴方は確実に死にます。嫌ですよね?死ぬのは怖いですよね?なら私に従—』
ここで泣いて謝る奴もいるだろう。だが、この女神は致命的なミスをしている。それは…
『…いいのか?俺のような勇者候補を探すのには随分と時間がかかるというのに!』
『な、何故それを!!』
かかった…!憶測でテキトー言ったが、やはりそうだったか。あとはもう俺のターンだ。さっきはよくも俺を脅しやがったな。最初に来た時は冷静では無かったが、今は極めて落ち着いている。今までの分、たっぷり仕返しをしてやろうじゃないか。
『永遠を生きる神様と限られた時を生きる人間の時間感覚は随分違うぞ。俺を殺した後、あんたがのほほんとしながら候補を探している間に聖剣勇者達は間違いなく魔王討伐に王手をかけるだろう。そうなったら本当に手遅れ。違うか?』
シルフィの表情が歪み、険しい顔になる。
『アオイ…貴方、神を脅すつもりですか?』
『脅すって…あんたが勝手に自滅しただけな気がするが…じゃあ、さっさと今までの勇者のようにスキル解放して神々からのプレゼント…【ギフト】とやらをくれ』
『貴方の煽りスキルはもうとっくにカンストしてますよ!!私が解放したんですから!疑うならスキルを確認すれば分かります!』
そうか。なら一度自分のスキルを確認してみようか。
スキル
煽り LV.99
時に馬鹿にし、時に過剰に褒め、時に相手を無視することで相手の感情を逆撫でする。無論煽りはこの限りではない。
煽り返し LV.99
敵に煽られた際、すぐさま相手を煽り返し、倍返しをするスキル『煽り』の派生スキル。
デコイ LV.99
囮となり、注目を集めるスキル『煽り』の派生スキル
ハイド LV.99
存在を限りなく薄くしたり、相手の意識を他に向けさせることで気配を断つスキル『煽り』の派生スキル。ただし、何処かに隠れなければ使えない。
危険予知 LV.1
敵からの攻撃等、自身に降りかかる危険を事前に察知する。
…ほう、まずは大元の『煽り』というスキルがあって、その中から派生するスキルをいくつか覚えているって状態か。つーかデコイとハイドって真逆のスキルだが…覚えられるもんなんだな。
あぁ、あれか。煽るだけ煽って、雲隠れするってか。最低だな。いや、それを俺がやるのか。相手をイライラさせて狩るスタイルで戦うしかないみたいだ。
『確かにスキルは確認したが、これは本当だろうな?特別力が漲った気がしない。お前は具体的に何をしたんだ?それともこれが神の格差か?』
『…』
『ぐすっ、酷い…酷いです…うわぁぁぁぁぁぁん!!貴方程人格が破綻した勇者は見たことないです…煽り勇者アオリ…貴方は史上最低の勇者です!!貴方なんてもう知りません!お望み通り異世界でも何処にでも行っちゃえばいいんです!』
『いや、俺の名前はアオイなんだけ—』
女神が涙どころか鼻水まで出しながら激昂し、魔法陣を出現させた。これが転移魔法か。…いやいや、そうじゃなくて!感情が昂った状態で俺が飛ばされたら…
『さっさとあっちに行っちゃえバカァ!』
そして現在に至る。
「『貴方は史上最低の勇者です!』か…まぁ、少し悪いことをしたな…」
それに最後キャラ崩壊してたし…また会えたら謝っとくか。いや、また会えるかは分からんな。
「はぁ、金はない。水も食料もない。村がどこにあるかも分からない。詰んだか?」
つーか忘れていたが、『ギフト』なる神々からのチートアイテム。俺貰ってないな。後で『ギフト持ってない勇者おりゅ?』とかされたりしないだろうか。まぁ、されたらされたで煽り返してあわよくばギフトを奪おう。
あと気がかりなのは現代人の格好(厳密に言うなら白パーカーに黒いジーンズとジャケット)であることだ。下手に目立つのも嫌だな。あとで装備も揃えるか。
てかさ、普通は最初からくれても良くない?最近のゲームならいきなり何万ものお金を持ってスタート。なんてのもよくあるぞ。
「はぁ、最悪だ…この先どうするかな…」
モンスターを殺して金が手に入るのはゲームの世界だけだ。というか仮に金が手に入っても微々たるものだろうし、場合によってはモンスターがアホほど強いかもしれない。またモンスターにどれだけ煽りが効くか分からん。マシン系モンスターとか一定法則で決まった動きしかしないモンスターなんかが今来ると詰む。
神様と人生は理不尽だな…と。遺言でも残そうかと思ったら更なる悲劇が待ち受けていた。
「おい、兄ちゃん。ここを通りたきゃ有り金全部置いてきな」
あぁ…まさしくゲームの盗賊ですよ。と言わんばかりに人相の悪い奴らが…3人…マジで何なの…
いや、待てよ。
シルフィは確かに言っていた。俺にはありとあらゆる要素で人を怒らせる天性の煽りの才能がある。と。せっかくなら人間に試してみる価値はあるよなぁ!!
というか盗賊なら金。あるいは金目の物を持っているはず!つーか他にも武器なんかも持っているよなぁ!異世界なら略奪しようが、法律で罰せられることもない!!
おまけに現地人なら土地勘があるから近い村や街までガイドもしてくれる!!
「へいへいへーい!かもんかもーん!お前ら雑魚共なんざ素手でやれるぜ。何せ俺なんかに3人で群がってこなきゃ勝てない程弱いんだからなぁ!?」
俺は精一杯相手を舐め切った一言を告げてから…思い切り笑った。俺としてはいつも普通に笑っているはずなのに他の人からするとどうやらヘラヘラしているように感じるらしい。そんな思わずぶん殴りたくなるような笑みを浮かべて、更に挑発する。
「あ?何だと!?この野郎!やっちまえ!」
「あとで泣き叫んでも遅いからな!」
「身ぐるみ剥いだら奴隷商人に売り捌いてやるぜ!」
「俺が勝ったら金目の物を全ていただいた後に近くの村まで案内してもらうぜ!!」
〜
「ここが一番近いヤスガンの村ですぜ!アオイさん!」
「アオイの旦那!あんたが目指している王都はここから随分遠いんで定期的に出ている馬車に乗るのが一番です!!」
「この辺りは基本スライムしか出ない比較的安全な村です!」
「うむ、ご苦労。あとはもうお前ら帰っていいよ。もう一度来たらお前らの服まで剥ぐからな」
『さーせんしたっ!!』
山賊からお金やナイフ。その他諸々を頂きました。やったぜ。RPGをやってるみたいだ。テンション上がるな。相手を散々煽り散らして戦うというのは如何な気もするが。
危険予知のスキルは中々使えるな。煽り散らした後は相手の攻撃も単調になり、御し易い。それを更に予測するんだから大抵の攻撃は回避出来るだろう。
あとはこの村で換金可能なものを売っ払っていこうかな。
俺の冒険の第一歩が今、始まった。
〜
ここは王都。日本から転移した選ばれし、12人の勇者が集まるこの世界の主要都市だ。そして私もその勇者の一人。
「聖剣勇者様!先程ヤスガンの村付近に一瞬だけですが、膨大な魔力反応が出ました!」
膨大な魔力反応…そういえば他の勇者が召喚された時も同じように膨大な魔力反応が一瞬だけ出たと聞いたな。普通なら王都に召喚されるはずだが…行ってみる価値はあるだろう。
「…では、早速このシオンが向かうとしよう」