序章 新たな勇者の誕生
「ん…?」
俺はある日、職場の屋上から身を投げた。誰にも見つからないように真夜中にひっそりと…そうして死んだ。
辺り一面真っ白で先の見えない部屋。やはり俺は死んだんだな。よし、このまま目を閉じようか。
「目覚めたようですね、青井龍一」
急に声をかけられ、俺は思わず目を見開いた。
その瞳に映ったのは透き通るような長い銀髪にモデルのようなスラッとしたスタイル。神々しいオーラ。何もかもが洗礼され、非の打ち所のない女性だった。
その青い瞳は。笑顔は。発する色気はどれだけの男を虜にしてきたのだろう。
なんて柄にもないことを考えていたところ、彼女が現状を説明してくれた。
「はじめまして。私は女神シルフィと申します。訳あって落下していた貴方をこちらに召喚させていただきました。青井龍一さん、貴方には魔王の魔の手から世界を救っていただきたいのです」
俺はこの時点で全てを察した。これが今流行の異世界転生、異世界転移ってやつだ。だが、一つ確かめたいことがある。
「貴方、本当に女神様なんですか?本物なら何かそれっぽいことしてくださいよ」
「…青井龍一。年齢は21歳。誕生日は3月3日。個人プレーのゲームに限れば数多のゲームでプロゲーマー以上の実力を誇り、Metubeにてプロゲーマーを倒した動画を何本もあげている。ただ相手を無自覚にひたすら煽るためアンチも多く存在しており、彼に付けられた蔑称は数えきれない。もちろん友人も彼女もいない」
…え?なんかめちゃくちゃディスられてんだけど。俺何か恨みを買うことしたか?
それでも女神シルフィは淡々と話を続ける。
「テレビゲームに限らず、カードゲームやテーブルゲームもかなり強い。ただし、相手を散々煽り散らすため一緒に遊ぶ相手は存在しないし、数多のゲームセンターで出禁となっている」
何だ、その説明は!ウィキか?ウィキなのか!?というか随分と変なことまで知ってるな…おい。
そこからも女神様の話は続き、俺のぼっち談、初恋の女の子の話、俺ですら知らない知りたくもなかった真実などを延々と語られた。
「動画のコラボや実況者の大会に呼ばれることはなく、界隈では腫れ物扱いされてる。また、職場においても嫌われている。例えば貴方の隣にいる…」
「やめてくれ!俺が何をしたって言うんだ!!」
流石にここまで言われるのは我慢ならない。さっきから人の触れて欲しくないところにばっか触れてきて…何なんだよ、この女神様は。
「貴方、イライラするんですよね。さっきも私が女神なのに疑ってくるし、言葉選びも最悪。おまけに顔や声色、態度まで…何もかもが明らかに煽っているとしか考えられませんでした。不覚にも腹が立ってしまったのでつい意地悪をしてしまいました」
「…すみません、俺帰っても良いですか?」
「いいんですか…?」
いいんですか?この千載一遇のチャンスを不意にしてもいいかってことか…?
「貴方が身を投げた様はとある方が動画を撮影していて、今とてもバズってます」
バズってる!?女神がそんな造語を使ってくるとは思いもしなかった。…いや、問題はそこじゃない。
「神界と現実世界では時間の流れが違います。今あちらでは貴方の葬式が行われ、世間では死んだことになっています。そして貴方の妹が『煽り実況者ブルーアイの遺品整理してみた』という動画で貴方が所持していた数多のエログッズを晒しています」
不謹慎!俺の妹不謹慎すぎるだろ!!…まぁ、俺のせいで迷惑かけていたから仕方ないところもあるが…
「…貴方は本当に…帰りたいですか?」
脅迫!?何この女神様!怖いんだけど!!
「さぁ、どちらにします?現実世界を最底辺で生きるか…異世界で新しい人生を始めるか…」
「脅しですか…その最底辺にすら脅さなきゃ説明の一つも出来ないんですか?ボキャ貧なんですか?」
「…青井龍一を現実世界へと返し—」
女神シルフィがすぐさま俺の足元に魔法陣を出現させ、現実世界に戻そうとしたので必死になって止める。
例え得体の知れない世界であっても今いる最悪な現実に比べればなんてことはないだろう。もしかしたら無双しまくって、可愛い女の子にモテモテ…なんてこともあるかもしれない。
それに…死ぬ前に一度くらい異世界に行くってのも悪くはないか。
「お願いします!異世界に!異世界に飛ばしてください!俺、絶対帰りたくないんです!」
「…分かれば良いんですよ。分かれば。それでは詳しく説明いたしますのでこちらにお座りください」
「は、はぁ…」
悪魔のような女神様に脅され、俺は異世界転移をすることを決めた。
だが、俺は転移してすぐにこの決断を酷く後悔することになる。