光る巨大なアフロ
「レド様を召喚するって……」
そんなこと可能なのかと思ったが、そもそも召喚魔法とは、ここではない世界の扉を開いてそこに住む住人を呼び寄せる力のはずだ。
だから理論上は、あの謎の空間にいるレド様をこの場に呼び寄せることは可能なはずだ。
まさか最終決戦を前に、感動の親子の再会が果たされるのだろうか?
三姉妹の悲願ともいえるレド様の帰還を前に、俺は呆然と佇むソラの方を見る。
「母様を……私が?」
もう二度と会えないと思っていた母親に会えるかもしれないという事態に、ソラも緊張した面持ちで魔法を使うであろう自分の手を見ている。
それでもソラのお尻から見えている尻尾は、喜びを隠しきれないようにわさわさと激しく揺れていた。
果たして召喚魔法に失敗という概念があるのかどうかわからないが、少しでも助力になれればと、俺は小さく震えているソラに元気づけるように声をかける。
「ソラ、やろう。皆のためにレド様を召喚しよう」
「コーイチさん。ですが……」
俺の声に、ソラは自信なさげに顔を伏せる。
「母様を呼ぶにも、どうやって呼べばいいのか……」
「えっ? そこは親子の絆とかでどうにかならない?」
「無理です。今の私は見知った相手に呼びかけて、それに応えてもらわないと呼べないのです」
ソラ曰く、彼女が使う召喚魔法は相手の名前や顔、現在いる場所すらもわかった上で思念体のようなものを飛ばして声をかけ、それに応えてもらって初めて相手を呼び寄せることができるのだという。
「しかも、相手をかなり正確にイメージできないと声が届かなくて……母様を喚びたくても、私は今の母様の姿も声もわからないのです」
「ソラ……」
顔を覆って静かに泣き出してしまうソラを励ますように抱きよせながら、俺は助けを求めるようにラピス様を見る。
「ラピス様、何か手はないのですか?」
「勿論あります。その為にコーイチ、あなたを呼んだのです」
「お、俺……ですか?」
どういうこと? と思っていると、ラピス様が手を掲げてパチンと指を鳴らす。
すると、何処からともなく光の玉……精霊が集まって来て一抱えほどの巨大な球状になる。
「まあ、こんなものでしょう」
小さく頷いたラピス様は、ふよふよと漂う光の玉を俺に差し出してくる。
「今回、ソラにはこの精霊を依り代にレドを喚んでもらいます。そしてレドとの懸け橋は、コーイチにやっていただきます。それなら今のソラでも問題なく喚べるはずです」
「えっ? ちょ、ちょっと待ってください」
雲行きが怪しくなって来た展開に、俺は慌ててラピス様に質問する。
「精霊を依り代にレド様を召喚するって、そうなるとレド様本人はここには来ないということですか?」
「そうです。残念ながら今はまだレドをこの世界に喚ぶわけにはいかないのです」
「どうしてですか?」
「それはレドが混沌なる者本体を抑えているからです。彼女があそこからいなくなれば、彼の者が解き放たれてしまうのです」
「そ、そうか……」
レド様があの謎の空間にいるのは、混沌なる者がこの世界に出てこないように封じているからだ。
一体どのように混沌なる者を封印をしているのかは不明だが、奴を倒さなければレド様が真の自由を手にすることはないのだ。
「ソラ……」
思った展開にならないことに、俺は少し落胆した様子のソラに謝罪する。
「期待させるようなこと言ってゴメン……」
「い、いえ、お気になさらないでください。母様に会うにしても、姉さんやミーファを差し置いて私一人だけ会うのもちょっと気が引けますから」
そう言って悲しそうに笑うソラを見て、俺はチクリと心が痛むのを自覚する。
……確かに今はレド様本人を喚ぶことはできないのかもしれない。
だが、これだけはソラに言っておこう。
「ソラ、俺が……俺たちが絶対に混沌なる者を倒してレド様を解放するから……今はまだ無理でも、いつか皆で笑える日が来るようにするから」
「……はい、信じています」
大きく頷いたソラは、顔を上げてニッコリと笑ってくれる。
この見惚れるような綺麗な笑顔に応えるためにも、まずは迫りくる混沌なる者の分体を倒す方法を学ぼう。
そう思った俺は、目の前で漂う巨大な精霊を見ながらラピス様に再度質問する。
「それで、俺は何をしたらいいのですか?」
「簡単です。あなたが知るレドのことを思い浮かべて下さい。後はその子とソラがどうにかします」
「その子……」
ラピス様が言うその子とは、俺の周りをふよふよと浮かんでいる巨大な精霊のことだ。
明滅を繰り返しながら呑気に浮かんでいる精霊は、ちょっと高くまで浮かんだかと思うと、俺の頭上に降下してくる。
俺の頭に乗ろうとする精霊に、思わず腰が引けそうになると、
「コーイチ、動かない!」
「は、はい!」
ラピス様から鋭い声がかかり、俺は反射的にピンと背筋を伸ばして立つ。
直立不動で立つ俺に、ゆっくりと下降してきた精霊が音もなく俺の頭の上に乗る。
「……あったかい」
頭が何か暖かいものに包まれた感覚はあるのだが、特に痛みがあるわけでもないし、重さを感じることもない。
「さあ、コーイチ」
「わ、わかりました」
ラピス様に促されて、俺は集中するために目を閉じてレド様のことを思い浮かべる。
レド様と言えば、あの何もない真っ白な空間、そしてそこから生まれる赤い雫と大きな花、そして…………、
「コーイチ?」
「い、いえ、何でもないです」
ラピス様の疑問の声に、俺は思わず浮かんだ光景を振り払うようにかぶりを強く振る。
まさかレド様の登場シーンを思い浮かべたら、裸の彼女を想像してしまったとは言えない。
しかもレド様は、顔立ちも体型もソラと非常によく似ているのだ。
変なことを考えるのはソラにもレド様にも失礼だと思いながら、俺は改めて謎の空間で出会った心優しい三姉妹の母親の笑顔を思い浮かべる。
……うん、今度は問題ないはずだ。
花びらのドレスを見に纏ったレド様を思い浮かべながら、俺はソラが召喚魔法を使うのを待つ。
だが、
「……プッ」
「ん?」
噴き出すような声が聞こえたかと思うと、
「プッ、ププッ……も、もうダメです! アハッ、ハハハハハ……」
ソラが堪え切れないといった様子で笑い出す声が聞こえる。
「……えっ?」
一体何がと思って目を開けると、
「フフッ……す、すみません。でも……アハハハハ!」
俺の顔を見たソラが、お腹を抱えて笑い転げていた。
「ソ、ソラ?」
初めて見るようなソラの豹変ぶりに、俺はどうしたらいいかわからず、助けを求めるようにラピス様を見るが、
「……ラピス様?」
どういうわけか、ラピス様も俺から不自然に顔を背けていた。
しかもよく見れば、ラピス様の方が小さく震えていることから、彼女もソラと同じように笑っているのが伺えた。
一体二人はどうしてしまったのだろうか?
状況が飲み込めない俺は、困惑しながら周囲へと目を向ける。
すると、
「……あっ」
世界樹に集まった精霊からの灯りで出来た自分の影を見て、どうして二人が笑っているのかを理解する。
巨大化したまん丸の精霊が俺の頭に覆いかぶさった結果、俺の頭がまるで巨大なアフロヘアになったかのようになっていたのだ。
しかも俺の顔の倍以上のサイズのピカピカと輝くアフロヘア……鏡がないので自分で見ることはできないが、見たら俺も間違いなく吹き出していただろうと思った。
だが俺はともかく、ラピス様に指示されて動いているだけの精霊も笑われるのはあんまりである。
「……何か俺の所為でゴメンな」
目だけ動かして不憫な精霊に声をかけると、光の玉は気にしていないとチカチカと細かく明滅を繰り返した。




