明日へつなぐ宴②
それから俺たちは、フィーロ様の言葉に従って目の前の問題を一先ず置いて、明日のために英気を養おうと次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打ち、存分に酒を飲んだ。
特に広場の中央に置かれたワイバーンの胴体部分の丸焼きは人気で、最初に俺たちが貰ってきたタイミングが良かったのか、それ以降はずっと長蛇の列ができていた。
ただ、フィーロ様、フリージア様の下へ次々と運んでくれる料理が十分おいしかったので、列に並ぶのって大変だな、と思っていたのだが、
「おにーちゃん、ミーファ、もっともっとおにくたべたい!」
何てせがまれた日には、我が家の天使に激甘の俺としては断れるはずもなく、何度も長蛇の列に並ぶことになった。
そうして何度目かの肉を調達して天幕に戻ると、
「……全く、お前はあたしがいないと肉ばかり食べるな」
「そうよ、お野菜もちゃんと食べないとダメよ」
ラピス様のところで治療を受けていたはずのシドとソラが、呆れたように笑って出迎えてくれた。
「シド、ソラも、もう大丈夫なのか?」
「ああ、酷い目に遭ったがどうにかな」
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
俺が声をかけると、姉妹は揃って笑って健在ぶりをアピールしてくる。
どうやらシドは俺たちと同じように回復魔法による治療を受けた様で、お腹を押させて渋面を作る。
するとタイミングよくシドのお腹から「くぅ~」と可愛らしい腹の虫が泣く声が聞こえ、彼女は照れたように笑いながら俺の顔を見る。
「それよりお腹がペコペコだぜ。なあ、コーイチ。あたしにもその肉をくれよ」
「ああ、いいよ」
いくらワイバーンの肉が美味くても、ずっと同じ味ばかりで飽きていた俺は、皿に盛られた肉からミーファの分だけ残してシドに渡すことにする。
「ああっ、おにーちゃん。それミーファの!」
「大丈夫だよ。ミーファの分は残してあるかな、な?」
ぴょんぴょんと跳ねるミーファにまだ肉が乗っている皿を示しながら、俺はシドたちの隣に腰を下ろす。
「……ふぅ、そういえばこうして皆揃うのは久しぶりだね」
「そうだな、何だか数年会ってなかった気がするぜ」
豪快にワイバーンの肉に齧り付きながら、シドが皆の顔を見渡して薄く笑う。
「……次にメシを食う時は、どれだけの人間が残っているのかな」
「もう、姉さん。やめて下さい!」
思わず気持ちを吐露するシドを、ソラが透かさず注意するように声を上げる。
「何があっても生き延びるんでしょう。姉さんもゆくゆくは王になるのなら、そう言った後ろ向きな発言は控えて下さい。特に、こういった席ではご法度です!」
「あ、ああ、悪い……」
「はい、申し訳ございません」
「……えっ?」
シドに並んで謝罪するフリージア様を見て、ソラは思わず目を丸くする。
「ハハッ、ソラ、その辺で……」
事情をある程度知っている俺は、ソラを軽く諫めながら彼女にこれまでの経緯を軽く説明する。
「まあ、そんなわけで今は嫌なことを忘れて、明日に備えて全力で休むことにしたんだ。シドもいいね?」
「わかりました」
「わかったよ。確かに精神的にもじっくり休みたいしな」
シドたちも納得してくれたところで、俺たちは改めて乾杯するために全員にグラスを回していく。
誰か新規の人が入る度に改めて乾杯するのは、よくある居酒屋の一幕であるのだが、せっかくだからシドたちも仲間として気持ちを共有したいのでここはその流儀に乗ろうと思った。
……日本にいた時は、そういう仲間意識的な行動が一番嫌いだったんだけどな。
自分の気持ちも変わりように苦笑しながら、全員がグラスを持ったことを確認して誰が音頭を取ろうかと思っていると、
「あら、コーイチ。私にはグラスを用意してくれないのですか?」
「えっ?」
まだ、誰かいたっけ?
そう思って声のした方へと目を向けると、
「ラ、ラピス様?」
フィーロ様の母親にして、エルフの集落をまとめるラピス様の登場に、俺は驚きで目を見開く。
「何ですか、その珍妙な声は」
俺の反応を見たラピス様は、三白眼になって睨んでくる。
「私がここにいてはいけませんか? 私には宴に参加する権利もないと?」
「い、いえ、そんなことないです」
「コーイチさん……」
頬を膨らませて不満を露わにするラピス様に困惑していると、ソラがそっとワインが入ったグラスを差し出してくれる。
「これをどうぞ」
「あ、ああ、ありがとう」
こういう時に相変わらず気が利くソラに感謝しながら、俺はラピス様へグラスを恭しく差し出す。
「ラピス様、どうぞこれを」
「フフフ、ありがとう」
グラスを受け取ったラピス様は、表情を一転させて優雅に微笑む。
「ではコーイチ、乾杯の音頭を」
「えっ、俺がですか?」
「あなた以外に誰がいるのですか?」
ラピス様が当然のように言ってのけると、この場にいる全員が同意するように頷いてこちらを見てくる。
「あっ……はい」
どうやら既に逃げ場はないようだ。
俺は観念して頷くと、立ち上がって全員を見渡しながら話し始める。
「えっ……と、難しい話や長い話は嫌いなので簡潔に言わせてもらいます」
明日世界が滅ぶかもしれないと思うと、皆に言いたいこと、伝えたいことは沢山あるが、俺は明日で世界を終わらせるつもりはない。
だから俺が言うことは一言だけだ。
「勝とう。そして、再びこの場に全員で集まって飲み食いしよう……乾杯!」
そう言ってグラスを高々に掲げると、全員の「乾杯」の声が重なった。




