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捏血(ていけつ)の神髄

「ど、どうしてこんなところに……」


 確証があるわけではないが、それでもあり得ない人物を目の当たりにして、俺は思わずその場に立ち尽くす。


 椅子に座るペンターは俺が目の前に立っても反応することはなく、量の眼は閉じたままだ。

 もし、目の前にいるこいつが本物のペンターだった場合、これは願ってもいないチャンスなのは間違いない。


 この男は意識だけを何処か別の場所に飛ばして裏で暗躍ばかりにしているので、本体であるこの体が死んでいるように動かないのも納得できる。


 性格的に人の裏をかくのも好きそうなので、俺たちが最も警戒しなさそうな本拠地の中に本体を隠しておいてもやりそうではある。


 だが、この場に感覚が鋭敏な獣人より遥かに嗅覚に敏感なロキがいたことが、ペンターにとって運の尽きだった。


 普通なら無抵抗の老人を無下に傷付けるのは抵抗を覚えるものだが、この男だけは別だ。


 今すぐに止めを刺すべきなのは間違いない。



 ……間違いないのだが、


「こいつのことだから、きっと何か仕掛けているに違いない」


 そう思った俺は、試しに調停者の瞳(ルーラーズアイ)を使ってペンターを見てみる。


「……うっ」


 すると、心臓の部分がかつてないほど禍々しく赤黒く光り出すのを見て、俺は呻き声を上げてスキルを解除する。


 おそらく光っている心臓にとんでもない毒でも仕込まれているのか、それとも周囲を巻き込む大爆発を引き起こすのか……、

 調停者の瞳では脅威の効果範囲まで見えるのだが、現状ではそこまで見えなかったということは、今すぐに大惨事になるというわけではないようだ。


「……どちらにしても、最悪の展開を考えておいた方がよさそうだな」


 俺は部屋のカーテンをナイフで切り取り、棒状に削った炭で必死になって学んだこの世界の字でメッセージを書き込み、ロキへと渡す。


「ロキ、これを下の人たちに見せて、皆を城から退避させてくれ」

「わふっ!?」

「万が一を考えてだよ。大丈夫、ロキが戻って来るまで無茶はしないつもりだから」


 心配そうに頬擦りしてくるロキを慰めるように優しく撫でながら、俺は彼女の耳元に囁きかける。


「それに、下には動けない怪我人も大勢いるんだ。その人たちを助けるためにも、ロキに頑張ってもらいたいんだ……お願いできるかな?」


 卑怯な言い回しではあったが、この城にいる人たちは俺たちのために勇気を出して残ってくれた人と、愛する家族や友人、恋人を守るために命懸けで戦い、傷付いた人たちで、ペンターを殺した際の最期の悪足掻きで死んでいい人たちではない。


「エルフの森の入口まで行けば、そこにいるエルフたちが助けてくれるから……ね?」

「……わふっ」


 俺の願いにロキは渋々ながら「わかった」といってメッセージが書かれた布を咥える。


「く~ん、く~ん……」

「うん、ロキも気を付けて。絶対に生き残ってまた会おう」


 甘えてくるロキを思いっきり撫で回し、再会を約束して彼女を見送る。

 最後に思いっきり顔を舐め回されたが、それだけロキもこの場に残ることの危険性を理解しているのだろう。



「皆が逃げるまで、俺もできることをしないとな……」


 今すぐ前線に戻らない以上、被害を最小限に抑えて確実にペンターを殺す方法を探らなければならない。


 もしかしたら調停者の瞳の見えないものに干渉する能力で、見えている脅威を綺麗に排除できるかもしれないが、最後の悪足掻きが単純な爆発だった場合は打ち消せないので、下手に試すわけにはいかない。


 それより気になることがあるとすれば、


「どうしてペンターは、ここに隠れていたんだろう……」


 俺たちの裏をかくために本拠地に隠れるところまでは理解できる。

 だが、どうしてこんなわざわざ見晴らしのいい窓辺に椅子を置いて座っているのだろうか?


「もしかして、何か見えるのか?」


 そう思った俺は、ペンターが見ていたと思われる窓の外へと目を向ける。


「――っ!?」


 窓の外に見えた光景に、俺は思わず窓に張り付いて街の方を凝視する。


「な、何だ。あれは……」


 てっきりシドたちとハバル大臣の戦いが始まっていると思われたが、そこにいたのは、獣人の王とそれに抗う戦士たちの戦いではなかった。




 ※


 ――時は遡り、浩一が目覚める少し前まで戻る。


「うがあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 白い粘液となったペンターが体に入り込んだハバル大臣は、雄叫びを上げながら手足を激しく振り回して抵抗する。


「な、何が起きてやがる……」


 いきなり仲間割れをし始めるハバル大臣たちを見て、シドはどうしたものかと油断なく武器を構えながら流れてきた汗を拭う。


「ペンターの野郎が体の中に入って行ったように見えたが……」

「はい、その通りです」


 シドの声に、矛先に付いた血の処理をしていた泰三がやって来て横に並ぶ。


「おそらくですが、あのお爺さんがハバル大臣を裏切ったようです」

「ペンターの野郎が? どうしてだよ」

「それはわかりません……ただ、あの二人の関係は対等には見えませんでした」


 ハバル大臣の表情の変化から察した事実を、泰三は淡々と話す。


「おそらく、お爺さんにとってハバル大臣はもう用済みになったので、体を乗っ取ろうとしているのだと思います」

「体を……乗っ取る?」

「はい、見て下さい」


 そう言って泰三が指差す先には、身体を包む白い粘液から逃れようともがくハバル大臣の姿が映る。


「あ……ああ……あぁぁぁ……」


 叫ぶ声も弱々しくなってきたハバル大臣の体は、あちこちがボコボコと激しく脈打ち、腕や足があり得ない方向へと曲がり、銀色の触手へと変化していく。

 ハバル大臣に取り憑いていた肩甲骨の二本だけでなく四肢の四本、そして最後に残った首まで銀色の触手へと変化したところで、


「さあ、最後の戦いを始めようかの」


 首が伸びた先のハバル大臣の口からペンターの声が聞こえ、七本の触手がシドたちへと襲いかかった。

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