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嘆きの声

 焼かれる前に焼くという作戦を徹底するマリルさんであったが、この作戦には問題があった。


「ゲホッ、ゲホッ……」


 煙で殆ど視界が効かない中、俺は全身を焼かれて火だるまになって幽鬼のような足取りになっているオークに中腰姿勢で背後から近付き、首元に浮かんだ黒いシミにナイフを突き立てる。

 ついでに浮かんだ黒い線に沿ってナイフを走らせ、虫の触手を断ち切った俺は、口元を覆っている布を押さえながら近くの影へと飛び込む。


「……はぁ」


 影の世界へと逃げ込んだ俺は、口の布を取って大きく息を吐くと、大海のように広い影の海に身を委ねて疲労の回復に努める。



 あれから魔物たちが鱗粉を撒き散らす度、マリルさんたちは火矢を放って爆発を起こしてきたが、案の定というかそこかしこで火災が発生して、街が火の海になってしまった。


 こうなると魔物たちが鱗粉を吐き出す度に爆発が起こり、危険極まりない状況に戦線を維持することすら難しくなっていた。

 そこでマリルさんたちは城まで退却することを選んだが、俺は一体でも多くの敵を削りたいと、一人前線に残ると進言して敵を狩り続けていた。



 火事というのは恐ろしいもので、熱いし視界は効かないし、何より煙を少し吸っただけで命の危機に陥るような大変危険な状況である。


 だが、ヴォルフシーカーを使えば熱さとは無縁の影の海へといつでも逃げられるので、他の誰よりも安全に戦うことができていた。

 それでもあらゆる面で気を遣いながらの戦いは、通常の倍以上の疲労を感じるので、もうそろそろ撤退を考えなければならなかった。


「綺麗な街だったのに……」


 少し考える暇ができると、どうしても頭に思い浮かぶのは、変わる前のカナート王国の姿だった。


 故カナート王妃の願いを叶えるめに造ったという、色とりどりの花で満たされた街をもう見られないかと思うと、この国の住人でもなくとも悲しい気持ちになる。


 マリルさんは、全てが終わったらまた直せばいいと言っていたが、砂漠の過酷な地での復興は簡単にはいかないだろう。


「さて……」


 一息ついて少し元気になった俺は、アラウンドサーチを使って敵の位置を確認した後、事前にチェックしておいた燃えていない建物の影から表へと出る。


「うっ……」


 途端、やって来た熱気が肌を焼く感覚に顔をしかめるが、姿勢を低くし煙を吸わないように注意しながら魔物たちへと近付く。


 熊の魔物は火に対する耐性もかなりあったが、オークやゴブリンはそうでもないようで、爆発に巻き込まれたら皮膚は(ただ)れ、一歩歩く度に至る所から血を噴き出す死に体となっていた。


 普通なら立って歩くことも不可能な大怪我のはずだが、虫が主導権を握っている状態では怪我などあってないものなのか、血だまりを作りながら文字通りゾンビのようにフラフラと前へと進んでいた。


「…………」


 地獄絵図とも呼べるような凄惨な光景に、俺は相手がわかり合うことができない魔物だとわかっていても、背後を突くことに二の足を踏んでしまう。



 すると、


「ウァ……」


 まだ比較的体がまともに残っている一体のオークの口から、苦しそうなうめき声が上がる。

 さらに、


「な、泣いてる?」


 ズリズリとすり足で歩くオークは、いやいやと激しくかぶりを振りながら滂沱の涙を流し始めたのだ。


「ブモォ……ブモオオオオオオオオオオオオオオォォォォン!!」


 生憎とアニマルテイムのスキルでは、魔物が何と言っているのかはわからない。

 だが、言葉は通じなくともあのオークが何を言っているのかは痛いほどよくわかった。


 痛い……苦しい……助けて。


 ニュアンスは微妙に違うかもしれないが、オークの口から漏れるのは現状に対する嘆きに違いなかった。


「ブモオオオオオオオオオォォォォ……ブモオオオオオオオオオオォォォォン!!」


 オークはまだ意識が残っているのか、一歩歩く度に思わず耳を塞ぎたくなるような悲痛な叫び声を上げる。


 相手が魔物である以上、情けをかけることなど絶対にあってはならない。


「だけど……」


 それでもこれ以上、辛そうな悲鳴を聞くのは忍びないと思った。


 俺はふらついているオークの背後へと忍び寄ると、奴の背中に浮かんだ黒いシミへとナイフを突き立てる。

 黒いシミからいくつか走る亀裂の中で首に向かって伸びる線を切ったところで、オークはうつ伏せに地面へと倒れる。


 他の場所に黒いシミが浮かばなかったことから、このオークは心臓に虫が寄生したいたと思われる。

 倒れたオークは、うつ伏せの姿勢のまま目だけ動かして俺の方を見る。


「ブヒッ……」


 一言、何か言葉を発したかと思うと、オークは目を閉じてそのまま動かなくなる。


 果たして奴が最後に何と口にしたのか。

 感謝か、それとも罵りか……

 別にどちらでも構わない。


 俺たちと魔物がわかり合うことは絶対にないし、次に会う時があれば、互いに命のやり取りをする以外に選択肢はない。


 だからオークが最後に何を言ったのかを気にする必要はないし、俺としても興味はない。

 ただ、


「ペンター……お前だけは絶対に許さないし、ここで勝負をつけてやるからな」


 この状況を作った張本人に一方的に宣戦布告した俺は、シドたちに合流する前にもう少し魔物たちの数を減らすため、再び影の海へと潜っていった。

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