強者は身勝手に舞う
泰三は地面に伏せて飛ぶ構えを見せるカマドウマ型の虫人を睨みながら、隣で駆けるシドに向かって叫ぶ。
「シドさん、作戦ですが……」
「ああ、ねぇよ。そんなもん」
「えっ?」
思わず目を見開いて顔を向ける泰三に、シドは犬歯を剥き出しにして獰猛に笑う。
「あたしは他人に合わせるような行儀のいい戦い方はしない。クラベリナは頼まなくてもあたしに合わせてくれる……その意味、わかるな?」
「えっ? あ、あの……」
浩一は? と、問いかけようとしたところで、泰三はそれを聞くのは野暮だと思って口を噤む。
シドにとって浩一は特別な存在であると同時に、戦いの師匠の一人でもあるのだ。
弟子が師匠の戦いに合わせに行くこともあるかもしれないが、二人の力関係を考えても浩一がシドに合わせるのは無理だと思われる。
それに、浩一の真価は正面切っての戦闘よりも、搦め手を駆使しての戦闘であり、縦横無尽に敵を翻弄するシドとの相性が決していいとは思えない。
だから泰三は、シドが作戦がないと言った真意は別にあると考える。
「どうだ、できるのか?」
再び問いかけてくるシドの目は、浩一と同じくらい何を考えているのかわかった。
お前はクラベリナが当たり前にできることをできるのか?
クラベリナの横に並んで立てるだけの実力があるのか? と問いかけているのだ。
それはつまり、シドは泰三の実力を認めているからこその問いかけだった。
そうとわかれば、泰三の答えは決まっていた。
「わかりました。お任せください」
泰三が自信を持って頷いてみせると、シドはニヤリと白い歯を見せて笑う。
「頼んだぞ」
これ以上の余計な言葉は不要だと、シドは足に力を籠めて一気に前へと出る。
ショートソードを手にしたシドは、長い足を曲げて力を溜めているカマドウマ型の虫人へと斬りかかる。
「おらぁ!」
シドが繰り出した素早い斬撃を、カマドウマ型の虫人は溜めていた力を解放して大きく跳んで回避する。
「ギギャッ!」
回避すると同時に二つの顎を開いたカマドウマ型の虫人は、口から溶解液の塊を吐き出す。
「シドさん!」
回避行動に移ろうとするシドへ、泰三が叫びながら彼女の前に割り込むと、外套を巻き付けた長槍を高速で回転させて降り注ぐ溶解液を防ぐ。
「行って下さい。援護は僕が!」
「上出来だ!」
回避行動を取らずに済んだことで距離の猶予ができたシドは、自慢の俊足を駆使してカマドウマ型の虫人の着地地点へと駆けていく。
「ギギッ! ギギャッ!」
空中にいるカマドウマ型の虫人は立て続けに溶解液を口から吐き出すが、
「ハッ、そんな見え見えの攻撃が当たるかよ!」
シドは左右にステップを踏んで躱しながらさらに距離を詰めていく。
このままではマズイと思ったのか、カマドウマ型の虫人は鞘翅を開いて翅を高速に動かして滞空時間を伸ばそうとするが、体の構造的に跳ぶことには向いていないのか、高度が徐々に下がっていく。
それでもシドが追いつくより早く着地したカマドウマ型の虫人は、再び膝を深く折り曲げて跳ぼうとする。
「逃がすか!」
このままでは逃げられてしまうと、シドは手にしたショートソードをカマドウマ型の虫人目掛けて思いっきり投げる。
綺麗なフォームで投擲されたショートソードは、空気を切り裂きながらカマドウマ型の虫人の右側の長い足の関節へと吸い込まれる。
装甲が厚い虫人だが、関節部位は他より柔らかいので、ショートソードが突き刺さるかと思われたが、
「ギギッ!」
カマドウマ型の虫人は四本ある腕の内の二本を使って、シドが投げたショートソードをキャッチする。
「な、何だと!?」
「ギギッ、ギギッ!」
まさか避けるどころかキャッチされると思わなかったのか、驚愕するシドを見てカマドウマ型の虫人はバカにするように肩を揺らして笑うと、再び足を深く折り曲げて大きく跳ぶ予備動作に入る。
「させるか!」
するとそこへカマドウマ型の虫人の死角に回り込んでいた泰三が現れ、外套を外して抜き身となった槍を振るう。
「はっ!」
短く息を吐いて水平に振るわれた槍は、カマドウマ型の虫人の長い足を掬ったかと思うと、巨体が大きくバランスを崩して裏返る。
ランサーの第一スキル、相手の体勢を崩すことに特化した『足払い』だ。
「ギャギャッ!?」
何が起きたのかわからず混乱しているカマドウマ型の虫人に肉薄した泰三は、長い足の関節に槍を突き立てると、近くに転がっていたショートソードをシドに向かって蹴って飛ばす。
「シドさん!」
「任せろ!」
回転して飛んできたショートソードを恐れず真正面から受け止めたシドは、走った勢いそのままにカマドウマ型の虫人の首元目掛けて刃を突き立てる。
「おらぁ!」
気合の雄叫びを上げながらシドがショートソードを力任せに捻ると、ゴキリと音を立ててカマドウマ型の虫人の首の骨が折れる音がする。
「…………ふぅ」
カマドウマ型の虫人が完全に死んだのを確認したシドは、刃こぼれして使い物にならなくなったショートソードを捨て、自分の槍の調子を確かめている泰三に声をかける。
「タイゾー、中々悪くなかったぞ」
「……いえ、何とかなってよかったです」
自分の槍が問題ないのを確認した泰三は、大きく息を吐いてカマドウマ型の虫人の死体を見やる。
「聞いてはいましたが、敵の実力は侮れないですね」
初戦から想定より苦戦してしまったことに、泰三は手にした槍をギュッ、と握りしめて悔し気に歯噛みする。
空を飛んでいた個体とは違う特殊個体だったとはいえ、自由騎士のスキルを駆使して且つ、シドの助力が得られなければ無傷で切り抜けられたかどうかも怪しい。
こんな強敵がおよそ百もいて、さらにそれを上回るボスまでいるとなると、一体どれだけの犠牲が出るのか想像もつかなかった。
それに、
「そ、そうだ。浩一君です!」
親友が何をしているのかを思い出した泰三は、青い顔をしてシドに詰め寄る。
「確か浩一君は、別動隊を探るために地下遺跡に一人で行ってるんですよね? もし、あっちに大量の敵が現れたら」
「大丈夫だよ」
焦る泰三とは対照的に、シドは落ち着いた様子で微笑を浮かべる。
「コーイチにはロキが付いているし、あいつは下手に誰かと一緒に行動するより一人の方が実力が発揮できる」
「で、ですが……」
尚も泰三がシドに食い下がろうとすると、彼の背後で耳を劈くような轟音が響き渡る。
「な、何だ!?」
突然の事態に驚いて泰三が振り向くと、浩一が向かった地下遺跡の方から天を貫くような赤い火柱が立ち上がっているのが見えた。
続けて二度、三度と爆発が続き、黒煙が上がるのを泰三は唖然と見つめる。
「あ、あれは……」
「何ってコーイチに決まってるだろ。」
確信があるのか、シドはモクモクと立ち昇る黒い煙を見ながら嬉しそうに双眸を細める。
「これは、あたしたちも負けてられないぞ」
相棒の活躍を見せつけられて奮起したシドは、拳を打ち鳴らして獰猛に笑ってみせた。




