決断は一年後
ギルドと自警団、立場も考え方も違うが、二つの組織が目指す先は一緒だ。
混沌なる者を倒す。
おそらくそれは、このイクスパニアに住む全ての人々の願いなのだろう。
だが、何のチート能力を持っていない俺たちでは、その願いを叶えることは難しい……いや、不可能と言っても過言ではない。
この街に辿り着くまで散々苦労したのだ。これ以上の苦労は勘弁願いたいし、この世界で俺が望むのは、平穏で静かな生活だ。
…………とまあ、昨日まではそう思っていた。
だが、エイラさんとテオさんの死を経て、俺たちは変わった。
二人の遺志を継ぐ。ではないが、この世界を救うという自由騎士の務めを果たしてみせようと思っていた。
その決意は固い。だが、ここで一つ問題がある。
この世界の人々の願いを叶えるために俺は……俺たちはどちらの組織に所属するべきなのだろうか?
それを決めるため、二人の親友に確認を取ろうとすると、
「あ、あの、俺……昨日のジェイドさんの戦い方に感動しました」
雄二がジェイドさんに自分の中の熱い気持ちをぶつけていた。
「鍛え上げた肉体を駆使して、あの蜘蛛の足を両断した技術……本当に感動しました」
「おっ、ユージ君だっけか? 嬉しいこと言ってくれるね。よかったら今度、鍛錬の方法を教授しようか?」
「い、いいんですか?」
「勿論だよ。この肉体は、万人のためにあるのだからね」
そう言ったジェイドさんは、いきなり上着を脱いで上半身裸になると、その鍛え抜かれた肉体を晒し、ポージングを決めていた。
そして、雄二だけでなく、泰三も勇気を振り絞ってクラベリナさんに話しかけていた。
「あ、あの! 僕はクラベリナさんの戦い方が好きです」
「ほう、いきなり私に告白するとは随分と情熱的だな」
「ええっ!? ち、違いますよ!」
「ハハッ、冗談だよ。だが、タイゾーといったか、君は実に私好みだな」
「えっ?」
驚く泰三に、クラベリナさんはさらに驚くべき行動を取る。
泰三の顔を両手で包み込んだかと思うと、右頬のゴブリンによって切り裂かれた傷痕にいきなりキスをしたのだ。
「んなっ、んひゅ……おほぅっ!?」
「男の顔の傷は勲章だよ。タイゾー、君は勇敢な男だ。誇っていい」
突然の事態に、顔を真っ赤にして硬直する泰三に、クラベリナさんは微笑を浮かべると、
「今度、仲間たちと一緒に自警団を尋ねてくるといい。歓迎するよ」
そう言って泰三にウインクをしてみせると、相も変わらず肉体美を披露しているジェイドさんの背中を思いっきり蹴飛ばす。
「ぐえっ!?」
「ほら、いつまで馬鹿なことをやっているんだ」
頭から地面に突っ伏したジェイドさんの首根っこを掴んだクラベリナさんは、改めて俺たち三人に向き直る。
「我々の気持ちは伝えたが、結論は急ぐ必要はない。通達した通り、君たちには一年間の猶予がある。それまでにどの道を進むかをよく話し合っておくがいい」
「えっ、ですが……」
「問題ない。今日は最初からここでお開きにする予定だったのさ」
そう言ったクラベリナさんは、全く振り替えることなく、ジェイドさんをズルズルと引き摺りながら立ち去っていった。
二人の戦士たちが立ち去ると同時に、
「うむ、これだ!」
すっかり思考の海に沈んでリムニ様が弾けたように顔を上げる。
「コーイチ、喜べ。お主の疑問に完璧に応える準備が整ったぞ!」
「そ、そうですか」
「うむ、実はだな……」
嬉々として話しを始めるリムニ様に、俺はどうやって「もう説明は不要です」と告げるかと、頭を悩ますのだった。
結局、俺たちはリムニ様から金貨二十枚の価値という名の講義を延々と聞くことになった。
リムニ様が思考の海に沈んだ時、周りが彼女を無視して会談をお開きにしてそれぞれの仕事に戻っていったのは、正気に戻った彼女の話がひたすら長いものだと知っていたからだった。
その後にその事実を知ったのだが、それを知ったところで、あの幼い領主様の厚意をはねのけるのはどんなクエストよりも難易度が高かった。




