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気が付けば、何もない真っ白な空間にいた。
「ここは……」
上も下も、左も右もわからない真っ白な空間、ふわふわと浮いているような、何処までも落ちていくような何ともいえない感覚にはじめこそ戸惑いを覚えるが、既に何度か同じ経験をしているので、俺は冷静に自分が置かれた状況を理解する。
ここはレド様がいる謎の空間だ。
これまで何度かこの何もない空間に来たことはあるが、最後に訪れたのはルストの街に入る前だろうか?
あの時はソラが予知夢を見ており、彼女の力の余波を受けてこの空間に飛ばされたとか、そんな話だったりする。
ということはソラは今、予知夢を見ているのだろうか?
エルフの里で魔法を習得し、力の制御を覚えたのでソラはもう予知夢は見ないと思っていたが、それとこれとは別問題だったりするのだろうか?
どちらにしても、ソラに何が起きているのかはレド様に聞いてみることにする。
一先ずこの何もない空間に、レド様が入っている赤い花が現れるのを待つとしよう。
そう思っていると、
「……浩一君?」
「えっ?」
背後から誰かに声をかけられ、俺は驚いて後ろを振り返ると、豆粒ぐらいの大きさの人影が大きく手を振っているのが見える。
「お~い、浩一君!」
「えっ、た、泰三!?」
どうしてここに? という疑問符を浮かべていると、泰三は何もない空間をクロールするように手で漕ぎながら進んで俺の方に移動してくる。
今まで三度、この空間に来たことはあったが俺以外の人間が現れたことはない。
世界樹の中ではレド様が現れると思ったら、いきなり世界の破滅を見せられたこともあるから、もしかしたら今回も違うパターンかもしれない。
こっちに来る泰三が実は偽物で、いきなり襲われる可能性もあるかもしれないと思った俺は、反射的に腰のベルトに吊るしたナイフへと手を伸ばす。
「あっ!?」
だが、俺は腰にナイフどころか、アイテムの一つも持っていないことに気付く。
一方の泰三は手に愛用の槍を持っているから、襲われたらひとたまりもない。
「…………」
頼むからあれが本物の泰三であってくれ。
そんなことを思いながら、俺は万が一を想定して腰を落として構えていると、
「ああ、よかった。一人でどうしようかと思っていたところだったので、浩一君がいてくれて」
「泰三……本物なのか?」
「本物ですよ。それ言うの今日だけで二回目ですね」
思わず苦笑を漏らす泰三を見て、俺はようやく警戒を解く。
自分が本物かを疑われたことに対して、それが二回目だということを知っているのは、流石に本物だと思わざるを得ない。
俺は念のために少し離れたところで待ってくれている泰三に、両手を上げて謝罪する。
「ごめん、まさかここに泰三がいるなんて思わなくて」
「いいですよ。見たところ浩一君は武装していないようですから、警戒するのも無理はありませんよ」
泰三は気にしていないと小さくかぶりを振って笑うと、周囲を見ながら話しかけてくる。
「ところでここは一体何処なんですか? 浩一君は知っているようですけど……」
「ここは何だろう……次元の狭間的な?」
「的な?」
「詳しくは俺もわからないんだよ。ただ、これは夢みたいなもので……」
そこまで言ったところで、俺はあることに気付く。
「そうだよ、泰三。見張りはどうしたんだ」
泰三がここにいるということは、彼もまた俺と同様に寝ていることになる。
いくらロキがいてくれるとはいえ、流石に俺も泰三ものんびり寝ていては見張りの意味がないのではないだろう。
「交代なら起こしてもらわないと……って何だよ」
泰三が何とも言えない表情をしていることに気付いた俺は、心外だと謂わんばかりに彼へと詰め寄る。
「まるで俺が、いくら起こしても起きなかったみたいじゃないか」
「はい、いくら起こしても全く起きてくれなかったんです」
泰三曰く、交代の時間になって俺を起こそうとしたのだが、いくら揺さぶっても、それこそ割と強めに叩いても全く起きなかったという。
「流石に僕も朝まで一人で見張りはキツイと思っていたところに、シドさんが来て変わってくれたんです」
「シドが?」
「はい、寝ている浩一君に膝枕をして頭を撫でながら、それは幸せそうに笑っていました」
「お、おう……」
ジト目の泰三に呆れたように嘆息され、俺は気恥ずかしさから思わず視線を逸らす。
俺の全く知らないところで、泰三にシドとイチャイチャしているところを見られるとは思わなかった。
といっても、俺の方は意識はないのだから、そこで責めるような視線を向けるのは止めてもらいたい。
「まあ、浩一君たちの仲が良いのは十分わかりましたが、そろそろここが何処か説明してもらえますか?」
「あ、ああ、ここはだな……」
泰三にこの空間の説明をしようと思っていると、視界の隅に赤い雫が落ちてくるのが見える。
それを見て俺は泰三の肩を叩いて、赤い花が咲きそうなつぼみを指差す。
「とりあえずここが何処かは、ここの主に聞いてみようぜ」
「えっ?」
「今から現れるのは、俺たちをこの世界に召喚した人だよ」
そう言う俺の視界の先で、赤いつぼみがゆっくりと開きはじめていた。




