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お節介な昔なじみ

 俺との関係をソラに認められ、感極まって泣き出したシドは、その後も中々泣き止まず妹に連れられて今日はもう休ませることにした。


「ソラ、悪いけどシドのこと頼むよ」

「はい、お任せください」


 本当は辛いはずなのに、ソラは全くそんな素振りを見せることなく、号泣しているシドを優しく促す。


「ほら、姉さん。行きますよ」

「……ううっ、ダメな姉でゴメンよ」

「何言ってるんですか、姉さんは立派ですよ」


 ソラはシドを子供をあやすように、背中を擦りながら階下へと降りていった。


 あの様子なら姉妹の関係は問題なさそうだし、今日は色々と積もる話もあるだろうから、たまには姉妹水入らずで夜を過ごしてもらおう。


 となると俺は残ったミーファが寂しくならないように、今日は一緒に寝ようと思う。

 最近は一緒に寝てくれないことも増えて少し寂しくもあるが、今日は色々なことが……特に人の死に触れる機会があったから、多感なミーファは怖い夢を見るかもしれない。


 夜に敵が攻めてこないという保証がないわけではないが、正直、もう立っているだけでもキツイので、とっとと身綺麗にして寝てしまおう。



 とりあえず荷物の置いてある家まで行こうと思っていると、


「……あんた、シドに何をしたのよ」


 シドたちとすれ違ったのか、呆れた顔をしたレンリさんが階下からやって来る。


「あんなに泣いているシド見たの初めてなんだけど……もしかしてあんた、シドのこと傷付けたんじゃないでしょうね?」

「ち、違いますって、実は……」


 何やら勘違いをしているみたいなので、俺はレンリさんにシドと正式に結ばれたことを報告する。



「へぇ、あんた……シドと寝たんだ」


 俺からの話を聞いたレンリさんは、長い猫の尻尾をゆらゆらとゆらしてニヤリと笑う。

 グランドの街で違法風俗店で働いていただけに、レンリさんはこの手の話に対する耐性が強い。


「というか出会って一年以上経つのに、今日が初めてとかどんだけ甲斐性ないのよ」

「無茶言わないで下さいよ。ソラやミーファも常に一緒だったんですから」

「まあ、そうよね。流石にお子様が……特にソラがいたんじゃ無理か」

「えっ? ということは……」

「馬鹿ね。気付いているに決まってるでしょ。ソラのあんたを見る目を見たら、誰でも気付くわよ」


 心外だと言わんばかり形のいい片眉を吊り上げたレンリさんは、階下の方を見やりながら静かに話す。


「でも、ソラは強い子ね。もうちゃんと気持ちに整理を付けて、前に進もうとしている」

「そう……なんですか?」

「そうよ、あんた、きっとソラを振ったことを一生後悔するわよ。あんないい子、他には絶対にいないんだからね」

「……でしょうね」


 ソラは将来、間違いなく誰もが羨むような魅力的な女性になるだろう。

 だが、それをわかった上で俺はソラではなくシドを選んだ。


 シドに惹かれた理由を上げればキリがないが、一番はこれからも一緒に並んで歩きたいと思ったのが彼女だったというわけだ。


「ソラの想いには応えられませんが、せめてソラに少しでも想ってもらったことを誇りにして生きていきますよ」

「そうね、あんたはそれぐらいでいいわ」


 レンリさんは小さく嘆息すると、俺の胸に拳を軽くぶつけてくる。


「フフッ、見てなさい。絶対あんたが後悔する男をソラに捕まえさせてみせるから」

「それは構いませんが……ソラをいかがわしい店で働かせたりしないで下さいね」

「うっさい、あれはとっくに廃業したわよ!」


 レンリさんは尻尾を逆撫でて怒りを露わにすると、俺に素早いローキックを見舞う。


「あだっ!?」


 しなやかな足から繰り出された蹴りは思ったより痛く、思わず悲鳴を上げるとレンリさんは「フン」と鼻を鳴らす。


「いい気味よ。それにあんたは知らないだろうけど、私は今、グランドの街じゃちょっとした人気者なんだからね」

「へぇ……何をしているんですか?」


 まさかアイドルになって、街の男たちから金銭を貢がせる仕事じゃないですよね?


 思わずそんなことを思っていると、レンリさんが三白眼で睨んでくる。


「物凄く失礼なことを考えているのはわかったけど……男に貢がせるとかそういうのじゃないから」

「……す、すみません」


 素直に謝罪すると、レンリさんは呆れたように嘆息して現在の仕事を話す。


「私は今、あの街で自分で作った服を売ってるのよ」

「服を?」

「そうよ、私の小さい頃の夢だったの。その為にずっと努力はしてきたし、ソラに裁縫を教えたのも私なんだから」

「そう……だったですね」


 旅の道中で服がほつれたり破れたりしたらソラが手早く直してくれたが、どうやらその技術を仕込んだのはレンリさんだったようだ。


 地上で暮らすようになったレンリさんは、記憶を取り戻した知己の人の伝手で自作の服を販売したところ、若い娘を中心に人気となり、カナート王国までの二人分の旅費も、服を売ったお金で賄ったという。


「はぁ、まさか泰三の旅費もレンリさんが出していたなんて……」

「こっちから依頼をしたんだから当然よ。ただ……」

「ただ?」


 同行者として、何か泰三に不満でもあったのだろうか?


 そう思っていると、レンリさんは神妙な顔で話を切り出す。


「タイゾーって性欲とかないの?」

「えっ? そ、そんなことないと思いますけど……」


 泰三の家に遊びに行った時は、詳しくは伏せるがそういった類のものはそれなりにあったから、性欲がないということはないはずだ。


「そうよね、タイゾーだって男だものね」


 レンリさんはコクリと小さく頷くと、俺に顔を近付けて囁くように泰三の秘密を話す。


「実は私、一度ぐらいはタイゾーに迫られると思ったのにあいつ……私との口約束を守って手の一つも握って来なかったのよ」

「それは、あいつはクラベリナさん一筋だからでは?」

「はぁ!? あんた本気で言ってんの? あんた男の癖に男のこと何にもわかってないのね!」

「えっ、ええっ!?」


 レンリさんはくわっ、と大きな目をさらに大きく見開くと、男についての持論を披露する。


「男って奴は、絶対に大丈夫と言いながら、こっちがちょっと油断すると、すぐに本性を現すのよ」

「ま、まあ、そういう奴もいるのは否定しないけど、泰三はこと男女の関係においては奥手だから」

「あれは奥手とかそういうレベルじゃないわ……もしかして絶対に勝てないクラベリナに挑み続けているのも、不干渉なことをバレないようにするためとか?」

「いやいや……」


 そんなことないでしょう……そう思っていると、



「あっ、浩一君」


 階下から泰三がやって来て、呑気に話しかけてくる。


「休むのもいいですが、食事の準備をしましたのでよかったらご飯でも……って、どうしました?」


 俺たちが向ける微妙な視線に気付いたのか、泰三は不思議そうに首を傾げる。


「僕の顔に何か付いていますか?」

「……いや、何でもないよ。確かに腹も減ってるからご飯をもらえると助かる」

「ええ、ではこちらにどうぞ。暖かいご飯は久しぶりなので、僕も楽しみです」


 素直な泰三は俺たちの様子を気に留める様子もなく、嬉しそうに階下へと降りていく。


「…………」


 泰三、お前がレンリさんに対して実直に剥き合い続けた結果、彼女にとんでもない評価をされているぞ。


 何て泰三に向かって言えるはずもないので、


「レンリさん、俺たちも行きましょう……話の続きはまた後で」


 親友の名誉回復のためにも、俺はレンリさんに泰三がいかに純情でいい奴なのかを説明しようと固く誓いながら階下へと降りていった。

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