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想いを託して

 シドが回避行動を取ると同時に、虫人の口から緑色の液状の塊が吐き出される。


「おわおぅ!」


 本能に従って回避行動を取っていた甲斐もあり、シドは間一髪のところで毒液を回避する。

 弧を描いて飛んでいった毒液は土の地面に落ちると、熱々の鉄板に肉を落としたような乾いた音を立てながら白い煙を上げる。


「あっぶな……」


 ボコボコと泡立ちながら焦げる地面を見て、シドは思わずブルルと身震いする。


 ペンターが吐いた毒霧とは違い、小さな虫人が吐いた毒は液状で広範囲に広がることはなかった。

 だが、その分速度があるのと、着弾すれば強力な酸によって火傷では済まない怪我を負ってしまうだろう。


「……間違っても、こいつを受けるわけにはいかないな」


 黄色い体液をまき散らしながらも全く戦意が衰える様子のない虫人を観察しながら、シドは再び前へと出る。


 時間をかければ失血で弱っていく虫人を簡単に倒せるだろうが、それでは大きな虫人と対峙している獣人たちが気掛かりである。

 全員が生き延びるためには、とにかく速攻で目の前の虫人を倒す必要があった。


「奥の手を繰り出すということは、追い詰められているということだろう?」


 関節が弱点だとわかった以上、次で決めてみせるとシドは虫人へと襲いかかる。


「ギギッ……」


 迫るシドを見て再び虫人は口を開いて毒液を吐き出そうとする。



 だが、


「あたしが同じ手を許すわけないだろう」


 シドは走りながら手にしたハンドアックスを、虫人目掛けて思いっきり投げ付ける。

 空気を切り裂くように回転しながら飛んだハンドアックスは、大口を開けた虫人の上顎と下顎を分断するように深々と突き刺さる。


「――っ!?」

「これで終わりじゃないぞ!」


 シドは先程切り裂いた鋭い爪が付いた虫人の腕を拾うと、口を切り裂かれて声にならない悲鳴を上げて苦しんでいる虫人の首の根元目掛けて振り下ろす。

 振り下ろされた虫人の爪は、持ち主の首元に半分ほど埋まったところで止まる。


「とどめだ!」


 さらにシドが回し蹴りを突き刺した腕へと叩き込むと、爪が貫通して虫人の首を吹き飛ばす。


「次だ!」


 噴水のように黄色い体液を拭き出しながら後ろに倒れる虫人には目もくれず、シドは素早くハンドアックスを回収してもう一体の大きな虫人の方へと目を向ける。



「おまっ……」


 獣人たちに声をかけようとしたところで、シドは動きを止める。


「ギギッ!」

「ガハッ!?」


 大きな虫人が右手で掴んでいた熊人族(くまびとぞく)の男性を投げ捨てると、百キロ以上はありそうな巨体がゴロゴロと転がる。


「――っ、てめぇ!」


 腹を貫かれたのか、腹部から大量の血を流す熊人族の男性を飛び越えながら、シドはハンドアックスを大きな虫人に向けて投げる。


「ギッ!」


 激しく回転して迫るハンドアックスを、大きな虫人は後ろに大きく跳んで回避する。



「おい、大丈夫か?」


 シドは近くにあった槍を足で蹴って手にしながら、倒れた熊人族の男性に話しかける。


「一体何があった。どうしてこんな無茶をした」

「…………ううっ、も、申し訳ございません」


 口の端から血を流しながら、熊人族の男性は何が起きたのかを話す。


「シド様の提案通り、囲んで牽制をしていたのですが……毒に」

「そう……か」

「お気を付けください。あいつは口だけでなく、背中の羽から毒を撒き散らします」

「わかった……仇は必ず討ってやるからな」

「お願い…………ます」


 シドに願いを託しながら、熊人族の男性はゆっくりと目を閉じる。


 その顔は仕事をやり遂げたようで安らかであったが、


「…………馬鹿野郎」


 シドは安らかに眠る熊人族の男性を見て、悔し気に歯噛みする。


「どいつもこいつも大馬鹿ばかりだ」


 そう吐き捨てるシドの目には、自分の指示に従って大きな虫人に挑んでいった獣人たちの姿が映る。


 ある者は大きな爪を受けたのか体が大きく抉られ、またある者は毒をまともに受けたのか、体の半分以上が溶けて内臓が剥き出しになっていた。


 立っている者は一人としていない。


 大きな虫人の毒攻撃という予想外の攻撃があったのかもしれないが、ほんの数分で未熟な獣人たちは全滅してしまっていた。


「どうして……どうして自分の命を無駄にするんだよ」


 確かに練度の低い獣人たちに、大きな虫人を任せるのは荷が重すぎた。

 だが、それでも生き延びることを最優先にして動けば、多少の犠牲は出ても全員が死ぬことはなかったはずだ。


 また、危なくなった時点でシドに声をかけていれば、何かしら結果が変わっていたかもしれない。

 獣人たちはどうして、自分の命を守る選択肢を取らなかったのか。


 それは自分たちがシドにとって足枷でしかなく、彼女に迷惑をかけるわけにはいかないと思ったからだ。


 だから熊人族の男性は、必要な情報を伝えることができただけで満足して逝くことができたのだった。


 そんなことはシドも百も承知している。


 だが、だからこそ、そんな彼等を救えなかった自分が許せなかった。


「クソッ!」


 シドは堪え切れない怒りを吐き出すと、槍を構えながら正面を見据える。


 ハンドアックスを回避した大きな虫人は、背中の羽を激しく動かしながら地面から僅かに浮いてシドを見据えている。

 背中からは緑色の煙が噴き出していることから、あそこからペンターと同じタイプの毒を撒き散らすものだと思われた。


 だが、そんなことは関係ない。


 獣人たちの想いに報いるためにも、目の前の敵に負けるわけにはいかなかった。


「お前たち、あたしの戦いを見ていろよ」


 返事が来ないとわかっていても会えてシドはそう言うと、槍を手に前へと進み出ていった。

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