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虫に浸食される

「――っ!?」


 最も聞きたくない声を耳にしたシドは、尻尾をピンと張りつめさせながら虚空に向かって声を張り上げる。


「ペンター! お前の自慢のゾンビたちはもうおしまいだぞ!」

「ホッホッホッ、相変わらず威勢のいい娘じゃのう」


 何処までも小馬鹿にしたようなペンターの声に、シドは犬歯を剥き出しにして苛立ち露わにする。


「御託はいい。隠れてないでとっとと姿を見せろ!」

「そう慌てるな。先程から見えるところにおるじゃろう」

「何……だと?」


 思いもよらない言葉に、シドは全神経を張り巡らせながら記憶の中にある老人の姿を探す。

 だが、いくら目を凝らしてみても、シドが第二防壁で見たあの老人の姿は見当たらない。


「……チッ」


 焦りと不安だけが募ることにシドは堪らず舌打ちをする。


 普通の人間ならいざ知らず、獣人の中でも特に能力が高いシドの視力をもってしても見つからないことが信じられなかった。


「せめて、奴の臭いがわかれば……」


 まだ直接ペンターと出会ったことがないシドは、問題の老人の臭いを嗅いだことがない。


 この場で直接会ったことがあるのはソラだけだが、大切な妹を危険に晒したくないシドとしては、後方に置いているだけでも気が気でないのに、自分の近くであっても何が起こるかわからない最前線には呼びたくなかった。



「……まさか!?」


 そこまで考えたところで、シドの脳裏にある考えがよぎる。


 もしかして、目の見えるところにいるというペンターの情報は嘘で、本当はこちらの裏をかいて既に遺跡の奥に向かい、ミーファや子供たちを人質にしようと画策しているのではないだろうか?


 フィーロがいるので逃げ切れる可能性もあるかもしれない。


 だが、不意を打たれたら?


 想像もつかないような卑劣な手を繰り出されたら?


 相手が真っ当じゃないだけに、シドは目を素早く走らせながらも疑心暗鬼になっていた。


「……コーイチと戦った連中も、こんな気持ちだったのかもな」


 シドは少しでも冷静になろうと、想定しない攻撃を仕掛けてくる相棒のことを思い浮かべていると、


「ホッホッ、あの自由騎士と肩を並べられるとは光栄じゃのう」

「――っ!?」


 これまでとは違い、はっきりと認識できる場所から声が聞こえ、シドはそちらへと、階段の上の方へと目を向ける。


 階段の上には手足を切られて胴体だけとなったゾンビが何体かいただけで、老人の姿はなかった。


 シドがそう思っていると、モゾモゾと蠢く肉塊に変化が訪れる。

 手足がなく、立ち上がることすらできないはずの肉塊の中から、何かが立ち上がるのが見える。


「なっ……なっ……」


 立ち上がった影を見て、シドは驚きに目を見開く。

 そこにいたのは、ゾンビとなったハバル大臣の私兵でも、虫に噛まれてゾンビとなった獣人でもなかった。


 背丈は成人男性とほぼ同じ、違うのはシドたちが切り落としたはずの手足が完全に復元されていた。

 その数六本、通常の手足の他にも左右の胸の下から二本の腕が追加で生えている。

 極めつけは頭部に付いているのは獣人の顔ではなく、不気味な虫の顔が付いていた。


 ギチギチと耳障りな音を立てながら仁王立ちする巨大な虫を見て、シドは鳥肌が立つのを自覚しながら叫ぶ。


「な、ななっ、何なんだよお前! 虫なのか!? 混沌なる者の眷属って虫のバケモノなのか!?」

「いい反応じゃ。じゃが、ワシはこの子の体に一時的に乗り移っているだけじゃ」

「一時的に乗り移るだって!?」


 ペンターの言っている意味がよくわからないシドであったが、必死に頭を巡らせて考えられそうなことを口にする。


「……よくわかんねぇけど、ここでそのバケモノを倒してもお前は死なないんだな?」

「ホッホッ、その通りじゃ。じゃから……」


 肉食系の昆虫に見られる二つの大あごをギチギチと動かしながら不気味に笑ったペンターは、


「年甲斐もなく、何も気にせず自由に暴れられるのじゃ!」


 嬉々としてそう言うと、地面に這いつくばって六本の足をシャカシャカと忙しなく動かしながらシドたちへと迫る。



「お、お前たち、武器を構えろ!」


 残っているゾンビたちをようやく掃討した獣人たちも、シドの切羽詰まった叫び声に緊張した面持ちで階段の上へと目を向ける。


「無理するな。自分の命を守ることを最優先に考えろ!」


 素早く獣人たちに指示を出しながら、シドは惑わすように素早く左右にステップを踏むペンターを真っ直ぐ見据える。

 カサカサと黒いアレを思わせる動きで迫るペンターは、人によっては見るだけで鳥肌が立つほどの不気味さがある。


「ヒイィィ……」

「こ、こんなのどうやって戦えばいいんだ」


 移動の速さもさることながら、今まで見たこともないような軌道で迫る巨大な虫に、獣人たちは目に見えて狼狽える。


「ホッホッ、都会育ちの者たちには、今のワシはさぞ気持ち悪かろう」


 獣人たちの悲鳴を耳にしたペンターは嬉しそうに歯をギチギチと鳴らすと、六本の足を素早く動かして接近する。


 真正面から攻めてくると思われたペンターは、シドの手前で大きく横に飛ぶと、壁を蹴って三次元的な動きで彼女へと襲いかかる。


「それじゃあ、早速その柔肌を堪能させてもらおうとするかのぅ」

「舐めるな!」


 先端に鋭い爪が付いたペンターの足を、シドはショートソードを斜めにして巨大な虫の脇へと移動しながら受け流す。

 力を受け流すようにくるりと回ったシドは、遠心力をそのまま利用してペンターの後頭部目掛けて斬りかかる。


「このっ!」


 ペンターからすれば完全な死角から攻撃、普通の人間なら奇跡でも起きない限り回避は不可能かと思われたが、


「ホッホッ、甘い」


 背後を振り返ることなく、ペンターは人間の左手に相当する腕を背後に回してシドの攻撃を受け止める。


「んなっ!?」

「驚いたか? 驚いたじゃろう?」


 首をぐるりと巡らせたペンターは、心底嬉しそうに言いながら飛び出した目玉をギョロリと動かす。


「昆虫の目は面白くてのぅ。顔は正面を見ながらでも背後まで見ることができるのじゃ」

「――っ、だからどうした!」


 シドはショートソードを素早く引くと、


「視界は広くても、攻撃を喰らえば同じだろうが!」


 左右のどちらに逃げても対応できるように、背中の中心目掛けて突き攻撃を繰り出す。


 昆虫の複眼であれば、迫りくる刃は見えているはずだが、ペンターは回避する素振りすら見せない。

 ゾンビの体内にいた虫ですら易々と貫いたシドの突きならば、ペンターの体も貫くと思われた。


 だが、ペンターの背中を捉えた刃は、埋まることなく火花を散らしながら大きく弾き、その刀身を半ばから真っ二つに折れる。


「んなっ!?」

「ホッホッ、そんななまくらで、本気になったワシの可愛い虫たちの装甲を貫けるはずがないじゃろう」


 肩を揺らして笑ったペンターは、背後を振り返りながらシドに向けて四本の腕で襲いかかる。


「クッ!」


 このままではマズイと判断したシドの決断は素早く、折れた剣を手放して大きく後ろに跳んで迫りくる爪の攻撃を回避する。


「流石の判断じゃ」


 何か追撃が来るかもしれないと、防御姿勢を取りながら下がるシドを見て、ペンターは舌を巻く。


「じゃが、これはどうじゃのう」


 ガチガチと歯を鳴らしたペンターは、口から緑色の霧状の物体を吐き出す。


「ほれほれ、この霧を吸い込むと、体の中に虫が入ってしまうぞ!」

「な、何だと!? お前たち逃げろ! 今すぐ逃げるんだ!」


 鼻と口を素早く覆いながら、シドは血相を変えて吐き出された毒霧に巻き込まれないように逃げ出す。



「ホッホッ、正に雲の弧を散らすように逃げていくわい」


 シドに続くように必死に逃げる獣人たちを見ながら、ペンターは愉快そうに肩を揺らす。


「さて、それじゃあワシは仲間を増やすとするかの」


 そう言ったペンターはまだ体内に虫が残っているゾンビに近付くと、背中に真ん中の足の爪を立てる。


「ほれ、起きるのじゃ。ワシと一緒にダンスを踊ろうぞ」


 そう言うと爪を立てられたゾンビの体がビクリ、と大きく跳ね、切り落とされた手足から虫の足が次々と生えだした。

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