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虫を抉り出す

 黒い影の正体を、ゾンビの構造について気付いたシドは、仲間たちに情報を共有していく。


「つまり、ゾンビ共が死なない理由は、中に入り込んだ虫が宿主の身体を自在に動かしていたからだ」

「その話、本当ですか?」


 シドの推論を聞いた獣人の一人が、バリケードを押さえる手の力を緩めることなく困惑したように話しかけてくる。


「虫に支配されるって……あんな大きな虫が体に入ったら、流石に気付かないはずがないと思うのですが……」

「当然の疑問だな。流石にあのサイズの虫が体の中に入る可能性はかなり低い」


 指を使って虫のサイズを表現していたシドはギュッ、とそのサイズを小さくしてみせる。


「だからあの虫は宿主に卵の状態で入り込み、羽化して体内で成長したんだ」

「卵……ですか?」

「そうだ。虫に寄生されたゾンビに噛まれると、体内に卵を埋め込まれるんだよ。そう考えれば、ゾンビにやられた奴がゾンビになるのも理解できるだろ?」

「理解できるって……」

「そ、そんなことありえるのか?」


 シドのとんでも理論に、獣人たちは手を緩めるような愚は冒さないものの、その表情には困惑の色が浮かんでいる。


 ゾンビに噛まれると感染するのは周知の事実ではあるが、その詳しい仕組みまでは解明されていない。


 ゾンビが持つ毒が体内に入るとゾンビ化するというのが定説だが、それが毒ではなく、見たことも聞いたこともない虫が原因と聞かされても、にわかには信じられない話だった。


「シド様……」


 すると、まだ完全に納得してない一人の獣人が声を上げる。


「その話が本当だとして、そんな虫が存在するのでしょうか?」

「普通はいないだろうな。だが、あの虫はある奴が創った特別な虫なんだよ」

「特別な……虫?」


 ゴクリと喉を鳴らす獣人に、シドは神妙な顔で頷く。


「その者の名は捏血(ていけつ)のペンター、あたしたちの宿敵でもある混沌なる者の眷属の一人だ」


 そう前置きしてシドは、自分が知る限りのペンターの情報について獣人たちに話していく。



 シドにとってペンターとの直接的な出会いは、先程の第二防壁が初めてであったが、ルストの街で奴は浩一とソラを死ぬ直前まで追い詰めた。


 ハバル大臣の裏で糸を引いて彼を人ならざるものへと変貌させ、彼の部下にゾンビ化する虫の卵を植え付けた。


 そもそもシドにとっては、グランドの街で長年地下生活を強いられることになった因縁浅からぬ関係がある。


 そして、浩一の親友の一人の死にも関与していた。


 裏で暗躍していたのも含めれば枚挙にいとまがないが、そのどれもシドは許すことはできないし、ペンターとの因縁を何としてもここで断ち切ってやろうと思っていた。


「……というわけだ。あいつはあらゆる命を弄ぶクソ野郎だ。あいつが裏で糸を引いているのなら、どんなことが起きても不思議じゃない」

「そ、そこまでの者がここに……」

「しかも、ハバル大臣だけじゃなく既に他の者まで……」

「混沌なる者の眷属って……我が国は大丈夫なのか?」


 ペンターという思った以上の大物の登場に、獣人たちは揃って弱気な発言をする。


「弱気になるな! 後、力を緩めるな!」

「は、はい!」


 バリケードが僅かに揺れるのを見たシドが鋭い声を飛ばすと、獣人たちは慌てて壁に張り付いてしっ

かりと支える。

 傾きかけたバリケードが元に戻るのを確認したシドは、小さく嘆息して不安そうな獣人たちに話しかける。


「心配するな。お前たちだけだったらどうなっていたかわからないが、今はあたしたちと、自由騎士のコーイチがいる」

「自由騎士が?」

「ああ、あいつはペンターの罠を何度も潜り抜けてきた男だ」

「そうです。コーイチさんは凄いんです!」


 シドに続くように、ソラも大きな声で獣人たちに話しかける。


「コーイチさんがいなければ、私はきっとあのペンターによって殺されていました。コーイチさんなら、必ず皆さんを助けてくれるはずです!」

「……そういうことだ。あたしも奴が創ったバケモノを倒したことがあるし、何も恐れることはない。大船に乗ったつもりでいてくれ」

「お二人がそう言うのなら……」

「俺たち、どうにかなるのか?」


 シドたちの言葉に、獣人たちに僅かに覇気が戻る。


 姿の見えない脅威、しかも既にカナート王国では精鋭と呼ばれるターロンの部隊を壊滅状況に陥らせたと聞かされ、兵士としては並である獣人たちは完全に気圧されていた。

 この地下遺跡に派遣されたのも、国外は疎か、国内防衛の部隊にも声がかからなかったため、この地下遺跡にやって来たのだった。

 そんな未熟者たちの集まりであったが、上に立つ者がいて、その者がしっかりと引っ張ってやれば、元々スペックの高い獣人たちの使い勝手は決して悪くはない。


 そのことを重々承知しているシドは、せっかく上がった士気が下がらないように獣人たちに明るい声で話しかける。


「あたしについて来れば何も問題ない。ゾンビの対処法もちゃんと考えてあるから安心しろ」

「ほ、本当ですか?」


 思わず笑顔になる獣人たちに、シドは自信を持って頷く。


「さっきは面食らったが、お蔭で虫が何処にいるのかわかったからな。次からは手足を封じると同時にそこも叩く」


 そう言ってシドは自分のへその上あたりを指で円を描くように示す。


「次から長物を持っている者は、この辺を攻撃してやれ。それで虫に打撃を与えられるはずだ」

「わかりました」

「お腹ですね」


 シドの見事に割れた腹筋を見て少し顔を赤らめながらも、獣人たちは頷いてどのように立ち回るかをシミュレートしていく。


 最初は頼りなかったが、少しずつ戦士の顔になっていく獣人たちを見て、シドはソラと顔を見合わせて嬉しそうに頷く。


「よし、それじゃあゾンビ退治としゃれこもうぜ!」


 シドは犬歯を剥き出しにして獰猛に笑うと、ゾンビたちと決着をつけるべくバリケードを開けるように指示を出した。




 バリケードを支えていた獣人たちが一斉に退くと同時に、再びゾンビたちが壁を突き破って現れる。


「お前たち、あたしにしっかり付いてこいよ!」


 今回も先陣を切ることになったシドは、獲物をハンドアックスから小回りの利くショートソードに変えてゾンビへと斬りかかる。


「おらよっ!」


 真正面から突っ込んでくるゾンビの手足を一瞬で切り捨てたシドは、突きの構えを取ると、


「フッ!」


 短く息を吐いて、虫がいると思われるゾンビの腹部にショートソードを突き刺す。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアァァ…………」


 腹にショートソードを突き立てられたゾンビは、絶叫しながらガクガクと激しく首を前後させていたかと思うと、傷口から黄色い体液を盛大に噴き出してばたりと地面に倒れる。


 糸が切れた操り人形のように地面にうつ伏せに倒れたゾンビは、そのままピクリと動く様子は見せない。


「これは……」

「もしかして、死んだ……のか?」

「死んだよ。見ただろ!」


 シドは続いてやって来た先頭のゾンビに回し蹴りを浴びせてまとめて吹き飛ばし、動かないゾンビをひっくり返すと、黄色い体液まみれの腹を裂いてショートソードを突き入れる。


「ほら、見てみろ」


 そう言ってシドがショートソードを引き抜くと、切先に拳大のコガネムシに似た不気味な虫がくっついているのが見てとれた。


「こいつがゾンビの正体だ。背中側は硬いが、どうやら腹の方はそこまででもない。正面から刺せば、簡単に倒せるはずだ」

「な、なるほど……」


 獣人たちが息を飲んで頷くのを見たシドは、ショートソードを振って虫を振り落として踏みつぶすと、切先をゆっくりを起き上がったゾンビたちに向ける。


「ほれ、次はお前たちだ」


 その言葉を皮切りにシドたちとゾンビたちの戦い、第二ラウンドの火ぶたが切って落とされた。

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