戦士たちの帰還
見える範囲のサンドウォームが全て消滅したのを確認した俺たちは、レオン王子たちと合流するために彼等がいた場所を目指していた。
「お~い、コーイチ!」
「あっ、ターロンさん!?」
途中、こちらに駆け寄って来るターロンさんたちを見つけて、俺は堪らず笑顔を零して彼に向かって体をぶつけるように抱き付く。
「よかった。俺……俺……皆が死んでしまったと思って」
「あ、ああ、流石に俺もあの時は死を覚悟したよ」
俺の肩を掴んだターロンさんは「コホン」と咳払いを一つして、押し退けるようにして身を離す。
「それとコーイチ、悪いが俺は男と抱き合う趣味はない」
「えっ? あっ……」
そう言われて俺は、自分が感極まって思わずターロンさんの厚い胸板に飛び込んでしまったことを思い出し、慌てて彼と距離を取る。
「すみません……一応言っておきますけど、俺にその気はないです」
「そうでないと困る……後、そこのエルフ、興味深そうにこっちを見るな!」
ターロンさんが不機嫌そうに後ろに声をかけると、赤い顔をして目を輝かせ、激しく耳を動かしている女性のエルフと目が合う。
「あっ」
俺たちの視線に気付いた女性のエルフは慌てて目を逸らすと、まるで最初から見ていませんでしたと言うようにそっぽを向く。
目が合った時は物凄くイキイキしていると思ったのに、視線を逸らした途端に目が虚ろになって猫背になる。
「あの人……」
まさかとは思うが、あのエルフは男同士での恋愛模様を好む所謂、腐女子というやつだろう。
異世界にも腐女子が存在するとは……と思ったが、これまでの経験で人の趣向というのは、時空を超えたところでそう大きく変わらないということだ。
故に、BLが好きなエルフがいたっておかしくはないし、何なら実はソラにその片鱗があることを知っている。
しかし、だからといってここでエルフの女性に餌を与えるようなことはしない。
俺はターロンさんに目だけでそのことを伝えると、彼もまたさして頷いてくれる。
よし、これで後はレオン王子との合流だけだな。
そう思った矢先、
「やったじゃないか!」
「おがああぁっ、熱っつつつつっ!」
元気な声が聞こえ、いきなり誰かに灼熱の大地へ押し倒される。
一体何事かと思っていると、
「悪い悪い、ちょっと手加減を見誤ったぜ」
謝罪の言葉と共に手を取られたと思ったら、物凄い力で引き起こされて誰かに熱い抱擁をされる。
「やるじゃないか、コーイチ!」
「痛い痛い……って、えっ?」
激しく背中を叩かれながらも、聞き覚えのある声に俺は抱き付いている人物に尋ねる。
「も、もしかして、レオン?」
「おう、コーイチの親友のレオン様だぜ」
その言葉で俺が誰に押し倒されたかわかっていないのを理解したのか、レオン王子は身を離して白い歯を見せてニヤリと笑う。
「サンドウォームの奴が崩れるように死んでいくのを見たからよ。居ても立っても居られなくなって、一人で先に迎えに来たってわけよ」
「そ、そうなんだ……」
そう言われてサンドウォームの頭があった方を見ると、置いてけぼりにされたレオン王子の部下たちが息も絶え絶えといった様子で走って来るのが見えた。
あれだけ数多くの魔物との戦闘をこなし、砂漠を駆け回ったというのに、まだまだ体力に余裕がある様子のレオン王子もまた、とんでもない戦士だなと思った。
「それにしても、流石は自由騎士だぜ」
一通り確認作業を終えたレオン王子は、両手を大きく広げてまたしても俺に抱き付いてくる。
「誰もがサンドウォームを倒すのは無理だと、追い返すのがやっとだと言っていたのに、まさか本当に倒しちまうとは思わなかったぜ」
「ハハハ、でも俺一人だけじゃ絶対無理だったよ。皆の……レオンたちの協力あってこそだよ」
レオン王子の熱い抱擁に応えるように彼の背に手を回して軽く叩くが、俺の視線は本性を見てしまったエルフの女性へと注がれる。
「……ムフフ」
すると案の定、先程まで死んだ魚のような目をしていたエルフの女性は、鼻息を荒くさせ、目を爛々と輝かせながら俺たちの方を見ている。
……ターロンさんではないが、今すぐでもレオン王子と距離を取りたいと思うが、カナート王国内に親友と呼べる存在は他にはいない彼のことを思うと、冷たくあしらうのは非常に憚られる。
「お前は本当に最高だぜ。俺たちの国を救ってくれてありがとうな」
「そんなの当然だよ。それこそ、俺たちがこの国に来た意義だからさ」
少し大袈裟に言ったが、カナート王国の獣人も、森に住むエルフたちも心から守りたいと思っているのは事実だ。
「だからなんとしてもこの戦いに勝ち切ろうぜ、親友」
「コ、コーイチイイイイイイィィィ!」
少し歯痒い台詞を言うと、レオン王子は目に大粒の涙を浮かべて思いっきり抱き付いてくる。
「お前が来てくれて、お前と友になれて俺は本当に幸せものだぜええええぇぇ!」
「ハハッ、そんな大袈裟な」
俺が泣きじゃくるレオン王子を宥める視界の隅で、問題のエルフの女性の目が怪しく光って鼻息荒くこちらを見てくる。
…………仕方ないので、これは受け入れるしかない。
俺は興奮したエルフを咎めるよりも、レオン王子との友情を優先させ、とりあえず興奮した様子の彼を必死に宥めていった。
どうにか大群の魔物をサンドウォームを倒し切ることはできたが、こちら側の犠牲も少なくはなかった。
魔物との戦いで亡くなった者、第二防壁の強襲で死んでしまった者、そして、サンドウォームとの戦いではかなりの犠牲者が出てしまっていた。
すぐさま同じ規模の魔物の襲来があった場合は、次は耐えられないかもしれない。
正確にはカナート王国内にはまだ多くの兵士が残っているので、彼等を投入すれば魔物の襲来は乗り切れるかもしれないが、ターロンさんの部隊は再編成を余儀なくされるだろう。
つまり、ここで俺たちにできることはたった一つというわけだ。
「お前たち、撤退するぞ」
生き残った者たちの確認を行い、怪我人の治療をし、必要な物資を回収してカナート王国に帰還することになった。
先頭に索敵ができる俺とターロンさんとロキ、真ん中を怪我人と荷物持ちが担当し、最後尾をレオン王子と比較的軽傷の戦士たちが受け持つこととなった。
といっても、目に見える範囲には怪しい影は見えないし、近くにはご褒美の肉をもらうために砂漠イルカたちが周遊しているので、地中から襲われる心配もないだろう。
それでも万全を期すため、移動を開始する前にアラウンドサーチで索敵をすることにした。
そうして脳内に索敵の波が広がると、後方から物凄い勢いで迫って来る赤い光点が見える。
「これは……」
「どうした?」
「ハバル大臣が近付いて来ます」
「大臣か……そういえばすっかり忘れていたな」
ハバル大臣の名前を聞いて、ターロンさんが警戒を解くのが見える。
色々あったが、サンドウォームを少ない犠牲者で倒せたのは、ハバル大臣の協力があったのも大きい。
捏血のペンターによって魔物化したということだが、それも全てカナート王国を守るためだったというのも今なら理解できる。
今後の戦いにハバル大臣が加わってくれれば、これほど頼りになる援軍はないかもしれない。
ハバル大臣がいなかったら、俺たちもサンドウォームの胴に下敷きになっていたかもしれないし、まずはあの時の礼を言うべきだろう。
そんなことを思っていると、
「おおっ、叔父さん」
レオン王子が、現れたハバル大臣を笑顔で出迎える。
「俺の親友のコーイチの活躍、見てくれたか?」
「ああ、見ていたとも」
ハバル大臣はニッコリと白い歯を見せて笑うと、
「だからあのお方のためにも、ここで始末しなければならないと確信したよ」
そう言って、レオン王子の胸を手刀で撃ち貫いた。




