砂漠の川
目が真っ白になったのは一瞬、視界はすぐに砂の海を捉えたかと思うと、俺のすぐ右脇から耳を劈くような大爆発が起こる。
「――うぐぅ!? ペッペッ……」
爆発に備えて目を閉じ、耳を塞いで口を開けていたので口内に砂が盛大に入ってしまったが、お蔭でダメージは最小限で済んだ。
ひとしきり砂を吐いた俺は、全身に浴びた砂を払いながら少しでも状況を確認しようと、熱を少しでも避けようと手で目を庇いながら爆発が起きた方を見る。
「うわぁ……」
手の隙間からの光景を見て、俺は背中にジワリと嫌な汗が浮かぶのを自覚する。
攻撃の通った跡には、焼けた砂がボコボコと泡立つマグマの川ができており、しかもそれが幅数メートル、長さは百メートル以上も続いていた。
一瞬過ぎて何が起きたのかよくわかっていないが、おそらくあのサンドウォームの尾の先に付いた赤い球体が、レーザーのような攻撃を放ったのだと思う。
「ま、まさかこんな奥の手が残っていたなんて……」
攻撃の凄まじさは言うまでもないが、これをかいくぐってあの赤い玉に取り付かなければならないのだ。
そのためには砂漠イルカやロキのサポートは必須だが、果たして動物たちにそこまで危険な橋を渡らせていいのだろうか。
「キュイ!」
すると、気落ちした俺を励ますように砂漠イルカから「行こう!」という励ますような声をかけられる。
「キュイキュイ、キュ~イ!」
「……うん、そうだね。皆を守るためにあいつを倒さないとね」
やる気満々といった様子の砂漠イルカの元気な声に、俺は思わず苦笑を漏らしながらアイボリー色の背中を撫でる。
本当なら俺が鼓舞していかなければならないのに、自分たちの心配をしている場合ではない。
サンドウォームにこんな凶悪な隠し玉が残されているのなら、間違いなくここで倒しておかないとカナート王国の……引いてはこの砂漠に住む生物たちの安寧が脅かされるだろう。
「……よしっ!」
俺は気合を入れ直すために自分の頬を強く叩くと、すぐ後ろにスッと現れたロキに話しかける。
「ロキ、俺たちがレーザーの射線を見ながら回避していくから、俺たちの後に続いてくれ」
「わん!」
ロキからの「わかった」という元気な返事を聞いた俺は、既に前へ進みたくてウズウズした様子の砂漠イルカに話しかける。
「お待たせ。サンドウォームを倒して皆でおいしいご飯を食べよう」
「キュイ!」
砂漠イルカは「約束だよ」と言ってサンドウォームへ向けて動き出す。
「…………って、うおっ!」
いきなり急発進をする砂漠イルカに、振り落とされそうになった俺は慌てて唯一の掴まりどころとも言える三角形の背びれを掴む。
そうこうしている間もどんどんと速度は上がっていく。
「こ、これは……」
どうやらこれまでの移動は、俺のことを気遣って手加減してくれていたようだ。
これまでとは一線を画す速度で移動する砂漠イルカに、俺は背後を振り返ってロキへと声をかける。
「ロキ、付いてこられるか!?」
「わんわん」
俺の問いかけに、ロキからの「問題ない」という元気な声が返って来る。
砂漠の移動にもすっかり慣れたのか、力強い足取りで砂漠イルカに追従するロキを見て、俺は移動は問題ないと判断する。
「さて……」
これで残る問題はサンドウォームの方だ。
まさかのレーザー攻撃には驚いたが、あれだけ強力な攻撃だ。そう何発も撃てるとは思えないし、次弾発射までの時間もそれなりにあるはずだ。
だから次の攻撃が来る前に、どうにか距離を詰めて次弾を回避して一気呵成に攻める。
そう思っていたのだが、
「……いいっ!?」
サンドウォームの尾がゆっくりと持ち上がり、尾の先端に付いた赤い球体が怪しく明滅するのを見て、俺は驚き目を見開く。
まさか、そんなすぐに次のレーザーを発射するつもりなのか?
そう思っていると、尾の先から赤い光がこちらに向かって伸びてくるのが見える。
「か、回避を!」
「キュイ!」
俺の声に反応して砂漠イルカが回避行動を取ると、ロキもそれに続くように射線上から逃れる。
透かさず閃光が俺たちの脇をすり抜け、派手な爆発をして砂漠に新たなマグマの川が生まれる。
「あ、危な……」
再びの命の危機に肝を冷やしながら前へと向く俺だったが、顔から血の気が引いていくのを自覚する。
どうにか第二射を回避したと思ったのだが、サンドウォームの尾が軌道修正するように僅かに動き、赤い球体が再び怪しく明滅し出したのだ。
「ま、まさか……連射できるのか!?」
「キュイ!」
愕然とする俺だったが、俺と調停者の瞳のスキルを共有している砂漠イルカは、赤い光を見て素早く回避行動へと移る。
直後、再び強烈な閃光が走って直前まで俺たちがいた場所が大爆発を起こす。
「くうぅ……」
熱波と砂の礫をどうにか堪えながら、俺は動揺を隠せなかった。
第二、第三と連続でレーザーを発射されたということは、あのサンドウォームの尾の攻撃には次弾を撃つための準備期間、クールタイムが存在しないということだろうか?
調停者の瞳がある限り、今すぐレーザーが直撃することはないと思うが、砂漠イルカの体力問題もあるし、サンドウォームが学習して俺たちの動きを先読みした偏差撃ちをしてこないとも限らない。
それに、レーザーの射程距離が長大なことから、レオン王子たちに流れ弾が飛んでいく可能性もあるので、早期決着は必須だ。
どうにかしてあのレーザーをかいくぐり、尾に取り付かないと……
そう思っていると、
「わんわん!」
「……ロキ?」
ロキから声をかけられ、俺はハッとして顔を上げる。
第二射まではロキが付いてきているのは知っていたが、第三射は警告する時間もなかった。
それに今聞こえたロキの声は、すぐ後ろからではなくかなり遠かった。
俺は大切な相棒の無事を祈りながら声のした方へと目を向ける。
すると、赤いマグマの川を挟んだ向こう側に、四本の足で元気に立つロキが「大丈夫だよ」と元気な姿でいるのが見えた。
「ロキ……ああ、よかった」
ロキに怪我無いのを確認した俺は、安堵して巨大狼に声をかける。
「そこは危ないよ。早くこっちに来るんだ」
「……わわん」
俺の呼びかけに、ロキは少し間をおいて「ダメだよ」と応えてかぶりを振る。
「えっ、どうしたロキ、まさか何処か怪我をしたのか?」
「わふっ」
思わず青ざめる俺に、ロキは「心配ない」と応えると、
「わん、わわん」
「……えっ、奴の攻撃は既に見切ったし、キリがないから囮になるって!?」
「わん!」
思ってもみなかったことを口にしたロキは、俺の返答も聞かずに囮となるべくサンドウォームに向かって突撃していった。




