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身分証明書

 老紳士が持ってい来た箱状の物にかかった布を取り払って中から出てきたのは、先程ブレイブが俺たちに見せたドッグタグに似た金属製の三枚の板だった。


「これはネームタグという特殊な板でな。ただの板に見えるが様々な効果がある魔法の板なのじゃ」

「魔法の板……ですか」


 触ってみても大丈夫かを確認して、俺は試しにその内の一枚を手に取ってみる。


 定期券よりは小さく、板ガムより大きくてひんやりとしたその板は、やはりというかどう見ても軍人が身分証として身に付けるドッグタグに非常に酷似していた。

 触ってみても、特にこれといった秘密がある様には見えないが、魔法の板というくらいなのだから、きっと特別な力があるのだろう。


 魔法……それはグラディエーター・レジェンズ内においては、あくまで対戦の補助的役割しか持たない、ハッキリ言って役立たずの代物だった。

 その効果は、僅かなダメージを与える魔法の巻物(スクロール)や、相手の目くらましとして使えるが、こちらの視界も悪くなる煙が出る玉。他にも肉体強化の効果がある薬や、バトルロイヤルのゲームでよくあるエリア縮小先がいち早くわかる補助魔法など、効果としてはどれも微妙なものが多かった。

 一部例外として、霊薬(エリクサー)のような特殊な魔法アイテムもあったが、これは課金アイテムなので俺個人としては数に入れたくない。


 それ故、俺は魔法の存在をすっかり忘れていたのだが、果たしてこの板にはどのような効果があるのだろうか。

 そんなことを思いながらしげしげと板を眺めていると、リムニ様が呆れたように話しかけてくる。


「そんなに見つめたところで、ちゃんとした手順を踏まんと何も起きんぞ……なんじゃ、コーイチたちの世界には魔法はないのか?」

「な、ないですよ」

「ないのか。それは難儀な世界じゃのう」

「そう……ですね」


 代わりに科学という万能の力がありますけどね。と言ったところで理解されないと思うので、俺はとりあえず話を本題に戻す。


「そ、それで……これは一体どのように使うのですか?」

「うむ、簡単じゃ。先ずはその板の上に、自分の血を垂らすのじゃ」


 リムニ様がそう言うと、静かに佇んでいた老紳士が、三枚のネームタグが乗っていた箱をスライドさせ、一段下に隠されていた銀色に輝く剣山を思わせる針山を露見させる。

 どうやらこの針山で自分の指先を刺して、板の上に血を垂らせということだろう。


「なるほど、理解したわ」


 すると、後ろから雄二がひょいと手を伸ばして来て、何の躊躇いも見せずに剣山に触れる。

 剣山の切れ味は相当なものなのか、雄二の指に軽く触れただけで、指先から玉のような血が流れだす。


「ハハッ、まるで自分が生け花になった気分だな」


 指先から溢れる血を滴らせながらも、雄二は笑顔を崩すことなくそのままネームタグの一つへと血を落とす。

 雄二の血がネームタグの上に落ちると、板が突如として震え出す。


「な、何だ……」


 目の前で起きている摩訶不思議な現象に、俺は思わず食い入るように見入る。

 すると、携帯のバイブのように震え続ける板の上に落ちた雄二の血が、まるで意思を持ったかのように振動に合わせて動きはじめる。

 たった一滴の血がいくつにも分裂したかと思うと、それぞれが何やら見たこともない模様へと姿を変え、そのまま板に吸い込まれるように馴染んでいく。


 そうして、板の上に結構な数の幾何学模様が浮かび上がるのを見た俺は、その模様の正体について尋ねる。


「……これって、もしかして雄二の名前、ですか?」

「うむ、その通りじゃ。その板に血を垂らすと、その者の情報が板の上に書き込まれるようになっているのじゃ」


 リムニ様によると、ここには雄二の名前だけでなく、身長や体重、身体的特徴や現在の職業などか書かれている。

 基本的に身分証明書として使われるネームタグは、街の施設を利用する際には必ず必要となり、持たずに施設内に入ろうとするとけたたましくアラームが鳴って、すぐさま衛兵が飛んでくるという。

 さらに、裏面にはネームタグ所有者のグランドの街での記録がリアルタイムで次々と書き込まれ、次々と更新されていくらしいが、犯罪行為に関してだけは必ず記録が残るようになっている。


「つまり、この板を持っている限り、この街で不埒な行いをしようものなら逃れられない記録として必ず残り、見つかれば即、粛清対象になってしまうから十分に注意するのじゃぞ」

「ええっ!? 粛清って……死刑ですか?」

「それは時と場合によるな。安心しろ、ただのいざこざや喧嘩ぐらいなら、鞭打ちぐらいで済むぞ」

「うへぇ、それも嫌だ……」


 痛い場面を想像したからか、少し涙目になっている雄二は既に自分の名前が刻まれたネームタグを大事そうに抱え込んだ。

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