意外にも文化的な生活?
起きて早々に地獄のような苦しみを味わった後、ようやく朝日が顔を覗かせたくらいの時刻だと知った時は、喜んでいいのやら悲しんでいいのかわからなかった。
この世界では夜は暗くなったら眠るのが当たり前なので、たっぷり寝ても日の出と共に起きるのはよくあることだ。
朝早く起きられたということは、一日を長く有意義に使えるのだから喜ぶべきである。
それはつまり、これからたっぷりと回復魔法による治療を行えるということだ。
一刻も早い復帰を願う俺にとって、それは願ってもないことだ。
そう……願ってもないことなのだ。
「はぁ……」
「おにーちゃん、どうしたの?」
今後のことを憂いて盛大な溜息を吐くと、俺に寄り添うように座ったミーファが心配そうに声をかけてくる。
「もしかしてミーファのつくったごはん、おいしくなかった?」
「えっ? いやいや、そんなわけないだろう」
俺は慌ててかぶりを振ると、この世界ではお馴染みの小麦粉を固めて作った主食、エモに溢れんばかりにたっぷりと肉を挟んだものを頬張る。
焼き過ぎたのか、少し焦げ臭いと思ったが、それを補って余りあるたっぷりのソースが全てをかっさらっていき、最早ソースの味しかしなかったが、
「うん、とってもおいしいよ」
俺はミーファに向かって満面の笑みを浮かべて頷いてみせる。
ミーファが俺のために丹精を込めてエモと肉を焼き、ソースを絡めて手渡してくれたものがおいしくないはずがなかった。
俺は肉巻きエモを一気に食べると、ミーファのふわふわの頭を撫でる。
「最高においしかった。せっかくだから、もう一つもらえると嬉しいな」
「うん、わかった!」
俺の願いにミーファは弾けたように立ち上がると、尻尾を振りながら竈の前で作業しているネイさんの下へと駆けていく。
あれから治療は一旦中止となり、ラヴァンダさんから朝食を食べて来いと言われたので、俺はシドに背負られて彼女たちが借りている家へと向かった。
日の出と共にエルフの集落も活動を開始しており、世界樹の根の上に建てられていたラヴァンダさんの診療所から外へ出ると、何人かのエルフが話しかけてきた。
シドの言う通りエルフたちはとても好意的に接してくれ、昨日の戦いについていくつか質問に答えると、お礼に森で取れた肉や果物を次々と渡してくれた。
診療所からほど近い場所にある拠点として借りた家に辿り着く頃には、俺とシドの手には袋いっぱいの食料があった。
手渡された肉は鳥肉が多かったが、そのどれもが綺麗に処理されていた。
これは普段からエルフたちが肉を食べるということでもあり、そのことに俺が驚くと誰もが「その手の勘違いが多い」と苦笑していた。
エルフは森の民と呼ばれることから、深い森の奥で静かに自然と戯れていると思われがちだが、実際は彼等は思った以上に俗物的なようだ。
それは彼等の暮らしにも表れており、シドたちが借りた家は骨組みこそ木で造られていたが、壁はモルタル、屋根は赤系のレンガで造られた物凄くお洒落な二階建ての家だった。
内装も細部にまで想い入れたであろう凝った造りになっており、ここだけ見ればお洒落なペンションにでもやって来たみたいだった。
「……本当、聞くのと見るのでは大違いだな」
「だな、だから旅に出るのは悪くないよな」
「そうだね」
俺はシドと顔を見合わせ、揃って笑みを零す。
特にどちらから提案することはないが、いつか全てが解決した後、皆で揃ってどこか知らない土地に旅に出たいと思った。
それから俺たちは、ネイさんと一緒にエモをを焼いているミーファを微笑ましく見ていた。
すると、
「お邪魔しますわ!」
ノックもなしに入り口の扉が開き、今日もキラキラと輝く金髪のフィーロ様がずかずかと中に入って来る。
部屋の中を見渡したフィーロ様はこちらと目が合うと、
「コーイチ!」
物凄い形相で駆け寄って来て、俺の手を取る。
「昨晩は申し訳ございませんでした。コーイチたちは怪我をしているのにわたくしとしたことがとんだ失態を……」
「フィ、フィーロ様、ちょっと待って下さい」
怒涛の勢いで謝って来るフィーロ様に、俺は慌てて待ったをかける。
「色々とありましたが、俺もロキも無事ですから落ち着いて下さい」
「わん!」
俺に続いてご飯を食べていたロキも顔を上げて「大丈夫」と吠える。
「ほら、ロキもああ言ってますし、どうか顔を上げて下さい」
「そうですか……とにかく、お二方が無事でよかったです」
フィーロ様は「はうぅ」と胸をなでおろすように息を吐くと、ご飯を食べているロキの下へと向かってすぐ横にしゃがむ。
「ロキも……昨晩は痛いのによく頑張りましたね」
「わん、わふわふ」
「フフフ、そうですわね。あなたはとても強いですものね」
ロキの「へっちゃらだった」という言葉に、フィーロ様は笑みを零して彼女の背中を優しく撫でる。
どうやらフィーロ様はロキと普通に会話できるようだ。
それに、ロキの回復魔法による治療は昨晩の内に終わっているようで、彼女が怪我をする要因を作ってしまった俺は密かに安堵する。
「……まあ、よかったな」
仲睦まじく会話をするロキたちを見ていると、シドが俺の頬を突きながら話しかけてくる。
「ロキも無事に完治したみたいだし、これで残るはコーイチだけだな」
「が、頑張ります」
尚もツンツンと頬を付いてくるシドの手を取りながら、俺はどうにか頷く。
今朝の二回目の治療を終えた後は、腹の方は殆ど痛みも残っていなかったりするので、問題はまだまともに立つことすらできない足の方だけだ。
「…………日和るなよ」
「わかってるよ」
先んじて忠告してくるシドに、俺は苦笑しながら頷く。
「もう起きた事を後悔してもしょうがないからね。今回の件は高い授業料だと思って甘んじて受けるよ」
「そうか」
俺の表情から覚悟のほどを見たのか、シドは嬉しそうに尻尾を振りながら笑みを浮かべる。
「それじゃあ、そんなコーイチにとっておきの情報を教えてやろう」
「とっておきの……情報?」
何だろうと思っていると、シドは俺の耳に口を寄せて小さく囁く。
「実は昨日、コーイチたちを帰らぬの森に置いてきてしまったフィーロがな?」
「ちょっと、シドさん!」
何やら秘密の話をしようとするシドに、血相を変えたフィーロ様が飛んでくる。
「その話はコーイチにはしないという約束でしょう!」
「そうだっけか?」
「そうですわよ! それを言うなら、シドが回復魔法を受けた時の話をコーイチにしますわよ?」
「んなっ!? そ、それは卑怯だぞ!」
「どちらがですかとにかく恥をかきたくなければ、余計な口は開かないことですわ」
「わ、わかったよ」
フィーロ様の剣幕に押されたシドは、渋々ながら引き下がる。
「……えっ?」
何、何だか面白そうな話が二つも出てきたのに話してくれないの?
こんな時こそ口より雄弁な顔で二人の女性に訴えかけてみるが、
「悪いが乙女の秘密だ」
「絶対に口を開きませんわ」
と、揃って頑なに口を開こうとしない。
こうなったら、ミーファやネイさんに聞いてみようかと思っていると、
「そ、それより……」
俺の密かな計画を見て危険を察知したのか、フィーロ様が俺の前に立ちはだかる。
「ここに来たのは、コーイチに話があってきたのです」
「俺に?」
「ええ、ソラの魔法の修行のために力を貸して欲しいのです」
そう言ってフィーロ様は、俺に本題を切り出す。




