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月夜に映える大樹

 そこから先は、自動人形(ゴーレム)の幅広な左右の肩の上に俺とラヴァンダさんが乗り、ロキは自動人形の手の平に乗って移動していた。


「ロキ、大丈夫かい?」

「わふぅ~」


 少し心配で俺がロキに声をかけると、彼女は「大丈夫だよ~」と尻尾を嬉しそう振って応える。

 普段はその巨体から誰かに運ばれることなんて殆どないからか、ロキは自動人形の手の上を楽しんでいるようだった。


 実際、自動人形の乗り心地はとてもよく、ゆっくりと歩いてくれるので揺れはかなり少ないが、踏み出す一歩がかなり広いので速度はそれなりだった。



 それから暫くは、何だか不気味な夜の森を眺めていると、


「それにしても助かったよ」


 ラヴァンダさんの心底安堵したような声が聞こえる。


「何がですか?」

「いや、コーイチたちがあの場に留まってくれたことだよ。気付いているかもしれないが、ここは『帰らぬの森』と呼ばれる思ったより危険な場所でね」

「帰らぬの森……」


 物騒な森の名前を反芻すると、頷いたラヴァンダさんがこの辺の森について教えてくれる。


 既に知っていると思うが、俺とロキはフィーロ様のワープの魔法でエルフの集落に行くところ、結界に弾かれてあの場所へと飛ばされた。

 つまりあそこは意図して飛ばされた場所であり、目的はエルフの集落に許可なく入ろうとした不届き者を容赦なく断罪するためだという。


「この帰らぬの森に住み付いている連中は特別厄介でな。特に毒を持つ虫や幻惑魔法を使う鳥に絡まれると、エルフであっても死ぬ可能性があるのだ」

「じゃあ、もしかして俺とロキが下手に動いていたら?」

「私も途方に暮れていただろう。そして君たちは、森の凶暴な動物たちの洗礼を受けていたことだろうな」

「そ、そう……ですか」


 疲れ切ったから少し休もうと思っていたのだが、実はとんでもない命の危機に瀕していた。


 そんな思いがけない事実を知ってしまった俺の背中は、冷や汗でぐっしょり濡れていた。


 ちなみに最初に見た巨大な蛾もかなり危険な生物で、その不気味さに驚いて手で潰していたら、羽根に含まれる毒の鱗粉によって肺が浸食され、呼吸困難に陥っていたかもしれないとのことだった。


「エルフでも数十年に一人二人はうっかり森で死ぬこともあるからな。何も知らない者が迷い込んだら、まず助からんよ」

「……怖っ、帰らぬの森、怖っ!」

「そうだな。私もこうして座っているだけで十分に怖いよ」

「じょ、冗談ですよね?」

「ああ、勿論冗談だ」


 そう言ってカラカラと笑うラヴァンダさんであったが、聞かされた内容は全く笑えるものではなかった。


 エルフの集落周りが全てこんな物騒な森になっているのかどうかはわからないが、もし、ハバル大臣のクーデターが成功したとしても、この森に進軍した時点で返り討ちに遭ってしまうのではないかと思われた。



 そこまで考えると、俄然気になるのはカナート王国の現在の状況だ。


「……フリージア様やレオン王子、大丈夫かな?」


 思わず考えていることが声に出ると、


「心配するな。今のところ彼の国の星が墜ちることはあるまいよ」


 ラヴァンダさんが確信に満ちた声で話す。


「どうやら国内に魔物たちが入り込んだようだが、今回のはただの捨て駒に過ぎんよ」

「今回のは?」

「ああ、今回は所謂お試しというやつだ」

「それって……」


 どういう意味ですか?


 そうラヴァンダさんに問いかけようとするが、彼女は微笑を浮かべてゆっくりとかぶりを振る。


「今はまだそれを知るべき時じゃないよ。それに、そろそろ森の出口だ」

「えっ?」


 前方を指差すラヴァンダさんにつられて前を見ると、彼方に森の切れ目と思われる場所が見えた。

 その先は満天の星が輝く夜空が広がっており、夜にも拘わらず随分と明るそうに見えた。


「あそこまで行けば、エルフの集落ですか?」

「集落まではまだだな。ただ、集落を見ることはできるぞ」

「そうですか、それは楽しみです」

「フフッ、そうか……なら期待していてくれたまえ」


 何か特別なものでもあるのか、ラヴァンダさんは含みのある笑みを浮かべる。

 その笑みがどういう意味なのか聞いてみたいと思ったが、すぐにでも自分で見られるのだからと言い聞かせ、俺はおとなしくその時が来るのを待つ。


 森の出口は結構な勾配の坂になっていたが、自動人形は疲れを感じることなく平地と変わらぬ速度で歩き続ける。

 森の外は随分と明るいのか、自動人形が一歩進む度に視界が開けていく度に、俺の気持ちも徐々に上向いていく。


 新しい何かとの出会いは、いつも胸躍る気持ちにさせてくれる。


 この気持ちは日本にいた頃でも味わっていたのだろうが、自分の足で苦労して旅をするようになったからか、以前より強く喜びを感じるようになった。


 イクスパニアに来て何度も感動する機会はあったが、今回は一体どんな感動を与えてくれるのだろうか?


 足に怪我さえ負っていなければ、今すぐ自動人形の肩から飛び降りて森の外に飛び出したいと思うが、そうもいかないので逸る気持ちを押さえながら俺はその時を待った。



 そうして、ようやく帰らぬの森を抜けたところで、


「おおおおおおおおぉぉぉっ!?」


 飛び込んで来た景色を見て、俺は思わず声を上げずにはいられなかった。


 最後に長い坂道を登っていたので想定していたが、帰らぬの森を抜けた先は高い崖の上だった。

 すぐ先は目が眩むほどの高さの断崖絶壁で、万が一足を滑らせたら命の保証はないだろうが、それより今は目の前の景色に心奪われていた。


 空を見上げれば、月より遥かに大きい緑色の惑星、ルミナと激しく自己主張するように瞬く星の海が広がっている。


 そしてルミナから真っ直ぐ下へと視線を下ろせば、広大な緑の盆地が広がっており、その中心に星からの光を浴びるようにボゥ、と薄ぼんやりと光る大樹が見えた。


 大樹と一言で言っても、樹齢何百年とか何千年という規模ではない。


 距離が遠いので正確なことはわからないが、幹の太さだけでも優に数百メートル、高さも百メートルに及ぶのではないかと思う程の超巨大な樹だった。


「あの樹は……」

「あれはこの世界の創生と共に産まれ、全ての生物の母と謳われている世界樹ユグドラシルだ。そして、あの麓に我がエルフの集落は存在する」

「あっ、本当だ」


 世界樹の周りには精霊と思われる蛍のような光がいくつも舞っているので、俺の視力でも麓に人工物があるのが見て取れた。

 どうやら今度こそ本当に、エルフの集落の集落に到着することができたようだった。

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