先制攻撃
俺が砂漠に向かって声をかけると、すぐに何匹もの砂漠イルカが砂の中から現れて、嬉しそうに手を叩いて出迎えてくれた。
その中には俺とミーファが直接肉を手渡した砂漠イルカもおり、数多くの魔物がカナート王国へと向かうのを見て、仲間を連れて応援に来てくれたという。
勇敢な砂漠イルカたちに感謝しつつ、俺はイルカたちにたっぷりと餌を与えてダルムット船に乗って戦場へと赴いた。
「いたぞ! 魔物たちだ!」
ダルムット船の中でターロンさんと打ち合わせをしていた俺は、外からの鋭い声を聞いて彼と一緒に甲板へと出る。
「あれが……」
揺れる甲板に足を取られないように気を付けながら先頭まで歩いた俺は、地平線の彼方に僅かに見えた黒い豆粒のようなものを見て思わず息を飲む。
あれが何かなんて言うまでもない。距離が離れて個体までは識別できないが、あの黒い豆粒一つ一つが魔物なのだ。
「コーイチ、大丈夫か?」
「あっ、はい、大丈夫……です」
心配そうに肩を叩いてきたターロンさんに、俺は反射的に強がってみせたが、
「いえ、実はあんまり大丈夫じゃないかもしれないです」
「ハハハ、それでいい。誰だってあれだけの魔物を見たらビビるもんだ。なあ、皆?」
豪快に笑ったターロンさんが周囲の皆に同意を求めると、
「めっちゃ怖いッス」
「さっきからずっと震えが止まらないよ」
「これが実は夢で、起きたらいつもの朝なんじゃないかとずっと思ってます」
船のあちこちから、弱気な返事がいくつも返って来る。
「というわけだ。誰だって怖くて仕方ないんだよ」
「だけど、戦うんですね?」
「ああ、そうだ。怖くて仕方ないけど、俺が逃げると隣に立つ誰かが代わりに死ぬ羽目になるからな。だから俺たちは仲間のために戦うんだ」
「それは……とてもよくわかります」
ターロンさんの意見に、俺は全面的に同意する。
よくある質問で誰のため、何のために戦うかと問われ、国のため、皆のために戦うと答える人がいるが、俺はそんな理由ではまともに戦えないことを知っている。
そういう大層な理想を掲げている奴は、大抵の場合、実戦に出ると恐怖に臆して場を乱したり、仲間をピンチに陥らせたりと、ロクな結果にならないことが多い。
やはり最終的には、目の前の人……仲間を守りたい、愛する家族を守りたいぐらいの理由が、一番実力が出せると俺は思っている。
だから俺は、この場で最も一緒に行き残りたいと思うロキへと手を伸ばし、抱き締めながら決意表明をする。
「俺も今日は、ロキと一緒に生き残るために戦うつもりです」
「わんわん」
「ああ、皆で生き残ろう……絶対にな」
まるで死亡フラグのようなことを言いながら、ターロンさんはニヤリと笑う。
「まあ、そんな訳で、か弱くて数が少ない俺たちは、弱者としての戦い方を展開していこう」
そう言ってターロンさんは手を上げると、並走するダルムット船たちにその場で止まるように指示を出した。
ダルムット船が止まると、砂漠イルカたちが顔を出して「もういいの?」と問いかけてくる。
「ターロンさん、砂漠イルカたちからもういいの? って聞かれてますけど……」
「ああ、大丈夫だと言ってくれ。ただ、帰りにまた運んでもらうから、陽が落ちる頃に迎えに来てくれともな」
「わかりました」
俺が追加の肉と共にターロンさんから聞いた話を砂漠イルカたちに伝えると、彼等は「またね」と言って魔物たちとは逆の方向へと去っていく。
隠れるところなどない砂漠のど真ん中で動力を失ったダルムット船には、もう逃げる場所などない。
迫りくる魔物たちを迎撃できなければ、俺たちに待つのは死、しかない。
いきなり背水の陣を敷くことになった俺たちは、船内から次々と大型の箱を運び出していた。
箱の大きさは一つが縦一メートル、横はおよそ五メートル、そして幅が一メートルはある大きなロッカーがいくつも連なったものだ。
車輪こそ付いているが、それでもかなりの重量がある箱を運びながら、俺は何かの装置を弄っているターロンさんに質問する。
「ターロンさん、今から何をするのですか?」
「これか? これは先制攻撃をするとっておきだ」
「先制攻撃?」
「ああ、限りはあるが、こいつはとても強力な兵器なんだぜ」
そう言ってターロンさんは、俺たちが運んできた箱を弄っていた箱にセットするように指示する。
まるで居酒屋とかで見る蓋付きの下駄箱の様な箱を、斜めにセットしたところで、俺は危ないから下がっている指示される。
これから一体何が起きるのかと思って他のダルムット船を見てみると、どの船も俺たちが運んでいた箱を同じようにセットしていた。
「これは……」
まるでミサイルように鎮座する箱を見て、俺はまさかと思ってターロンさんへと目を向ける。
「フッ、気付いたか」
「いや、気付いてませんけど……でも、何となくこれから何が起きるのかはわかったような気がします」
「そ、そうか……」
ターロンさんは肩透かしを喰らったかのように苦笑すると、下の装置について説明してくれる。
「実はこの下の装置は、魔法で突風を起こすことができるんだ」
「魔法で突風……」
「そうだ、ここまで言えば後はわかるな?」
そう言いながらターロンさんが手を上げると、周りの空気がピン、と張りつめる。
「…………」
まだか? と思いながらターロンさんへと目を向けるが、彼は魔物たちをジッと見据えたまま動く気配はない。
どうやらターロンさんは、魔物たちとの距離を目測で計っているようだった。
地響きを上げ、黒い波となって迫る魔物たちは、どうやっても届かない距離にいるはずなのに受けるプレッシャーは凄まじく、緊張で心臓が破裂するかと思うほど早鐘を打つ。
その間にも魔物たちは全く速度を緩めることなくどんどん近付いてきて、もう一つ丘を越えれば、武器を手に飛び出さなければいけない距離になってしまう。
「…………」
まだか? まだなのか? と思いながら状況を見守っていると、
「今だ! 野郎共、開戦の狼煙を上げろおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!」
その時が来たのか、ターロンさんが叫びながら勢いよく手を振り下ろした。




