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アンガーマネジメント

 俺がシドが恋人であると宣言した途端、世界の時間が止まったような気がした。


「…………」

「…………」


 まるで時間停止の魔法が発動したかのように誰もが口を開けたまま、呆れたような顔をして立ち尽くしている。


「あれっ?」


 何だか周りのリアクションが思っていたのと違い、俺はどうしたらいいかわからず困惑する。


 てっきりレオン王子が悔しさを滲ませながらぐぎぎぎ、と殺意の籠った目で睨んできて、俺とシドが本物の恋人かどうかの証拠を見せろとか言って、あれこれ難題を吹っかけてくるのかと思ったが……まさかの全員揃って無言である。



「あ、あの……」


 このまま強面たちが集落の入口で立ち尽くしているのも怖いので、俺は勇気を出して口を開けて呆けているレオン王子に話しかけようとする。

 すると、


「人間!」


 俺の発言を遮るように大声を出したレオン王子が、いきなり丸太の様に太い腕を振り上げる。


「――っ!?」


 ぶたれるっ! 反射的にそう思った俺はビクリ、と体を硬直させるが、レオン王子はゆっくりと手を下ろして俺の肩に手を優しく置くと、何故か優し気な笑みを浮かべる。


 な、何だ。その顔は……、


 レオン王子の表情の意味が分からず、思わず助けを求めるように周囲を見やると、


「人間……嘘を吐くにしても、もう少しまともな嘘を吐いた方がいいぞ」

「んなっ!?」


 思わず目を見張る俺に、レオン王子は思いっきり憐れみを含んだ笑みを浮かべて話す。


「俺を謀ろうとしたのだろうが、いくら何でもそんな分かり易い嘘がまかり通るとは思わないことだ」

「なっ!? ち、違う! 嘘なんかじゃ……」

「ハッハッハッ、ただのか弱い人間かと思ったが、自由騎士だというだけでも馬鹿げた話なのに、よもや獣人の中の獣人、狼人族(ろうじんぞく)と恋仲等と……大ぼら吹きもここまで来ると憐みしか感じないぞ。ほら、お前たちも笑うがいい」


 レオン王子が取り巻きたちに笑うように促すと、四人の男性たちが一斉に笑い出す。


「――っ!?」


 明らかに侮蔑を含んだ男たちの野太い笑い声に、俺は頭に一気に血が上るのを自覚する。


 怒りで思わず腰のポーチへと手を伸ばしかけるが、そんなことをすれば余計な怒りを買って無残に殺されるだけだと察し、俺は必死に冷静になれと心の中で呟きながら精神を落ち着かせる。


「…………ふぅ」


 これまでの鍛錬の成果もあり、あっという間に心を落ち着けさせた俺は、どれだけ笑い者にされてもいいから、とにかく彼等に穏便に帰ってもらうことにする。



 そう思っていが、


「あぐっ!」


 肩に突然鋭い痛みが走り、俺は堪らず顔をしかめる。

 その理由は言うまでもない。レオン王子が俺の肩に手を置いていた手に力を籠めてきたのだ。


 ミシミシと骨が悲鳴を上げる音を耳にしながら、俺は痛みで叫びたくなるのをどうにか耐えながらレオン王子に話しかける。


「な、何を……するのですか?」

「何って決まってるだろう?」

「あがっ!?」


 レオン王子は俺の首を掴んで軽々と持ち上げると、容赦なく締め上げてくる。


「俺はここにシドに会いに来たんだ。お前が何者とかどうでもいいが、死にたくなかったら、今すぐシドのもとへ案内するんだな」

「がっ……がはっ!?」


 シドがいる場所へ案内しろというが、締め上げられている首の所為で会話どころか、呼吸もままならない。



「レ、レオン王子、止めて下さい!」


 俺の足が地面から浮いたところで、ターロンさんが慌てた様子でレオン王子の腕に飛び付く。


「このままではコーイチが死んでしまいます! 自由騎士を殺すのは、流石にマズいです」

「ああん? だったら、お前がシドの場所に案内できるのか? そしたら俺に嘘を吐いた罪で、この地下にいる者たちどうなるかわかるか?」

「そ、それは……」


 地下にいる者たちと言われてミミさんのことが頭をよぎったのか、ターロンさんの表情が固まり、俺を助けてくれるはずだった伸ばしかけていた手も下がってしまう。



「そうだ。そのままおとなしくしていろ」


 邪魔者がいなくなったところで、レオン王子はジタバタと空中でもがく俺を見て嗜虐的に笑う。


「これでお前を助けてくれる者は誰もいないぞ。早く言わないと、本当に死んでしまうぞ?」

「…………」


 だから、話そうにも首が締まって喋れないんだよ!


 そう叫びたくなるが、それだけの空気は肺の中には残っていない。


 ヤバイ……もう、本当に…………


 このまま意識を落とされるだけならまだしも、下手したら死んでしまう。


 だ、誰か……誰でもいい…………助け…………


 薄れゆく意識の中で、俺は必死に助けを求め続けた。



 すると、


「――っ!?」


 突如としてレオン王子の手の力が抜けたのか、俺は重力に従って地面へと落ちる。


「ガハッ!? ゴホッゴホッ! はぁ……はぁ…………はぁ…………」


 むせて激しく咳き込みながらも、俺は必死に脳に酸素を送ろうと呼吸を繰り返していると、目の前にポタッ、と赤い液体が落ちてくる。

 一体何だろうと思い顔を上げると、


「クッ……」


 苦悶の表情を浮かべたレオン王子が、必死に右手を押さえていた。

 その手には何か鋭い刃物でぱっくりと切られたかのような傷口があり、今も多量の血が流れ出ている。


 どうやらレオン王子には何が起きたのか理解できていないようだったが、その傷を見て俺は誰が助けてくれたのかを理解する。


「おい、人間。お前何を……」


 レオン王子が状況説明を求めるように俺を睨むと、


「ぷっ!」


 詰め寄って来るレオン王子を遮るように、俺の前に茶色い毛玉が両手を広げて立ち塞がった。

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