チートスキル!?
翌日、会社に退職願を出すと思った以上にあっさりと受理された。
おそらく課長の何かしらの力が働いたのかもしれない。普通なら引継ぎなり、何なりと数々の雑務をこなさなければならないはずなのに、謹慎中という身分だからなのか、泰三とセットであっさりと会社を辞めることができた。
ただ、最後に部長から「すまなかった」と謝られたが、そう思うのであれば、あの課長をどうにかして欲しいと思った。
こうして、晴れて無職となり膨大な自由時間を手に入れた俺たちは、
「よっしゃー、三連続チャンピオンゲットだぜ!」
どっぷりとグラディエーター・レジェンズにハマっていた。
それこそ朝から晩まで、睡眠と食事、トイレ以外の全てをグラディエーター・レジェンズに費やし、一日のプレイ時間は優に二十時間は超えていたと思う。
続けてやることで技術だけでなく三人でのチームワークはどんどん向上し、五日も過ぎるころには、プロと呼ばれる有名プレイヤーが相手でも引けを取らないほど上手くなっていた。
「おい、浩一。喜ぶべきはそこじゃないだろう」
「そうです。勝つことなんて当たり前なんですからそれくらいで喜ばないで下さい」
そして、当然ながらレベルが上がるにつれて求めるものは高くなり、今ではラウンドのチャンピオンを取っても雄二たちは喜びもしなくなった。
「今ので全員で三十キルか……ようやく目標の半分しか達成できてないのか」
「やっぱりスタート位置でかなり接敵頻度が変わりますからね。これってやはりランダムなんですかね?」
どうやら二人ともかなり本気で例の異世界へ召喚される条件を目指しているようで、毎試合終わる毎にこうして反省会を開いている。
「橋倉君も少しは話し合いに参加して下さい」
「はいはい、わかってるよ」
対する俺はと言うと……実はそこまで本気ではなかった。
このグラディエーター・レジェンズ自体が好きだし、二人と遊ぶことが純粋に楽しかったので、別に異世界へ召喚されるとかはどうでもよかった。
というより、万が一条件を満たすことができたところで、異世界へ召喚されるなんてことはないと思っている。パソコンにインストールして遊ぶゲームにそんな機能がついているなんて聞いたことないし、あったらそれはそれで大問題だ。
まあ、とにかく今はこいつ等が飽きるまで適当に時間を潰そう。そう思っていたのだが――
それは効率よく稼げるスタート地点を探して何度目かのラウンドを巡っていた時、
「…………駄目だなここは」
「なんか驚くほど誰とも出会わないですね」
「どうしよう。とっとと落ちて次に行くか?」
城の入口である巨大な跳ね橋がある近くの広場で、俺たちは途方に暮れていた。
グラディエーター・レジェンズのラウンドの開始地点は完全なランダムとなっており、いきなり数十人と接敵することもあれば、最後の方まで誰とも会わないこともある。
今回、俺たちは後者を引き当ててしまったようで、ラウンド開始からかれこれ十分くらい彷徨っているが、未だに誰とも会わないでいた。
こうなるといくら探索で補助アイテムを集めたところで、スキルも装備も十全な相手に立ち向かうのはかなり厳しいだろう。
だからこういう時はとっとと諦めてしまう方がいい。そう思っていた時、
「おい、誰かこっちに来るぞ」
敵を見つけたらしい雄二が注意を促してくる。
「…………何だ?」
目の前に現れた敵を見て、俺は眉を顰める。
それは片手剣をメインに戦う剣士『ソードファイター』で、既に仲間がやられたのか一人しかいなかった。
だが、剣士が持つ剣は、今まで見たこともない青白いオーラに包まれた剣で、身に付けている防具も何かの爬虫類の革で造られた明らかに豪華な仕様になっていた。
「あれってまさか、レベル十の装備なんじゃ……」
見たこともない装備の数々に、泰三が声を上げると同時に、
「――っ!?」
突如として、目の前の剣士が消えた。
「えっ?」
「ど、何処に行った……」
驚いた俺と泰三がキョロキョロと辺りを見渡していると「うぐっ」と、近くからくぐもった声が聞こえる。反射的にそっちを見やると、体を真っ二つにされて今まさに絶命しようとする雄二が見えた。
「な、何だと!?」
あまりの出来事に絶句している間にも俺の視界がぐらりと傾き、急速に地面が近づいてくる。何が起きたのかとコントローラーをガチャガチャ動かすが、俺が操るレンジャーはうんともすんとも動かない。
さらに、隣にいた泰三も同じように地面へと倒れてくる。その頭頂部には、星がクルクルと回っているのを確認した俺は、自分たちがソードファイターのスキル『みねうち』によってスタンさせられたのだと気付く。
「そんな……馬鹿な…………」
しかも驚くべきは、俺と泰三をスタン状態にしたのは、最初のソードファイターと同じ装備をした色違いのソードファイターだったのだ。
おそらく、最初のソードファイターと同じく、とてつもなく素早く動いて俺たちの背後を取ったのだと思われた。
相手のチートとしか思えない強力なスキルを目の当たりにして、俺はここまでか、と諦めて大きく溜息を吐く。
後は相手が止めを刺すのを待つだけ……その時を待っているのだがどういうわけか二人のソードファイターは俺たちに止めを刺そうとはしない。
これは一体どういうことなのか。一向に止めを刺す気がない二人のソードファイターの行動に俺が訝しんでいると、動けない俺たちの前に隠れていた三人目が出てくる。
そいつもまた、レベル十の装備と思われる黄金の鎧を着た重戦士、ナイトだった。
動けない俺たちを前にしても二人のソードファイターたちは動こうとせず、悠然とこちらに向かって歩いてくるナイトを待つ。
「まさかこいつ等も……」
その時、俺の脳内にこの連中もまた、俺たちと同じように異世界への召喚のために動いているのではないかと思った。
そして、二人のソードファイターは既に全てのスキルを解放していて、残ったナイトへと捧げる獲物を求めて動いていたのではないか、と。
だとすれば、この三人は異世界へと召喚される条件の殆どを満たしていると思われた。
鈍重なナイトは手にした巨大なハルバートを振るって一撃で泰三を真っ二つにすると、次に俺を殺すべくこちらへやって来る。
未だにスタン状態の俺に対し、敵のナイトはゆっくりとした所作でハルバートを振りかぶる。
「…………こいつ」
リアルで直接対峙しているわけではないので顔は見えなのだが、俺には敵のナイトが俺を見て嘲笑っているように見えた。
俗に言う舐めプレイを仕掛けてきたナイトに、俺は怒りを覚えながらもアバターの上に表示された名前を見る。
「Haikakin…………廃課金か」
随分とふざけた名前を付けていると思うが、残った二人の名前もYouhei(傭兵)にYoujinbou(用心棒)といった具合に恐らくこのナイトに雇われたと思われる名前をしていた。
「お前たち三人の名前、覚えたからな」
俺は負け惜しみの言葉を吐きながら、最後の瞬間までアバターの向こうにいるであろう廃課金の顔を睨み続けた。