あの人の実力は
翌日からメリルさんによる俺の本格的な特訓が始まった。
「遅いっ!」
メリルさんの手が消えたと思った次の瞬間、足を何かに掬われた俺は、背中を地面に強かに打ち付けられて苦悶の表情を浮かべる
「あぐっ!?」
「ほら、ボサッとしている暇はないぞ」
「――っ!?」
痛みにのたうち回る暇もなく、木剣を手にしたメリルさんが振りかぶるのを見た俺は、横に転がって振り下ろされた木剣を回避する。
だが、
「そんな回避方法が通じるか!」
「あがっ!?」
転がった先に回り込んだメリルさんが、転がり続ける俺の背中を激しく蹴り飛ばす。
さらにそのまま地面に縫い付けるように俺の背中を踏みつけたメリルさんは、木剣を喉元に突き付けて睨んでくる。
「勝負あり、だな」
「参りました」
俺は手にしていた木製のナイフを落とすと、両手を上げて降参の意を告げる。
「うむ」
メリルさんは鷹揚に頷いて木剣を腰に戻すと、俺に向かって手を差し伸べてくれる。
「シドから聞いていたがコーイチ殿、お主本当に弱いな」
「うっ……返す言葉もありません」
自分が明らかに弱いことは何度も痛感してきたことだが、他人に言われるとまた違う意味で傷付く。
「ハハッ、わかっているならいい」
シュン、と明らかに肩を落とす俺を見て、メリルさんはいとも簡単に手を引いて起こしてくれると、肩をポンポンと叩きながらニヤリと笑う。
「それにコーイチ殿は自分の戦い方はわかっているし、そのための鍛錬方法も教わっているのだろう?」
「それは……はい」
確認するように聞かれたその言葉に、俺はしっかりと頷く。
俺の戦い方、それは真正面から戦わずに搦め手をメインに……何よりも生き残ることを最優先させて相手の隙を突くことだ。
そのために必要なのは相手より長く、俊敏に動き続けることができる持久力だ。
「今日まで足腰を鍛える鍛錬を中心に、後はシドとの実戦方式での訓練を行ってきました」
「そのようだな」
メリルさんは頷くと、しゃがみ込んで俺の足を入念に調べるように丹念に触る。
「ふむ……確か、コーイチ殿を指示したのはオヴェルク将軍だったな」
「はい、メリルさんはオヴェルク将軍とのことどれぐらいご存知なんですか?」
「そうだな……あの人は一言で言うと最強だな」
「そ、そんなにですか!?」
確かにこれまで出会った人たちは皆、オヴェルク将軍に一目置いていた。
あのマーシェン先生やクラベリナさんでさえ、オヴェルク将軍の強さを認めていたが、最強とまでは言っていなかった。
果たしてメリルさんが考える最強がどんなものだろうか?
「あ、あの、差し支えなければオヴェルク将軍について聞いてもいいですか?」
「……まあ、少しならな」
小さく嘆息したメリルさんは、その場に座って腰に吊るした水袋を一口あおると、俺に向かって放り投げてくる。
「いただきます」
正直、間接キスだとか、そういう野暮な考えが浮かぶ余裕は既に失せた。
水袋を受け取った俺は中の水を飲んで一息吐くと、メリルさんに水袋を返しながら正面に座って次の言葉を待つ。
「さて……コーイチ殿は、オヴェルク将軍は搦め手で戦う戦士だと思っていないか?」
「いえ、あの戦い方は俺たちにみたいな自由騎士様を育てるために、師匠が考えたと聞いたことがあります」
「そうだ。私が知るオヴェルク将軍の戦い方は、それこそ全てを正面から打ち砕く豪の剣であり、目にも止まらぬ速さで駆け抜ける柔の剣でもあった」
「へぇ……」
メリルさんは手で木剣を弄びながら、何処か懐かしそうに呟く。
「強かった……獣人王という絶対強者がいなければ、きっとオヴェルク将軍は最強の名をほしいままにしていただろう」
「そこまでですか?」
「無論だ」
優し気な笑みを浮かべてしっかりと頷くメリルさんを見て、俺はまるで自分のことのように嬉しくなる。
「ちなみにメリルさんは師匠と戦ったことは?」
「あるよ。だが、当時まだ少女だった私は、オヴェルク将軍に軽くあしらわれるだけで、その片鱗を見ることすら叶わなかった」
その圧倒的な敗北を受けて、もっと強くなりたいと願ったメリルさんは、ノルン城を出て武者修行の旅に出たということだった。
「そこまで……」
敬愛する師匠が、この国で誰もが一目置いているメリルさんも認めるほどの強さであり、まさかその時の敗北が原因で彼女がノルン城を後にしたとは思わなかった。
だが、よくよく考えてみれば、戦いで搦め手を駆使するには、その前に基本的な戦い方を熟知していないといけないということだ。
自らが圧倒的な力を持つ強者だからこそ、オヴェルク将軍が考案した戦い方は俺みたいな戦いの素人が使っても最大限の効果を発揮するのだ。
「さて、休憩はもういいだろう」
メリルさんは勢いよく立ち上がると、木剣をくるりと回して肩に担いでニヤリと笑う。
「安心しろ。私は必ずや君の本質を崩すことなく、強くしてみせると約束しよう」
「はい!」
「そのためには地獄の一つや二つ、切り抜けてもらうから覚悟するようにな」
「は、はい……」
地獄の苦しみを体験するのは遠慮したいと弱気な心が顔を覗かせるが、
「――っ!?」
俺は自分の両頬を思いきり叩いて気合を入れ直し、改めてメリルさんに頭を下げる。
「どんなことでもやりますので、よろしくお願いします」
「上等!」
メリルさんはシドとそっくりの犬歯を剥き出しにする獰猛な笑みを浮かべると、これからの鍛錬について話していった。