烈火の女
冒険者ギルドからの依頼と聞いて思うところは色々とあったが、正式な依頼である以上、俺の独断でどうこうすることはできないので、とりあえずベアさんから詳しく話を聞いてみることにする。
「それで、一体どういう依頼だったんですか?」
「いや、そんなに難しい話じゃないよ。リザードマンについてだよ」
「リザードマン……ですか?」
「ああ、リザードマンが増えて困っているのは上も同じなようでね。それで、協力して奴等を殲滅できないか? って依頼なんだ」
「そう……ですか」
賞金首を差し出せと言う依頼ではなかったことに、俺は小さく安堵する。
確かに最近、下水道でのリザードマンの遭遇率はかなり高くなっている。
地上の冒険者たちだけでなく、ベアさんたちも積極的にリザードマンを狩り、連中の集落を探して日々奮闘しているが、それでもまだ集落の発見には至っていないという。
それだけリザードマンが上手く隠れているのか、それとも実は下水道には奴等の集落は存在しないのか。
どちらにしても、全く進展しない状況に業を煮やした冒険者ギルドは、何かしらのテコ入れをするために、普段はいないことになっている獣人の集落に依頼を申し込んだのかもしれなかった。
「それで……どうするんですか?」
俺はこの集落の中では、一番発言力があると思われるベアさんに尋ねてみる。
「俺たちにその話を振るってことは、少なくとも俺たちにも関係があるんですよね?」
「ああ、そうなんだ。実はね……今回の依頼はある人物からの強い要請があったらしい」
「ある人物……ですか?」
「ああ……」
ベアさんは「ゴホン」と一つ咳払いをすると、思わぬ名前を口にする。
「コーイチ君たちは、ノインという少年の名前に聞き覚えはないかね?」
「えっ、ノイン!?」
その名前を聞いた俺は、思わずシドとを顔見合わせる。
「どうやら知っているようだね」
ベアさんは得心がいったように頷くと、今回の依頼内容について話す。
「実はそのノインという少年たちが、我々に助けてもらった礼をしたいということでね。正規の報酬でリザードマン討伐を依頼してほしいとギルドマスターに頼んだそうだ。それで今回、そのギルドマスターから直々に協力して欲しいという依頼が来たというわけだ」
「なるほど……」
ギルドマスターってことは、すぐに肌を晒したくなる露出癖があるが、いかにも頼れる漢という感じのジェイドさんだ。
あの豪快な人のことだから、受けた恩は返す主義だとか言って、周りの反対を押し切ってでもこの集落に依頼を出してくれたのだろう。
「提示された報酬はかなり破格でな。我々としては、そのクエストを受けてもいいと思っている……だが」
「俺の所為……ですね」
俺が冒険者ギルドの賞金首だから……もし、俺が冒険者の人たちに見つかると面倒な事態になるからベアさんは躊躇っているということか。
「……まあ、ぶっちゃけてしまうと……ね」
ベアさんは申し訳なさそうに眉を下げながら笑う。
「それで、どうだろう? もしよければ、この件について考えてみてもらえないだろうか?」
「わ、わかりました」
そう言うと、ベアさんを含む男性陣の視線が一斉に集まり、俺は少したじろぐように後退りしながら考える。
俺の賞金首が解かれていないということは、おそらくジェイドさんも俺のことを、すっかり忘れてしまっているということだ。
もし、ノインを助けたのが俺だと知ったら、義を重んじるジェイドさんは、俺のことを見逃してくれるだろうか。
……こればかりは流石にわからない。
ただ、これまであって話したジェイドさんの人となりは、信じてみてもいいのでは? と思う。
周りの勢いに圧されたというのも多少あるかもしれないが、これで皆の暮らしが少しでも良くなるのなら、俺一人がリスクを背負うくらいなんてことはない。
それに、自分が信じられると思う人は、信じてみたい。
俺は小さく頷くと、真っ直ぐベアさんを見据える。
「…………決まったかね?」
その問いに、俺が口を開こうとした瞬間、
「いや、その話を受けるわけにはいかない」
突如としてシドが俺の前に割って入ってきて、ベアさんに厳しく問い詰める。
「おい、ベア。どういうつもりだ?」
「どういうつもり……とは?」
「大人数でコーイチを追い詰めるように迫り、自分の都合のいい方向に持っていこうとしているだろう? それは議論とは言わない」
「心外だな。俺はちゃんとコーイチ君に結論を委ねただろう?」
肩を竦めるベアさんに、シドは腕を伸ばして彼の胸倉を乱暴に掴む。
「そういう問題ではない。それに、コーイチに関係なく、この話を受けることはなし、だ」
「何だと!?」
シドの有無を言わさない物言いに、場の空気が一気に剣呑なものになる。
男性たちに睨まれても、シドは全く怯むことなくハッキリと言ってのける。
「上の連中と協力するということは、何かと理由を付けて連中がここに来る可能性があるということだ。違うか?」
「それは……あるかもな」
「だったらこの話は絶対に無しだ。冒険者をこの集落に入れることの危険性……わからないお前たちではないだろう?」
「うっ、そ、それは……」
「まあ……」
思い当たる節があるのか、男性たちは気まずそうに目を逸らす。
それを見て、シドは「フン」と鼻を鳴らして、胸倉を掴んでいたベアさんを乱暴に突き飛ばす。
「そういうわけだ。ベア、この話はなかったとお前から先方に伝えておけ」
「シ、シド、だが……」
「いいな?」
「……………………………………わ、わかった」
本気で怒っている様子のシドに圧されているのか、ベアさんの額には玉のような汗が浮かび、二メートル以上はあるはずの巨躯がかなり小さく見えた。
ちなみに、シドの迫力に委縮しているのはこの場にいる男性陣だけでなく、俺もすっかり呑まれてしまっており、さっきから足がガクガクと震えている。
そんな俺の様子に気付いたのか、シドが近付いてきて俺の腕を取ると、
「ほら、コーイチ。行くぞ」
そのまま俺を引きずるようにして、呆然と立ち尽くす男性陣の下から立ち去った。




