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キスしたい夜

 うう、まさかあれが合い挽き肉だったなんて……。


 衝撃の事実を知ってしまった俺だったが、結局あれからも謎肉のハンバーグを食べ続けた。


 いや、だって……ねえ? あの肉、美味しいんだよ。


 それと肉の臭みを取り、理想の味をつけるために調合された特性のスパイス。

 鼻を突き抜ける芳醇な香りの中に、ピリッとくる刺激が堪らなく美味で、正に肉を食べるために生まれて来たといっても過言でない相性の良さだった。

 そんな至高の組み合わせを知ってしまったら、例え虫肉を食おうが何だろうが知ったことじゃなかった。


「ふぅ……食った食った」


 心ゆくまで謎肉を食べた俺は、食べ過ぎで膨れた腹を擦りながら大きく息を吐く。

 かなりの盛り上がりを見せていた宴も、肉が無くなると同時に後片付けを始めたり、明日に備えて自室へと戻ったりと、獣人たちは挨拶を交わして三々五々に散っていった。


 そんな中、俺は僅かに残っている焚き火を眺めながら、今日の刺激的な夕食の余韻に浸っていた。


「よう、お疲れさん」


 するとそこへシドが現れ、木製のカップを差し出してくる。


「普段はないことになっている酒だ。飲むだろ?」

「ああ、いただくよ」


 その物言いに苦笑しながら、俺はカップを受け取って中身を口にする。

 舌の上に乗せると、甘味と酸味、そして仄かに香るアルコールによって体の奥が熱を持つように熱くなるのを感じる。

 まるでジュースのように飲みやすいこの酒はどうやら果実酒のようだが、この味は俺がよく知る味だった。


「これはオレンジか?」

「そうだ。オレンジの果実酒だ。子供でも飲めるのだが、流石にミーファに飲ませるわけにはいかないからな」

「確かに……」


 これなら子供でもゴクゴクと飲めてしまうだろうが、それでもアルコールが入っているのだから、ミーファに飲ませたらどうなってしまうかは想像するまでもない。

 当のミーファは、かなり色々とあって疲れ果てた所為か、ご飯を食べながら寝てしまったので、ソラが付き添って先に部屋に戻っていた。


 俺の隣に座ったシドは、果実酒をちびちびと舐めるように飲みながら、焚き火を呆然と眺める。

 俺もシドに倣い、ただ何も言わずに焚き火を眺め続ける。


「…………」

「…………」


 お互いに何も言わず、もはや赤い炭とだけとなっている焚き火を眺め続ける。

 だが、俺は不思議と、この間を嫌だとは思わなかった。

 特に会話をしなくても一緒にいるだけで安心できる。俺はシドのことをそんな風に思っていた。

 まあ、実際のところシドが同じように思っているかはわからないのだが……。


 おそるおそるシドの方に目を向けてみると、


「ん?」


 俺の視線に気付いた彼女が、柔らかな笑みを浮かべて小首を傾げる。


「い、いや、何でもない」


 白い肌にサラリと流れる髪の毛に思わずドキッ、としながら俺は慌てて視線を逸らす。


 そういえば、シドとキス……したんだよな。


 あの時はキスというよりは正面衝突という方が的確な表現なくらい、情緒もへったくれもないものだったので、正直に言うとあまりよく覚えていなかったりする。

 今にして思えば、もっとじっくりと堪能すればよかったと思う。


 別にキスすること事態が初めてだったというわけではないのだが、男子たるものそういうのとは関係なく、いつだってキスはしたいものである。


 俺はシドの柔らかそうな唇をちらりと見て、どうしたものかと考える。

 肉の油の所為か、シドの唇はツヤツヤと光っており、それがまた艶っぽくて色気を感じる。


 …………もう一度キスしようとって言ったらシドはどう思うかな?


 あの時はシドの方からしてきたから、今度は俺の方から誘うべきだろうか。

 そうすれば、ある意味ではお互い様ということにならないだろうか。

 自分で言っていて何とも無茶苦茶な論法だと思うが、とにかく俺はシドと再びキスしたかった。


 ここにはソラとミーファもいない。考えてみれば死体漁り(スカベンジャー)の仕事以外では中々ない二人っきりの時間なのだ。

 ……とりあえず、ダメもとで言ってみようかな。

 もう色々と我慢の限界だった俺は、思い切ってシドに提案することにする。


「な、なあ……」

「やあ、コーイチ君。ここにいたんだね」


 だが、俺の言葉を遮るように誰かが声をかけてくる。

 俺の邪魔をする奴は誰だ! と謂わんばかりの勢いで振り向くと、


「二人の時間を邪魔して悪いんだけど、少し話があるんだ。いいかな?」


 ベアさんが巨体を小さくしながら謝罪してくる。


「あっ、い、いえ……大丈夫です」


 思わず怒鳴りたい気持ちになったが、流石にベアさんが相手では分が悪い。

 何せ今、こうしてシドが俺の隣に座っているのも、下水道でベアさんが彼女を見つけて三匹のリザードマンを倒してくれたからだった。

 そんな恩人から話があると言われては、無下にするわけにもいかなかった。


 俺はシドと目配せをして頷き合うと、ベアさんが座れるスペースを作って話を促す。


「それで、話とはなんでしょう?」

「悪いね。もしかしたら予想はついているかもしれないけど……」


 俺たちの間に座ったベアさんは、顔の前で指を組みながら静かに話す。


「リザードマンの対策について、話しをさせてもらってもいいかな?」

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