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戦いを終えて

 無事にリザードマンを倒すというクエストを達成した俺は、ソラに額の血を拭いてもらいながら医療の心得があるという獣人の到着を待っていた。


 当初、アドレナリンが出ていた所為か額の怪我は気にも留めていなかったが、暫くして気分が落ち着いてくると、額の痛みが割と我慢できない域にまでなってきた。

 我ながら何て阿呆なことをしたんだと思うが、そのお蔭で美少女に膝枕してもらえているのだから、そこまで悪い気はしない。


「……はい、止まりました」


 慣れた手つきで俺の額の止血を終えたソラは、慈母のような穏やかな笑みを浮かべて俺の頭を撫でながら話す。


「今はまだ、先程の方の治療をしているらしいので、もう少しだけ待って下さいね」

「ああ……わかった」


 ソラはそう言うが、件の医療の心得がある獣人は来ないと俺は思っていた。

 実を言うと、その獣人は一度俺の様子を見に来たのだが、俺に命の別状がないとわかると「ごゆっくり」と意味深な言葉を吐いて、とっとと立ち去ってしまったのだ。

 何やら盛大に勘違いをされていると思ったが、わざわざ否定する元気もなかったので、俺はそのままソラの応急処置に身を任せたのだった。


 ソラのまるで子供をあやすかのような優しい手つきに、俺は適当に相槌を打ちながら瞼が重くなっていくのを自覚する。

 泣き疲れてしまったのか、ミーファはいつの間にか腕の中で寝てしまっており、彼女の心地よい寝息がさらに俺に眠気を誘ってくる。


「フフッ、眠かったらコーイチさんも寝てしまっていいんですよ?」


 俺の瞼が下がってきたのを見て、ソラが耳元で優しく囁いてくる。


「私の膝で寝てしまったことは、姉さんには内緒にしておきますから」

「あ、うん……そう…………だね」


 まあ、シドが俺とソラがイチャイチャしていたと知ったら、また色々とめんどくさいことになりそうだからな。


 ……………………ん?


「そうだ!」


 大切なことを思い出した俺は、慌てて身を起こす。


「きゃっ!? コ、コーイチさん。どうしたのですか?」

「た、大変だ。シドが……」

「姉さんがどうかしたのですか?」

「じ、実は、この近くに現れたリザードマンは全部で五匹いたんだ。俺は単独行動を取った奴を追いかけて来たんだけど、シドは俺を逃がすために囮になって……」

「そう……ですか。それよりコーイチさん、興奮してまた額から血が出て来てしまっているので、もう一度寝て下さいますか?」

「な、何を言っているんだ……」


 なんとも気のない返事をするソラに、俺は少しでも危機感が伝わるように捲し立てる。


「俺は一刻も早くシドを助けに行かないといけないんだ。悪いけど、止めても無駄だよ?」

「はあ……でも大丈夫ですよ」


 ソラはスンスンと鼻を鳴らすと、集落の入口の方へと目を向ける。


「姉さんでしたら、もうそろそろ帰って来るはずですから」

「……えっ?」

「前に言いましたよね? 私、鼻がいいって」


 唖然とする俺に、ソラは自分の鼻をチョンチョンと突きながらニコリと笑う。


「僅かですが、下から姉さんの匂いがします。今、調度階段を上っているところだと思いますよ」

「そ、そうなんだ……」


 試しに俺もスンスン、と鼻を鳴らして匂いを嗅いでみるが、生憎とシドの匂いはしない。

 代わりにするのは、


「う~ん、ソラの匂いしかしないな」


 ソラが髪の毛に付けている甘い花のような香りしかしなかった。


「はへっ?」


 しかし、俺の言葉が意外だったのか、ソラは自分の小さな胸を抱くようにして顔を赤くさせると、上目遣いで尋ねてくる。


「あ、あの、私の匂い……気になりますか?」

「えっ? うん、そうだね。とても優しい匂いがして落ち着くから、ソラの匂いはとても気になるかな?」

「そ、そうですか…………よかった」


 ソラは「ホッ」と息を吐きながらススッ、と俺に身を寄せて来る。


「せっかくですから、三人で姉さんを迎えましょう」

「そうだね」


 ソラの提案に、俺は笑顔で頷く。

 きっとシドも俺たちのことを心配しているであろうから、三人で彼女を迎え入れるのはいい提案だと思った。




 寝ているミーファを抱き、ソラと手を繋いでシドの帰りを待っていると、程なくして階下から誰かが上がって来る音がする。


 程なくして現れたのは、


「いや~、疲れた。疲れた」


 二メートルは超える巨大な体躯を持つ熊人族(くまびとぞく)の男性、ベアさんだった。


「おや、コーイチ君じゃないか」


 わざわざ出迎えるように待っている俺たちに、ベアさんは不思議そうに首を捻る。


「よく見ればソラちゃんに、ミーファちゃんもいるじゃないか。皆揃ってどうしたんだい?」「あ、あの、ベアさん」


 俺はミーファをソラに預けながら、おそるおそる彼に尋ねる。


「シドを……俺たちの家族のシドを見ませんでしたか?」

「ああ、シドか。それなら……」


 ベアさんは後ろを振り返りながら、ニヤリと笑う。


「ほら、そこにいるぞ」


 その言葉に従ってベアさんの背中に目を向けると、恥ずかしそうに赤く俯くシドの姿があった。


「シド!」


 シドの姿を認めた俺は、申し訳ないと思いつつもベアさんを押し退けて彼女に駆け寄ると、そのまま彼女に抱きつく。


「ひゃん!? コ、コーイチ?」

「ああ、シド。無事で良かった……」


 無事に帰って来てくれたがシドもかなりの激闘だったのか、これまでらしい怪我をしたことなかった彼女の肌に、いくつもの赤い痕が見えた。


「すまない、シド……女の子の肌に傷がついちゃったな」

「気にするな。それよりコーイチこそ、無事にリザードマンを倒せたんだな」


 シドはリザードマンの返り血で汚れた俺の体をマジマジと見た後、俺の顔を見て微笑む。


「うん、頼もしい男の顔になったな」

「ハハッ、ありがとう」


 俺とシドは顔を見合わせながら、どちらともなく笑い合う。

 互いに無事、死線を乗り越えたことが嬉しくて堪らなかったのだ。

 このまま二人だけの祝勝会を始めそうな勢いになったところで、


「あ~、その二人ともいいか?」


 ベアさんが「コホン」と咳払いをしながら俺たちに話しかけてくる。


「夫婦で盛り上がってるところ悪いが、後ろがつっかえているから早くどいてくれないか?」


 その声に反応して階下の方に目を向けると、俺とシドのすぐ後ろにベアさんの仲間たちが気まずそうに立っているのに気付く。


「し、失礼しました」

「わ、悪い……後、あたしたち、夫婦じゃないからな!」


 俺たちは慌ててベアさんの言葉を否定しながら、いそいそと扉の前から退いた。

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