感謝の気持ち
「それじゃあ、いただくか……」
全員が席に着くと、シドはゆっくりと頷いて手を合わせる。
するとソラとミーファも後に続いて手を合わせるので、俺も例にならって手を合わせる。
それを見たシドは微笑を浮かべると、食事を前に深く首を垂れて祈りの言葉を囁く。
「大いなる女神、ディアマンテ様……」
それは、日々の糧を得られることへの感謝を、この世界を創ったと言われる女神に捧げる祈りだった。
普段の豪快な雰囲気は鳴りをひそめ、厳かな雰囲気で祈りの言葉を紡ぐシドは、何だかとても高貴な立場な者に見えた。
もしかして、実際に偉い人だったりして……そんなことを考えている間に、祈りは終盤を迎える。
「……命の恵みに感謝を」
「感謝を」
「かんしゃおー」
「か、感謝を……」
ソラとミーファに続いて、俺も見よう見まねで頭を下げる。
たっぷり五秒ほど頭を下げた三人が顔を上げるタイミングで俺も顔を上げると、シドが苦笑しながら俺に話しかけてくる。
「コーイチ、悪いな。別にあたしたちに付き合わなくてもいいんだぞ?」
「いや、付き合うよ……今日から俺も家族の一員になるんだから」
「そうか、まあ、祈りももう終わったし、後は好きなだけ食べてくれ」
「うん、いただきます」
俺は改めて手を合わせて挨拶をすると、スプーンをへと手を伸ばしてスープを一口掬う。
牛乳が使われているというそのスープは、俺がよく知るクリームシチューよりシャバシャバとしていて水分が多めな気もするが、甘い食欲をそそる匂いに自動的に頬が緩むのを自覚する。
大きく口を開けてスープを一口頬張ると、
「――っ!?」
予想を裏切らないクリーミーなスープの味に、俺はにんまりと笑みを浮かべる。
スープだけじゃなく、中に入った野菜も肉厚でしっかりと歯ごたえがあり、それぞれの素材の持ち味がしっかりと活きていた。
「うん、凄く美味しい」
「そうですか。それは良かったです」
俺の素直な感想に、ソラが嬉しそうに微笑む。
「今日のは自信作でしたから、お気に召していただけたようで何よりです」
「……ということは、これはソラが作ったの?」
「恥ずかしながら、姉妹の中で料理の腕は私が一番ですから……あれこれと試行錯誤して毎食用意させていただいております」
「そうなんだ……」
見た感じ、ソラはまだ中学生か高校生ぐらいの年齢だろうに、それでもこうして一家の食卓を切り盛りしているとなると、相当な料理上手と言えるのではないだろうか。
まともな自炊すらできない俺からすれば、ソラの料理スキルは雲の上のレベルであった。
もう一口スープをいただき、改めてその実力の高さを実感した俺は素直な感想を口にする。
「……凄いな」
「フフッ、コーイチさんったらお上手ですね」
「いやいや、本当に凄いって。ソラって可愛いだけなくて、料理も上手だなんて、きっといい奥さんになるよ」
「――っ!?」
俺の言葉に、ソラは顔を真っ赤に染めると、
「……それは、コーイチさんもですか?」
上目遣いで探るように尋ねてくる。
「やっぱり料理上手の女の子をお嫁さんにしたいと思いますか?」
「えっ? そりゃあね。男を落とすなら胃袋を掴むのが一番だって言うし、俺も例外じゃないかな」
「そ、そうなんですね。そっか……いい奥さんになるなんて……エヘヘ」
いやいやとかぶりを振るソラだったが、チラリと見える尻尾はバタバタと激しく揺れており、まんざらでもないようだった。
いや、でも本当……これだけ料理ができるのなら、男どもが放って置かないんじゃないだろうか。
この集落にソラと同世代の獣人がどれだけいるかわからないが、彼女は少年たちのアイドルなんだろうな、などと考えていると、
「……コーイチって無自覚でそう言うこと言う奴だよな」
何やら不機嫌そうな様子のシドがジト目でこっちを見ていた。
「えっ? 俺、また何か余計なこと言ったか?」
「さてね、自分で考えな」
シドは突き放すように吐き捨てると、スープを一気に飲み干しておかわりを装うために皿をもって立ち上がる。
「あっ、シドおねーちゃん、ミーファもおかわり」
「はいよ、ミーファは悪い男なんかに引っかかっちゃダメだからな」
「んん?」
シドの呟きに、ミーファは訳が分からないと小首を傾げる。
いくらなんでもミーファにその手の話は早過ぎだろう。
どうしてシドが不機嫌になったのかはわからないが、俺が原因なのは確かなので、これ以上は余計なことを言わないように食事に集中することにする。
スープと一緒についていた黒くくすんだパンは、ソラが作ったものではなく、冒険者の落し物だそうで、流石に味は美味とは言えなかったが、スープに浸して食べれば十分に食べられるほどではあった。
その後、二回のおかわりをした俺は、二日ぶりに空腹を満たすことができたのであった。




