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目を開けても闇の中

「おい、コーイチ。起きろ!」


 誰かが俺の体をゆさゆさと揺らしている。


「ほら、今日からちゃんと起きるんじゃなかったのか?」


 この声、聞き覚えあるな。

 そんなことを思っていると、耳に「ふぅ」と熱い息がかけられる。


「ねえ、あなた。早く起きて愉しいことしましょ?」

「…………ハッ!?」


 甘く囁くような甘言に、俺の意識が一気に覚醒する。


「…………えっ?」


 だが、目は開けてみても俺の目には何も映らない。


 な、何だ。何が俺の身に起きたんだ?

 それに、さっきの愛の告白のような囁きは何だったんだ?


 目を開けたはずなのに何も見えない恐怖と、謎の幻聴に頭が混乱しかけていると、


「ようやく起きたか……おはよう。」

「えっ? あ、うん。おはよう」


 すぐ近くでシドの声がしたので、俺は反射的に挨拶を返す。

 だが、シドの息遣いと気配はするのだが、姿までは見えない。


「シド……だよね?」

「ああ、何言ってんだ。まだ寝惚けているんじゃないだろうな」

「わ、悪い……っていうか、ゴメン。何にも見えないんだけど……」

「ん? ああ、そうか。コーイチは夜目が殆ど効かないんだったな。待ってな。今、灯りを用意するから」


 そう言ったシドは、灯りを用意するために何処かへと消えていく。


「…………」


 シドの気配が遠ざかると、途端に寂しくなる。


 昨日は、体力の回復に務めるために、三姉妹に宛がわれた部屋でそのまま就寝することにしたのだった。

 俺が休む旨を伝えると、シドたちも今日はもう休むと、俺と一緒に四人で一列に並んで寝たのだった。


 ベッドみたいな上等なものはなく、床に何かの動物の毛皮を敷いただけの寝床は、寝心地は悪く、獣臭いのがかなり気にはなったが、暖かさだけはしっかりと確保されおり、極度の疲労もあったのか、すんなりと眠ることはできた。


 そういえば四人並んで寝たのなら、ソラやミーファは何処に行ったのだろう?


「ソラ? ミーファ?」


 試しに二人の名前を呼んでみるが、返事は返ってこない。

 おそらく、俺が寝ている間に起きて何処かに行ってしまったのだろう。

 まあ、俺はシドが呆れるほど朝に弱いのは自覚しているので、一人取り残されても文句は言えない。


「……………………起きるか」


 俺はフカフカした手触りの毛皮を一撫ですると、とりあえずシドが来る前に起きてしまおうと思う。

 だが、上半身を起こしたところで、俺は自分の体に異変を覚える。


「……あれ?」


 起き上がろうとするのだが、どうしたわけか下半身が何かに繋がれたかのように動かすことができなかった。

 まさか、まだスキルを使い過ぎた代償の後遺症が残っているのか。


 そう思い、戦慄していると、


「待たせたな」


 カンテラを手にしたシドが現れる。

 俺はようやく見えるようになったシドの顔を見ながら、彼女に助けを求める。


「シ、シド。起きようとしたんだけど……体が……足が動かないんだ」

「……ああ、だろうな」


 すると、何故かシドは申し訳なさそうに目を伏せる。

 えっ、何その反応は。


「も、もしかして、俺が動けない要因を知っているのか?」


 試しに彼女に質問してみると、


「……コーイチ、悪かったな」


 シドはカンテラを掲げながら俺の下半身を照らす。

 すると、


「…………はむはむ……おにーちゃん……」


 俺のズボンの裾をがっちり掴むどころか、口に咥えて寝言を言うミーファがいた。


「ミ、ミーファ……」


 試しにズボンの裾を引っ張ってみるが、幼いながらも獣人のミーファの力は強く、軽く引っ張ったぐらいではビクともしない。


「みゅふふ……おにーちゃん…………しゅき…………」


 俺の焦りを他所に、ミーファは幸せそうな笑顔を浮かべながら俺のズボンを相変わらずはむはむと噛み続ける。

 こんな寝顔を見せられたら、無理矢理起こすのは可哀想だ。そう思っていると、


「ほら、ミーファ……」


 シドがずい、と手を伸ばして来てミーファの首根っこを掴む。


「お前がコーイチを起こすというから任せたのに、一緒に寝てちゃダメだろう」

「…………うにゅ?」


 ペシペシとシドに軽くお尻を叩かれたミーファは、ゆっくりを目を開けて俺のズボンから口をようやく放す。


「…………うわっ」


 俺は涎でベトベトになったズボンに顔をしかめながらも、ちゃんと自分の意志で動くかどうかを確かめてみる。


「よかった……動く」


 ちゃんと自分の足で立ち上がれるのを確認した俺は、心底安心したように嘆息する。


 ……しかし、いくら暗闇で何も見えなかったからといっても、足元にいるミーファの存在に全く気付かなかったのは恥ずかしい。


 俺は自分がいかに目で見ることだけを頼りに生きているかを思い知った。

 これから先、この地下水路で生きていくのならば、暗闇に対してもっと柔軟に対応できるようにならなければならないようだ。

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