新たな道へ
手配書の他にも、俺にはどうにかしなければならない問題がある。
それは、ネームタグの件だ。
どういうわけかネームタグを失ってから、俺のことは皆の記憶から綺麗さっぱり消えてしまったようで、俺を覚えていたのは雄二と……そして処刑場で俺を見て意味深なことを言ったブレイブだけだった。
シドとミーファが俺のことを覚えているのは、彼女たちは最初からネームタグを持っていないので、ネームタグを巡る何かしらの力の干渉を受けていないからだと思われる。
俺が再び大手を振って街を歩けるようになるためには、このネームタグの秘密を解き明かし、ブレイブをどうにかして俺の手配書を撤回させる必要があるだろう。
手配書に関しては色々と対抗策はあるだろうが、問題はネームタグの方だ。
ネームタグを管理しているのはこの街の領主、もしくはそれに近しい立場の者だと思うので、調べるためにはリムニ様の屋敷の中に入る必要がある。
だが、内部構造も詳しくないのに、ネームタグを管理している場所までどうやって辿り着くのか。
いくらレンジャーのスキルで隠密性が向上していると言っても、見張りの兵士たちはゲームのキャラクターのように極端に視界が狭く、物音に気付かないような馬鹿ではない。先ず、大勢いる見張りをかいくぐって屋敷の中に潜入するのは不可能に近いだろう。
だが、もし中に侵入してネームタグを管理する仕組みなり、装置なりを発見したとして、どうやって俺の記憶を取り戻すのだ?
そもそも一度失われた記憶が元に戻る。そんな都合のいい展開などあるのだろうか?
それに、ネームタグが他人の記憶に干渉しているという証拠は、現状何一つとしてないのだ。
「…………」
考えをまとめた結果、ほぼほぼ状況が詰んでいることに気付き、俺は絶望的な気持ちになる。
「……なあ、コーイチ」
呆然と立ち尽くす俺の手に、シドの温かい手が重なる。
ゆっくりと顔を上げると、穏やかな微笑を浮かべたシドと目が合う。
「あたし、コーイチに大きな借りがあるんだ」
「……借り?」
「そうだよ。初めて会った時、コーイチはあたしの頼みに対して事情も聞かずに協力してくれ、正体を知っても黙っていてくれた」
「それは……俺がこの世界の事情をよく知らなかったから」
「それだけじゃないさ。あの店を出た後も、コーイチの協力がなければ、あの包囲網を突破できたかどうかも怪しい……そして何より」
シドはゆっくりと頷きながら、俺の手を両手で包み込んで笑う。
「コーイチはあたしたち獣人の事情を知っても変わらず接してくれた。自由騎士であるあんたがそうしてくれたことが、あたしたちにとってどれだけ救われたことか」
「そうですよ。遠慮なんてしないで下さい」
「ミーファ、おにーちゃんといっしょがいい」
シドに続いて、ソラとミーファも手を伸ばして俺の手を握ってくれる。
「み、皆……」
握られた暖かな手から三姉妹の優しさが伝わってくるようで、俺は思わず涙ぐむ。
「あ、ありがとう……それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
俺は溢れそうになる涙をズズッ、と鼻をすすりながらどうにか抑えると、この申し出をありがたく受けることにした。
「シド、ソラ……それにミーファ、皆、これからよろしくね」
「ああ、よろしく」
「よろしくお願いします」
「やった~、おにーちゃんといっしょだ」
俺が頭を下げると、三姉妹は笑顔で歓迎してくれた。
どうしてこんな心優しい彼女たちが、獣人だからという理由だけで差別されなけれならないのか。
獣人たちが何をしたのかわからないが、種族全体を嫌うのと、個人を攻撃するのは別の問題だと俺は考えている。
例え獣人たちにとんでもない秘密があったとしても、俺は最後まで彼女たちを信じて、今度こそ守り切ってみせる。
今まで幾度となく果たせなかった決意だが、これだけは命を賭けて成し遂げみせる。
そう固く決意して、俺は三姉妹と共に地下で新たな生活を始めるのであった。




