傷心
「……ぶつかったか」
脳内に現れた五つの赤い光点が無数の赤い光点と接触したのを見ながら、俺はゆっくりと目を開ける。
あの無数の赤い光点が一体何なのかわからないが、男たちの足止めをしてくれると非常に助かる。
そうしてできた時間の間に、どうにか安全な場所まで逃げてしまおう。
そう思った俺は、壁に手を当てて目を閉じてアラウンドサーチを使う。
すると、俺を中心として索敵の波が広がっていくのだが、広がる波に沿って脳内にいつもとは勝手が違うものが映る。
それは、3Dモデルのワイヤーフレームのように描かれたこの地下水路の地形だった。
当初、地下水路に入った俺は、視界が全く効かない中、手探りで水に落ちないように気を付けながら、壁に手を這わせながら進んでいた。
昨日の夜にシドに散々連れ回されて歩いたのだが、彼女に手を引かれない状況はやはり怖くて、最初は思ったより前に進めなかった。
このままではいつ追いつかれるかわからない。
俺の中に少なくない焦りが生まれ、男たちがいつ来るのかと、索敵のためにアラウンドサーチを使った時に、索敵の波に合わせて地形が把握できることに気付いたのだった。
これはおそらく、蝙蝠やイルカなどに見られる超音波を飛ばして、障害物にぶつかった時の反射した音波を受けることで相手の位置や地形を捉える『エコーロケーション』と呼ばれるものと同じような力だと思われる。
といっても、アラウンドサーチが広がる波は一度の使用に付き一度きりなので、一瞬だけ見える地形全てを把握するのは至難の業だ。
しかもこれは、俺が壁に手を当てている時だけに発生するようで、以前に薬草を手に持った状態でアラウンドサーチを使うと薬草を索敵できたのと同じ効果のようだ。
この一瞬でも先の通路が見える恩恵は大きく、俺は迷路のように複雑な構造をした地下水路を、行き止まりに当たることなく進むことができた。
追手の男たちがぶつかった大量の赤い光点にもいち早く気付くことができ、とりあえず俺の周りには他に赤い光点はないことから、一先ずの安全は確保できたと思われる。
「後は、安全な場所があるかどうかだが……」
この地下水路には得体の知れない何かがいるようだし、ネームタグを失った今、地上にも安らげる場所はない。
何もかも失ってしまった俺だが、雄二のためにもどうにか生きる道を探してみせる。
そう固く決意して、俺は暗闇の世界を歩き続ける。
グランドの街の地下水路は、水路というより迷宮と呼んだ方が相応しいのではないかと思うほど広く、複雑な構造をしていた。
そんな中を俺は無心のまま進み続けていた。
果たして俺は今、何処にいるのだろうか。
水路に入ってどれぐらいの時間が経ったのだろうか。
一切の視界が効かない状況の所為か、他の感覚が鋭敏になっているようで、頭もいつもより早く回り次々といろんな考えが浮かんでは消えていく。
そんな中、俺は中学の修学旅行の夜に、泰三とホテルを抜け出そうとしたところで雄二に話しかけられた時のことを思い出していた。
あの時、雄二に不意に声をかけられた俺は、驚きと緊張からの解放で、普段では絶対にやらないような、雄二みたいな不良と分類される生徒に声をかけた。
高校になっておとなしくなったという噂は聞いていたが、今思いおこせば、どうしてあんなに気安く声をかけられたのかわからない。
ただ、修学旅行の夜の自由時間という誰もが心躍るシチュエーションの中で、誰とも絡むことなく、一人で夜の街を眺めていた雄二が声をかけてきたのは、奴も何か思い出を残したいのではないかと思ったのだ。
それはひょっとしたら俺の気の迷いだったのかもしれないが、いつもつまらなそうに授業を聞いているだけの雄二を、どうにかして驚かしてやりたいと思ったのは確かだ。
結果として俺のプレゼンは雄二に上手く刺さり、奴は一人でいることを辞めて、俺と泰三と連むようになった。
もう、あの頃のように無邪気に遊ぶことはできなくなってしまった。
あの時、俺が雄二に一緒にホテルを抜け出そうなんて提案しなかったら、あいつは死なずに済んだのだろうか?
「…………雄二」
最後、雄二は俺に向かって笑っていた。
異世界で恋をして、その好きな人を殺されて拷問も受け、処刑場という逃げ場のない死の淵に立たされて尚、笑えるだけの胆力を俺は持ち合わせてなんかいない。
同じ立場に立たされたら俺なら泣き喚き、最後の一瞬までみっともなく命乞いをするだろう。
だから、
「…………雄二。俺、やっぱり笑えないよ」
これまで余裕がなかったから感覚が麻痺していたが、雄二の最後の顔を思い出すと、涙が次から次へと溢れ出て、止められそうになかった。
ああ、全てが夢だったらよかったのに……。
俺は有り得ない現実を夢想しながら、流れる涙を拭うことなく歩き続けた。




