やさしい匂い
ミーファに雄二を怖がった理由を尋ねるか迷っていると、
「あの……あのね?」
俺が質問するより早く、ミーファが口を開く。
「じつはミーファね。ほんとうは人と話しちゃダメって言われているの」
「えっ?」
思わぬ一言に俺は驚きながらも、その理由をミーファに尋ねる。
「……どういうこと?」
「あのね、ミーファたち。きらわれているんだって」
「それって人から……ミーファみたいな獣人がってこと?」
「…………うん」
「ど、どうして?」
「わかんない……」
本当にわからないようで、ミーファは激しく首を左右に振る。
「でも、まえにミーファがお外であそんでた時、ミーファ、ぼーけんしゃのひとたちに石をなげられたの」
「……酷いな。怖かったろ?」
「うん、とっても怖かったけど、ロキがきてくれたの……」
「ワン!」
どうやらミーファが襲われているのを、たまたま近くを通りかかったロキが見つけ、彼女を虐めていた冒険者たちを追っ払ってくれたようだ。
俺はミーファの救世主となったロキの頭を撫でる。
「ロキ、よくやったぞ」
「ワン!」
ロキは当然だと謂わんばかりに力強く吠えると、さらに頭を撫でるようにと頭をグリグリと押し付けてくる。
それにしても……こんな可愛い子供に対して石を投げるなんて、本当に信じられない。
ミーファが雄二を見て怯えてしまったのも無理ないだろう。
例え相手が雄二でなくとも、またしても同じ目に遭うかもしれないという恐怖はそう簡単には拭えないだろう。
だが、それだけでは説明つかないところがある。
「……なあ、ミーファ。だったらどうして俺は大丈夫だったんだ?」
人に恐怖を覚えているというのなら、俺だって例外ではないはずだ。
「うんとね……最初はこわかったよ」
俺の質問に、ミーファはばつが悪そうに表情を曇らせる。
「でもね、ロキがおにーちゃんは大丈夫って言ってくれたの。そしたら、本当におにーちゃんはミーファにやさしくしてくれたの」
ミーファは目に涙を浮かべると、俺に縋るように身を寄せてくる。
「それに、おにーちゃんはなんだかすごくいい匂いがするの」
「そうなの?」
「うん、おねーちゃんたちとおんなじやさしい匂いなの」
「そうなんだ」
自分ではその匂いとやらがどんな匂いなのか皆目見当もつかないが、ひょとしたら俺が持つ固有スキルであるアニマルテイムと何かしらの関係があるかもしれなかった。
「…………うれしかった」
鼻をスンスンと鳴らして俺の匂いを嗅ぎながら、ミーファは嬉しそうにはにかむ。
「うれしかった……ミーファ、おにーちゃんがミーファとお話してくれて、やさしくしてくれてうれしかったの」
「大丈夫だよ。心配しなくても、俺はミーファの味方だからな」
「うん、うん……」
その言葉に、ミーファは何度も頷くと、
「う……うう…………うわあああああああああああああん!」
感極まったのか、俺の首に抱き付き、声を上げて泣き始めてしまう。
「よしよし。もう大丈夫だからな……」
そんなミーファの頭を、俺は優しく撫でながら彼女が落ち着くまで待つことにした。
根気強くミーファの頭を撫で続けると、少しは落ち着いたのか彼女の泣き声はほどなくして収まった。
「大丈夫かい?」
俺が静かになったミーファへと問いかけるが、
「…………」
ミーファからは何の返事もない。
「……ミーファ?」
一体何事かと思って抱き付いているミーファを体から離すと、
「…………寝てる」
穏やかな顔してすやすやと寝息を立てていた。
どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ。
しかし、初めて出会った俺にここまで信頼を寄せてくれるのは、やはりアニマルテイムの効果が大きいのだろう。
せめて、ミーファから寄せられる期待を裏切らないようにしないといけないな。そんなことを考えていると、
「うわぁ……」
気付けば、俺の胸元はミーファの口から溢れた唾液でベタベタになっていた。
「…………まあ、いいか」
服は洗えばどうとでもなる。
それより今考えなければいけないのは、眠ってしまったミーファをどうするかだ。
何より俺も、そろそろ薬草採取の仕事に戻らなければならないだろう。
「おい、ミーファ……」
俺はミーファを起こすべく、熟睡している彼女を揺さぶるが、
「…………わふっ」
そんな俺の手を、ロキが軽く咥えて止めてくる。
「何だロキ……俺、そろそろ仕事に戻らないと」
「ワン、ワン!」
「えっ、ロキが代わりに薬草を取って来てくれるって?」
「ワンッ!」
ロキは威勢よく吠えて俺が持っていた籠を咥えると、俺が何かを言う前にのしのしと足取り軽やかに立ち去っていった。




