これが最適解!?
「クッ!」
脅威を示す赤い軌跡の範囲を素早く確認して、俺は全力の回避行動を取る。
腕の太さだけで数メートルもあるので示された脅威の範囲も広いが、ロキと同化しているお陰で回避そのものは難しくない。
「こんの……」
必死に足を動かして脅威の範囲から逃れると同時に、腕が振り下ろされて地響きと共に派手に土砂が舞う。
「ヒィィ……間一髪」
『まだだよ』
思わず安堵しそうになる俺に、ロキから鋭い声が飛んでくる。
『すぐ次が来るよ。集中して』
「わ、わかった!」
ロキの忠告に、すぐさま調停者の瞳のある右目に意識を集中させると、回避した方からこちらに向かって赤い軌跡が伸びてくるのが見える。
一直線に伸びてくる赤い軌跡は、真っ直ぐ背後まで突き抜けており、高さは俺の身長より高い。
言うまでもなく前後を見渡しても逃げ場などなく、回避するには跳ぶしかなかった。
『わかっていると思うけど、今回はタイミングも重要だよ』
「ああ、わかってる」
いつもの俺ならともかく、ロキの力もあれば自分の身長の倍以上の高さまで飛ぶことなど造作もない。
砂煙と赤い軌跡を睨みながら、その時が来るのを待つ。
集中して待つこと数秒、砂煙に僅かに揺らぎが見えると同時に、
「ここっ!」
膝を落として溜めていた力を一気に解放させ、思いっきりジャンプする。
直後、砂煙を吹き飛ばして巨大な黒い腕が、暴走列車のように唸りを上げて俺の真下を通り過ぎる。
「――っ!? あ、あぶなっ……」
あの腕……力任せに振り下ろすだけじゃなく、素早く薙ぎ払うこともできるのかよ。
あっという間に通り過ぎた巨大な腕の行方を思わず目で追っていると、
『何してるの! 今のうちに攻撃!』
「そ、そうだ!」
ロキの一言で正気に戻った俺は、地面に着地すると同時にレオン王子に向かって駆け出す。
腕を振り切ってた姿勢のレオン王子は、次の攻撃に備えて右手を動かそうとしているが、如何せんサイズが大きすぎるのですぐに次の攻撃に移れそうにない。
『コーイチ、次で決めるよ!』
「わかってる!」
あんな凄い攻撃を、二連撃で繰り出されただけでも十分脅威なのだ。
次の引き出しを開けられる前に、一気に勝負をつけたいところだ。
「ロキ、いくよ!」
『うん、思いっきりやっちゃえ!』
何処か嬉しそうなロキの声を耳にしながら、俺は姿勢を崩したままのレオン王子の手前で思いっきり飛ぶ。
体を限界までのけ反らせ、頭の上で両手の指を組むと、
「おらあああああぁぁぁっ!」
自分が落下する力も併せての渾身の一撃を、レオン王子の全身にまとった黒い霧に向かって叩き付ける。
次の瞬間、俺の拳が轟音と共に黒い霧に直撃する。
最初の一撃と同じように低反発のマットを殴ったような感覚が手に返って来るが、無視してさらに押し込んでいく。
「うおおおおおおぉぉっ!」
『いっけえええええぇぇっ!』
雄叫びを上げながら、さらに力任せに押し込んでいく。
すると、叩き付けた腕が黒い霧の中にズブズブと粘度の高い液体に沈むように、ゆっくりと埋まっていく。
「よしっ、いける!」
このまま一気に押し切って、レオン王子諸共、地面に縫い付けてやる。
後はどうにかして、黒い霧をレオン王子から引き剝がすことができれば、どうにかなるはずだ。
そう思いながら尚も両腕を押し込んでいくと、視界の隅で何かが蠢くのが見える。
『――っ!? いけない! コーイチ、今すぐ逃げて!』
「わ、わかった」
ロキの必死の叫びに、俺は叩き付けていた腕を支点にくるりと回転して地面へと降りると、距離を取るように大きく跳ぶ。
直後、黒い霧が一際大きく波打ったかと思うと、全方位に向かって鋭い針のような棘が空気を切り裂きながら生えてくる。
「なっ! んなっ!」
尚も伸び続ける針に驚愕しながら慌てて後退を繰り返し、どうにか針による一撃を喰らうことを避けることには成功する。
「び……っくりした」
不定形の霧から、全身がまるでウニのような形に変わったぞ。
ただ、ウニ形態は長く維持できないのか。伸びなくなったと思った尖端部分からボロボロと崩れ始めている。
「あれは……咄嗟の防御行動ということか?」
『見て、コーイチ!』
崩れてボロボロと朽ちた針の残骸を見ていると、ロキが顔を寄せて来て前を見るように促してくる。
『あいつ、また形が変わった』
「何だって!?」
ロキの声に反応して顔を上げると、強烈な薙ぎ払い攻撃を仕掛けた巨大な腕が霧散していくのが見える。
あれだけの攻撃力を誇る腕を捨てて、いったいどんな姿になるのか?
一体どんな形態変化を見せるのかと思いながらレオン王子の方へと目を向けると、
「……えっ?」
そこにはあれだけ充満していた黒い霧が晴れ、両腕をだらりと下げた猫背のレオン王子がいた。
「黒い霧は……何処に行ったんだ?」
『いるよ。もう姿を現す』
ロキの声に応えるように、レオン王子の足元から黒い霧は噴出したかと思うと、彼の体を薄く覆うようにまとわりつく。
そうして一回り大きくなったレオン王子を見て、俺はあることに気付く。
「あれって……俺たちと同じ?」
『うん、真似っこしてきた……ムカつく』
まさかの俺たちと同じ作戦を取って来たレオン王子たちに、ロキが不快感を露にする。
『コーイチ、ボクたちの真似をしても勝てっこないこと見せつけてやろう』
「ああ、勿論だ」
俺たちが拳を合わせて頷き合うと、レオン王子たちも同じように手を合わせて見せる。
「……野郎」
とことん俺たちの真似をするつもりか?
どういう腹積もりかわからないが、ここは格の違いというやつを見せてやろう。
「ロキ、本気でやるよ」
『当然、ボコボコにしてやろう』
俺たちは再び頷き合うと、自分たちの偽物同然となったレオン王子たちを倒すために再び前へと出た。




