高速回転で駆け抜けて
「まさか、頭上で爆発を起こす気か!?」
火が弱点であるはずなのに、思い切った行動を取ろうとする巨大な蝶に、俺は旋律を覚える。
「クッ、何処か隠れるところは……」
『そうじゃないよ!』
弱気な作戦を取ろうとする俺に、ロキから鋭い声が飛んでくる。
『ここは速攻で奴を倒すべきだよ。奴が攻撃を仕掛けてくる前に、一気に決着を着けよう!』
「で、でも、それだとソラが……」
『だったらこうすればいいよ』
逡巡する俺に、ロキが半透明の尻尾を伸ばしてきて、ソラの体に巻き付ける。
『ソラ、後で助けるからね』
「えっ……ええっ?」
『いくよ!』
混乱している様子のソラに一方的に告げたロキは、尻尾を思いっきり降って彼女を天高く放り投げる。
「きゃっ、キャアアアアアアアアアアアアアアアァァッ………………」
一瞬にして豆粒のように小さくなっていくソラに驚愕していると、ロキが尻尾で俺の背中をバシバシと叩いてくる。
『さあ、いくよ。ボクたちの力を見せよう!』
「わ、わかった!」
確かにこれなら時間制限はあるものの思いっきり動くことができる。
『翅を狙う必要はないよ。弱点を突いて一気にとどめを!』
「わかってる!」
ロキの指示に頷いた俺は、巨大な蝶の胴を蹴って大きく跳び上がる。
巨大な蝶の全貌が見える位置まで跳び上がって両手の爪を構えると、背中の真ん中に黒いシミが浮かび上がる。
『凄い……』
ロキにも黒いシミが見えるのか、感嘆したような声が聞こえる。
『あれが普段コーイチが見ている自由騎士の力なんだね』
「そうだ。いけるな?」
『うん、ボクの尻尾を足場に』
「わかった!」
ロキの尻尾がくるりと丸まって足場になるのを見た俺は、尻尾を蹴って弾丸のような勢いで飛び出す。
翅の上にいる幼虫たちが迎撃しようと糸を吐いてくるが、その程度で止まる俺たちじゃない。
『コーイチ!』
「ああ、わかってる」
繋がっているからか、ロキの考えが手に取るようにわかるので、俺は体を捻って回転する。
ロキによる尻尾での援護もあり、回転の速度はみるみる早くなってドリルのような高速回転へとなる。
視界は激しく回転するが、これもロキと一つになっている影響か、目が回るなんてことはない。
遠心力で糸を軽々と吹き飛ばした俺は、そのままの勢いで巨大な蝶の背中に浮かんだ黒いシミへと突撃する。
『「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」』
体ごと黒いシミの内部へと突っ込んだ俺たちは、雄叫びを上げながらワニが獲物を捕獲した時に使うデスロールの要領でさらに奥深く入り込んでいく。
……流石にデカい図体だけあって心臓まで辿り着かないか。
正確には虫には人間のような心臓はないはずだが、バックスタブの黒いシミが浮かんだということは、この先に致命の一撃に繋がるはずだ。
これまでの経験を信じながら尚をデスロールを続けて巨大な蝶の体内を進み続けていると、前方に光が見えてくる。
『コーイチ!』
「ああ、やるぞ!」
俺たちは頷き合うと、さらに回転速度を上げて一気に光を貫く。
次の瞬間、ガラスが割れるような音がして世界が一変した。
「うっ!?」
目の前が一気に明るくなって目を開けると、そこは曇天の空が広がる空中だった。
「ちょ、蝶は?」
『倒したよ、ほら……』
ロキの声に顔を上げると、真っ二つにされた巨大な蝶の残骸が、光の粒となって消えていくのが見えた。
同時に頬に雨が当たる感触がして、あの奇妙な空間も消失したのだと気付く。
思った以上にあっさりと巨大な蝶を倒したことに安堵したいが、足場がなくなって絶賛落下中なので、一息つくのはまだ早い。
「ロキ、ソラは?」
『見えてる。あそこだよ』
ロキが器用に尻尾で示す先を見ると、空中でジタバタもがくソラの姿が見える。
今すぐ助けに行きたいところだが、ソラとの距離はかなり離れていて、助けに行くのは容易ではない。
「ちなみに、ロキ。ソラを助けに行く方法は?」
『ゴメン、下に行くならともかく、上はちょっと……』
「だ、だよな」
とりあえずダメもとで空を泳ぐようにもがいてみるが、落下速度は変わらずソラとの距離は変わらない。
「マ、マズイ……」
『ど、どうしよう』
予想もしていなかった展開に、俺たちはジタバタもがきながら焦る。
俺たちはヴォルフシーカーのスキルがあるので問題ないが、このままではソラが転落死してしまう。
こうなったらソラに向かって叫んで、彼女に落ちて来てもらおうかと思うと、
『私たちが足場になるわ』
足元が緑色に光って、緑色の光の玉が現れる。
『私たちの残った力で足場になるから、ソラを助けに行って』
「――っ!? わかった」
頷くと、緑色の光の玉が大きく光って空中で止まる。
このまますぐに飛び立ってもいいのだが、俺は下を向いて緑色の光の玉に話しかける。
「ありがとう。君たちの協力を絶対に忘れないよ」
『気にしないで、ソラと……この世界をお願いね』
「うん、必ず」
力強く頷いた俺は、緑色の光の玉を足場に大きく跳び上がる。
「ソラ!」
天高く舞い上がりながらソラに向かって手を伸ばすと、
「コーイチさん!」
迫る俺に気付いたソラがこちらに向かって手を伸ばしてくる。
「くっ……」
「コーイチ……さん」
空中ということもあって少し手間取ったが、無事にソラの手を掴んだ俺は彼女の体を強く抱き締める。
「これから落ちるから、念のために舌を嚙まないように気をつけて」
「は、はい!」
ギュッと目を閉じてしがみついてくるソラを、安心させるように背中を軽く叩きながら、俺は迫る地面を睨む。
すると、
「……ん?」
視界の隅に、何か光るものが見えて思わずそちらへ目を向けると、数メートル先に片方の翅の目に向けて投げたナイフが落ちているのが見えた。
これまで何度も命を救ってくれた愛用のナイフを見た俺は、反射的に手を伸ばすが、あと少しというところで俺の手はナイフを捉えることができない。
「クッ……あとちょっとなのに」
尚もナイフを手にしようともがいていると、目の前に半透明の何かが掠めて愛用の刃物が消える。
「えっ?」
『これはボクが持っておくよ』
驚く俺の目に、ゆらゆら揺れる半透明の尻尾と共にロキの声が耳に届く。
『それよりすぐに地面にぶつかるよ。コーイチは集中して』
「……わかった」
肌を強烈に叩く強風の中、俺はロキの声に頷きながら物凄い速度で迫る地面を睨む。
大丈夫、もう何度も落ちてきただろう。
胸の中にソラがいて、ロキもすぐ近くで見守ってくれているという状況から、物凄い速度で落ちているにも拘らず、俺の頭の中は今までにないほど冷静だった。
俺はゆっくりと地面に向かって手を伸ばすと、
「さあ、いくぞ」
かけ声と共にヴォルフシーカーを発動させ、曇天の下に発生した影の中へと飛び込んでいった。




