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君を失いたくないから

「ソラ! ロキ!」


 ソラたちが天高く舞い上がるのを見た俺は、反射的に動き出していた。


 腰のポーチから火炎瓶を取り出し、火を点けて残っている芋虫たちを飛び越えるように投げる。


 火が脅威であると知っている芋虫たちは、弧を描いて飛ぶ瓶へと一斉に目を向ける。

 同時に、再び黒い瞳から赤い軌跡が伸びてくるので、爆発のタイミングを測りながら安全な場所まで退避する。


 黒い瞳の瞼が下り、奴の視線が切れたところで、


「ここだっ!」


 俺は腰のベルトからナイフを引き抜き、黒い瞳目掛けて投擲する。

 次の瞬間、黒い瞳がカッ、と目を見開いて爆発を発生させるが、当然ながらそこには俺はいない。


 代わりに、俺が投擲したナイフが黒い瞳へと吸い込まれたかと思うと……、


「おわっ!?」


 突如として足場の翅が大きく揺れ、転びそうになる。

 だが、俺の足元が緑色に光ったかと思うと、体が僅かに浮いて安定を取り戻す。


「――っ!? 風の精霊か!」


 すぐさま風の精霊の加護で転ばずに済んだことに思い至った俺は、激しく揺れる足場をものともせずに駆けながら状況を確認する。


「ソラは……」


 彼女の姿見えなくて一瞬焦ったが、芋虫たちがうねうね動く繭のような白い塊を運んでいるのが見える。

 確証はないが、きっとあの中にソラがいるのだろう。


 一方のロキは、爆発をまともに受けて重傷を負ったのか、翅の上で蹲って動く様子はない。


 しかも最悪なことに、ロキの体が少しずつ翅の外に向けて動いており、落下してしまうのも時間の問題と思われた。


「クッ……」


 つまりこれはソラとロキ、どちらを助けるか選べということだ。


 ソラの方は繭が動いている様子を見る限り、今すぐ命の危機というわけではないが、運ばれる先次第ではどうなるかわからない。


 一方のロキは見るからに危機的状況で、助けるなら一刻も早く駆け寄る必要がある。


 今は混沌なる者の文体との決戦の最中で、そのキーパーソンであるソラを失うことは、そのまま俺たちの敗北を意味する。


 だからどちらを助けるべきか?


「そんなの……」


 考えるまでもない。

 俺は必死に足を動かして、自分が助けるべきだと思う方へと足を向ける。



 必死に足を動かし、巨大な蝶の胴体部分を一気に飛び越えて反対側の翅へと飛び乗る。

 すると、俺の存在に気付いた一部の芋虫たちが俺に向かって糸を吐いてくる。


「邪魔だ!」


 調停者の瞳(ルーラーズアイ)を駆使して糸を回避して、横を通り抜ける隙に芋虫の腹を思いきり蹴飛ばして転がす。

 流石にこの程度の攻撃で芋虫が落下することはないが、手持ちの武器がないのだから仕方ないし、結果として遠ざけることはできた。


 芋虫たちとの距離を作ることに成功した俺は、走る速度を上げて一気に巨大な影へと詰め寄る。


「ロキ!」


 素早く下側に回り込み、ロキの体が落下しないように支えながら必死に叫ぶ。


「大丈夫か? 生きているよな?」

「…………ク~ン、ク~ン?」


 俺の声に反応してロキは薄く目を開けると「どうして来たの?」と咎めるように力なく鳴く。


「……わんわん」

「わかってる。ソラも必ず助ける。でも今はロキの方が優先だと思ったんだ!」


 叫びながら全力でロキの体を押し戻そうとするが、優に数百キロあるロキの巨体はズルズルと重力に引かれて翅の上の傾斜を下っていく。


「クッ……ロ、ロキ、どうにか立てないか?」

「…………わふぅ」


 ロキは力なく「無理」と言うと、目からボロボロと大粒の涙を零す。


「……わふわふ」

「――っ、馬鹿! 何言ってんだ!」


 ロキからの「もういいから」という弱気な声を、俺は必死に叫んで一蹴する。


「俺がロキのことを見捨てるはずないだろ!」

「……わふわふ」

「嫌だね! 知ってるだろ。俺は諦めが悪いんだ」

「………………わふ」


 もう体に力が入らないのか、ロキは力なく「ごめん」と謝罪の言葉を口にして、ぐったりとうなだれる。


「ダメだ! ロキ、諦めるな!」


 必死に叫びながらロキの体を押し続けるが、巨大狼の体は着実に端へと近付いていく。


「どうして!」


 見たところ、ロキの体に右前脚以外には大きな傷はない。

 爆発の直撃を受けたことでたんぱく質が焼けるような臭いはするものの、矢をも跳ね返す黒い毛皮は健在だし、激しく出血している様子もない。


 ただ、普段からよく触れているロキの体がいつもより冷たくなっていることに、俺は巨大狼の命の灯が今にも消えてしまうのではと焦りを覚える。


「ダメだロキ! こんなところで死ぬな! 皆が……ミーファが帰りを待っているんだぞ!」


 体全体でロキの体を支えながら声をかけ続けるが、状況は変わらずズルズルと地面に引っ張られるように落ちていく。

 何度か力を緩めてソラを助けに行くべきと本能が訴えて来るが、俺はそんな弱気な思考を強くかぶりを振って追い出す。


 嫌だ。絶対にロキの命を諦めない! 諦めたくないんだ!


 必死に力を籠め続ける俺の脳裏に、これまでのロキとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。


 やめろ! そんなものを見せるな!

 これではまるで、俺がロキを助けることを諦めてるみたいじゃないか!


 目から涙が溢れ、視界がぼやけて来るが、俺は歯を食いしばって必死にロキの体を押し続ける。


 誰か……誰でもいい……ロキを……俺たちの大切な家族を助けてくれ!


『……うん、いいよ』


 そんな必死の心の叫びが届いたのか、何処からともなく声が聞こえてくる。


「だ、誰?」


 首を巡らせながら声をかけると、俺の体が光って青い光の玉が浮かび上がってくる。


『よかったら、助けてあげようか?』

「えっ、君は……水の精霊?」


 俺の問いかけに応えるように、水の精霊は大きく一度明滅してみせた。

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