空に浮かぶモノ
「な、何だ……あれは?」
目に映る明らかな違和感に、俺は何度も目を擦りながら空を凝視する。
一見すると何もない青空が広がっているだけだが、空の一部に明らかな違和感……まるで空と同じ色に擬態した巨大な浮かんでいるように見える。
だが、いくら目を凝らしてもその姿を見ることはできず、空に浮かぶ何かが動く度に、陽炎のようなゆらめきは見えるのだが、それが何なのかまでは判別できない。
「あれは……蝶……じゃないですか?」
俺の後ろで同じように目を凝らしていたソラが、天を指差しながら話す。
「ほら、あちらとあちらの端が四枚の翅だと想定すると、蝶みたいだと思いませんか?」
「どれどれ……」
ソラに顔を近付け、彼女が指差す先を目で追っていく。
「あそこです。あそこからスタートして、輪郭がこうあって……」
「ああ、確かに」
ソラの指の先を目で追っていくと、その輪郭は確かに蝶……もしくは蛾の形をしていた。
だが、
「……デカくない?」
「はい、大きいです……とっても」
後ろから聞こえるソラの声にも、若干呆れたニュアンスが混じっている。
それも無理はない。
何故なら蝶の輪郭は、見上げる俺の視界の半分ほどを埋め尽くしているからだ。
蝶がいるところが上空何メートルなのかはわからないが、黒い竜巻より高い所にいるとなると、優に数十メートルの大きさがありそうだ。
そんな大きな昆虫が存在するのかと思うが、そんなことを考えている場合ではない。
本題は、そんな透明の蝶がいたとして、何のために存在しているか、だ。
「あっ!?」
すると、何かに気付いたソラが大きな声を上げる。
「コーイチさん、わかりました!」
「えっ、何が?」
「甘いにおいの正体です」
「本当に?」
「はい、間違いないありません」
そう言ってソラは、何もない空間へ手を伸ばす。
「この空間は、あの蝶から放たれる鱗粉で満たされているんです」
「鱗粉……って、あの?」
「あの、が何を指しているのかはわからないが、蝶が羽ばたく時に落ちる粉のことです」
ソラは手を開いて俺に見せてくれると、そこにはキラキラと輝く粉が僅かに付着していた。
「基本的に鱗粉は上空に留まっているようですが、風に舞って地表に降りてきた鱗粉が……」
「甘いにおいの原因になっていると?」
「おそらく……」
その質問に、ソラは大きく頷く。
俺の目では全く見えないが、ソラによるとこの鱗粉によって蝶が擬態して姿を隠し、空を青空へと変えているのではないかという。
それはつまり、
「あの蝶をどうにかすれば、この青空をどうにかできるかもしれないということだな」
「そうです。どうにかしてあの蝶を倒しましょう」
「倒しましょう……と言ってもな」
口にするのは簡単だが、事はそう簡単ではない。
言うまでもないが、俺が持っている唯一のナイフを投げたところで、あんな上空にいる蝶には届かない。
ナイフではなく、石などの軽いものであればもしかしたら届くかもしれないが、そんなものを十や二十投げたところで、あの蝶をどうにかできるとは思えない。
それに、攻撃手段がない以外にも問題はある。
「わん!」
「――っ!?」
その前にロキから「来るよ」という注意が飛んで来て、俺とソラは揃って身構える。
ロキが勢いよくその場から跳ぶと同時に、再び雷が落ちて地面に新たなクレーターを作る。
これが俺が懸念しているもう一つの理由だ。
「もしかしてだけど、あの雷って蝶が落としているんじゃない?」
「わんわん!」
俺の質問に、ロキから「そうだよ」という返事が来る。
実はロキがさっきから細かく移動しているのは、上空にいる蝶から雷を落とされないように、正面付近から逃げ続けているのだという。
「もしかしなくても下手に攻撃したら、めちゃくちゃ雷を落とされるんじゃない?」
「そう……ですね。私があの蝶だったら、間違いなくそうします」
「でしょ? だから下手に刺激を与えるのは得策じゃないよ」
「かもしれません……ですが、ここは立ち向かうところだと思います」
ソラは俺の服の裾を掴むと、真剣な表情で話を切り出す。
「今はまだ元気ですが、ロキもいつまでも雷を回避できるとは限りません。コーイチさんの力を使っているなら尚更です」
「それは、まあ……確かに」
自由騎士のスキルは無限に使えるものではなく、自覚できない形で体力を消費している。
そして、スキルを使い過ぎると急にそれが体に返って来て、身動き取れなくなるのだ。
自由騎士ではないロキが、後どれぐらい調停者の瞳を使えるのかも未知数なので、ソラの言う通り勝負を早く決めるに越したことはない。
「だけど、あんな上空にいる敵をどうやって攻撃すれば……」
「それについては私に考えがあります」
ソラは身を乗り出すと、下を出して少し疲れてきた様子のロキに話しかける。
「ロキ、それにはあなたの協力がひつようだけど、いいかな?」
「わふっ?」
ロキが「何?」と聞き返してくるので、俺がソラの言ったことを通訳する。
「わんわん!」
「大丈夫だって、何でも言ってだって」
「そうですか、それは良かったです」
ソラはパン、と手を打つと、笑顔でロキにして欲しいことを言う。
「じゃあロキ、今からあの竜巻に向かって突撃して」




