私だってやれます!
俺たちが森に戻るのを阻止するかのように現れた無数の虫人たちを見て、ソラが耳元で息を飲む声が聞こえる。
「コ、コーイチさん、どうしましょう……」
「どうするって決まっているよ」
俺は腰のポーチから投げナイフを取り出すと、投げやすいようにベルトにセットしながらロキに話しかける。
「ロキ、虫の方は俺が駆除するから落雷の回避に専念してくれ」
「わん!?」
ロキが「本気?」と驚いた声で見てくるので、俺は微笑を浮かべて巨大狼の頭を撫でる。
「大丈夫、ちゃんと戦い方は考えてある。ロキは敵の背後を突いてくれれば、後は俺がどうにかしてみせるから」
「わん!」
ロキは「わかった」と返事をすると同時に、現れた虫人たちの中で数が少ない方へ向けて駆け出す。
「――っ!?」
風を切るような速度に、俺は落ちないように必死にしがみつきながらソラに声をかける。
「ソラ、もしかしたら落ちるかもしれないから、いざという時に備えておいて欲しい」
「嫌です」
「……えっ?」
「嫌ですって言ったんです」
まさかの反論に驚いて背後を振り返ると、ソラの大きな瞳と目が合う。
「私だって守られてばかりじゃないです。コーイチさんが戦うなら、私はコーイチさんが落ちないように絶対に守ります」
「…………わかった」
色々と議論する時間もないし、ソラがやれると言うなら信じるしかない。
「ソラ、任せたからね」
「はい!」
元気に返事をしたソラは、俺の腰に回した手に力を籠めてさらに密着してくる。
「――っ!?」
背中に温かくて柔らかな感触と鼓動を感じて思わずドキリとする俺に、ソラが耳元で囁く。
「何があってもお支えしますから、存分に力を振るって下さい」
「う、うん、わかった……でも、ちょっと動きにくいから、その時が来たらお願いね?」
「あっ、そうですね」
赤い顔をしたソラがそっと離れ、上半身が自由になった俺は周囲を見渡す。
すると、視界に移る虫人から何本かの赤い軌跡が伸びて来るのが見える。
よし、調停者の瞳は問題なく発動しているな。
周囲の状況を確認した俺は、力を共有しているロキに指示を出す。
「ロキ、先の連中からやるぞ」
「わん!」
ロキは威勢よく「わかった」と返事をすると、一度大きく身を伏せる。
「わん! わんわん!」
ロキが「左に跳ぶよ!」と俺たちに注意を促すと同時に、大きく左に跳ぶ。
さらに俺たちがいた場所に三度目の雷が落ちて来て、焦げたような臭いが鼻をつく。
「くぅ……」
今度は忠告があったので、振り落とされることなく耐えた俺は、強くかぶりを振って目と耳の不調をどうにか元に戻す。
「大丈夫、いけるよ!」
「わん!」
飛んだ勢いを豪快に砂塵を巻き上げながら整えたロキは「行くよ!」と声を上げて、落雷の影響か混乱している虫人たちに肉薄する。
「ガウッ!」
手前の虫人へ腕を振り下ろして叩き伏せると同時に踏み台にして大きく前方へと跳ぶ。
そのまま二体目、三体目の虫人を飛び越えたところで、
「わん!」
「わかってる!」
ロキからの「行けるよ!」という声に、俺は大きく身を乗り出して投げナイフを構える。
あの、ヴォーパルラビットを狩った時のことを思い出せ!
かつての記憶を辿りながら虫人たちの背中を凝視すると、奴等の背中に黒いシミが浮かび上がる。
……まだだ! まだ、ここじゃない!
咄嗟にナイフを投げそうになる歩を必死に制しながら、俺は尚も虫人たちの背中を凝視する。
すると、二体の虫人の肩甲骨と臀部に別の黒いシミが浮かび上がるのが見える。
そここそが、虫人の真の弱点、虫が寄生している場所だ。
「見えた!」
俺は限界まで集中をして、二つめの黒いシミに向かって投げナイフを投げる。
「シッ! フッ!」
何度も何度も繰り返して反復して練習した成果もあり、無茶な姿勢で投げたにも拘らず、二本の投げナイフは虫人たちの黒いシミへと吸い込まれていく。
「ギャッ!」
「グギャアアア!」
寄生している虫を潰された虫人たちは、悲鳴を上げて倒れると、そのまま動かなくなる。
「やった!」
遠距離攻撃によって虫人たちを屠ることに成功した俺は、反射的にガッツポーズをする。
だが、この時の俺は失念していた。
今の俺は、大きく跳び上がったロキの背中から大きく身を乗り出して、非常に不安定な場所にいるということを……、
「……あっ」
そのことに気付いた時には、体がぐらりと大きく横へと傾く。
その角度は軽く水平を超え、頭は地面の方へと吸い込まれていく。
「わわっ!」
慌てて姿勢を戻そうと手をバタバタと激しく動かすが、俺の手は何もない宙を掴むだけだった。
ヤバイ……落ちる。
敵を倒して喜ぶなんて素人丸出しのことをしてしまったことを悔いながら、せめて落下ダメージを減らす方法を必死に考えていると、
「コーイチさん!」
ソラの叫び声が聞こえ、俺の体がピタリと止まる。
どうにか首を巡らせると、ソラが俺の足を掴んで真っ赤な顔をして踏ん張っているのが見えた。
「今、助けますからね!」
「ソラ、無茶だ」
俺の体はほぼほぼ宙に投げ出されており、ソラの手には今、俺の全体重が乗っかっているのだ。
しかもロキの背に乗った状態で足の踏ん張りも効かないので、その状態から人一人を持ち上げるのは至難の業だ。
大きく跳んだロキの体が重力に引かれて下がるのを確認した俺は、ソラに向かって必死に叫ぶ。
「ここからな落ちても死なないから! ソラも落ちる前に手を離すんだ!」
「嫌……です!」
ソラはいやいやと激しくかぶりを振ると、皿に身を乗り出して俺の太ももを掴む。
「私だって……やる時はやるんです!」
俺の足を両手でしっかり掴んだソラは、一度大きく息を吐くと、
「やああああああああああああああああああぁぁぁぁ!」
気合の雄叫びを上げながら、俺の身体を一気に持ち上げる。
「おわっ!?」
勢いあまって空中に飛び出す形になった俺は、情けない声を上げるが、
「コーイチさん!」
「ソラ!」
ソラから伸ばされた手を掴むと、物凄い力で引き寄せられて彼女の発展途上の胸の中に納まる。
「はぁ……はぁ……フフッ……」
俺を抱き締めた姿勢のまま、ソラは得意気に笑ってみせる。
「どうです? 私も中々やるでしょう?」
「あ、ああ、ありがとう」
俺では到底できない離れ業をやってみせたソラに、俺は素直に諸手を挙げることにする。
「まだ敵は残っているから、これからもサポートよろしくね」
「はい、お任せ下さい」
そう言って得意気に笑うソラの笑顔は、とても眩しかった。




