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自己犠牲なんて許さない

 スコールのような強い雨が降りしきる中、俺たちは互いを見失わないように一つに固まって走り続ける。


「あれは……」


 前方に人影のような塊が見え、俺は目を凝らしてそれが何かを判別しようとする。


 すると、


「大丈夫です。あれはもう動きませんから」

「そ、そうか……」


 泰三にそう言われて俺は、見えた人影が虫人の死骸だとわかる。

 どうやら俺たちがフィーロ様に魔法を受けている間に、自警団の人たちはかなり善戦してくれていたようだ。


「倒したのは、殆ど隊長一人です」


 思わず感心していると、泰三がこれまでの戦いを振り返る。


「わかっていましたが、中の虫を見つけるのは難しくてどうしても効率が悪くなって……」

「いや、仕方ないよ。間違っても倒れるわけにはいかないからな」

「ええ、本当に……本当に倒れるわけにはいかないです」

「えっ?」


 何やら含みのある泰三の言葉に思わず声を上げると、彼は苦しそうな表情である一点を指差す。


「まさか……」


 その表情から大体の事情を察したが、俺は息を飲んで泰三が指差す方へと目を向ける。


「――っ!?」

「ヒッ!?」


 視線の先、燃え尽きて燻る木の影に折り重なるように倒れている人影を見て、俺は思わず息を飲み、ソラが小さく悲鳴を上げる。


 そこには、おそらく自警団の人だったと思われる二体の死体があった。

 頭に『おそらく』と付くのは、目の前の死体が自警団の青い制服を着ているからで、それ以外はとても人間とは思えなかったからだ。


 クラベリナさんがやったのか首から上はなく、片方は両腕が赤黒くパンパンに膨れ上がり、逆に両足は枯れ枝のように細くなっていた。


 もう一人は体に際限なく水を入れられたように胴がパンパンに膨れ上がり、破裂したと思われる腹部から血がドクドクと溢れ出ていた。


「な、何だあれは……」

「わかりません。致命傷を受けた彼等の首を体長が刎ねた途端、中の血が一か所に集まってあのような姿に……」

「そう……か」


 ということはあの姿は、死んで魔物になる途中で倒された魔物のなりかけというわけだ。

 実際にあそこからどのような変化を遂げるかはわからないが、この赤い世界の中では、死んでしまうと魔物になってしまうという情報は確かなようだ。


 俺は改めて絶対に死ぬわけにはいかないと、ソラをあのような姿をするわけにはいかないと誓いながら泰三に話しかける。


「泰三……」

「わかってます。二人は僕が必ず守りますから」

「そうじゃない」


 泰三の言葉を遮って、俺は親友に真に伝えたいことを話す。


「俺とソラだけじゃない……泰三、お前も絶対に無事で帰らなきゃ駄目だからな」

「こ、浩一君?」


 面食らったように立ち止まる泰三に、俺も足を止めて真剣な顔で話しかける。


「この先敵が現れたら、泰三も俺たちに先に行けって自己犠牲を発揮するだろ?」

「そ、それはまあ……そういう話ですし」

「それだけど、今から無しにできないか?」

「えっ?」

「自分でも無茶なことを言っている自覚はあるよ」


 この場に集まった誰もが使命感を持って、自分に託された任務を遂行している。

 それが世界を救うなんて、普通なら絶対にないようなとんでもない使命を背負わされているのだから、自分の命を賭けてまで任務を遂行するという気持ちもわからなくはない。


「だけど、だからといって命を賭けるなんてやり過ぎだ。泰三、お前がこの世界に来た本当の目的を考えろ!」

「本当の……目的?」

「そうだよ。向こうの何もない、希望も持てない生活を捨てて、チートスキルで楽してお金をいっぱい稼いで、女の子を沢山はべらせて遊んで暮らすつもりだったろ」

「……そこだけ聞くと、本当に不純な動機でしたね」


 俺の話を聞いて当時を思い出したのか、泰三は呆れたように肩を竦めて微苦笑を浮かべる。


「ですが、もうそういう気持ちは微塵もありませんよ」

「泰三!」

「変わったんです。僕も……浩一君も」


 そう言って泰三が手を掲げながら長槍を構える。

 同時に俺たちの前に立ちはだかるように、三体の虫人が空から舞い降りてくる。


「チッ、もう次の奴が……」

「浩一君、わかってますよね?」


 思わず臨戦態勢を取る俺に、泰三が顎で後方を示しながら話す。


「今の浩一君の目的は、敵を倒すことじゃありません。彼女を……ソラさんを守ることです」

「そ、それは……」


 そう言われて俺は、背後で息を飲んでこちらを見ているソラを見る。

 俺たちがここで虫人たちと大立ち回りをしてみせたら、当然ながらソラは一人で取り残される形になる。


 そこで三体の虫人のどれかが、それとも全く別の虫人が何処からともなく現れてソラに襲いかかったら、それだけでゲームオーバーだ。


 だから泰三の言うことは最もなのだが……、


「いくら何でも、虫人三体同時は……」

「無理でもやるんです」


 弱気な態度の俺に、泰三は達観したように笑ってみせる。


「大丈夫です。こういう時に隊長からとっておきの秘策を授かっていますから」

「ほ、本当か? それって……」


 クラベリナさんの秘策とは?


 思わず期待の眼差しを送る俺に、泰三がニヤリと笑って秘策を告げる。


「気合と根性」

「……えっ?」

「気合と根性でやればどうにかなる、です」

「はぁ!?」


 いくら何でも過ぎる発言に、俺は思わず身を乗り出しかけると、


「やれやれ、あの女の根性論は相変わらずだな」


 最早懐かしさすら感じる呆れた声が聞こえ俺たちの前に颯爽と人影が現れる。


「あ……ああ……」


 頭についたピコピコと動く三角形の耳に、お尻でフサフサと揺れる長い尻尾を見て、俺は笑みを零さずにはいられない。


「シド!」

「あいよ、待たせたな」


 俺の呼びかけに振り返ったシドは、いつものように犬歯を剥き出しにして獰猛に笑ってみせた。

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