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混沌の領域

「な、何だ……」


 日暮れどころか昼過ぎにも早い時間なのに、空が夕焼けよりも不気味な赤色になったことに驚いていると、


「浩一君!」


 異変を察知して戻って来た泰三が隣にやって来て前方を指差す。


「空だけじゃありません、木が、森が、あらゆるものが!」

「えっ?」


 泰三の言葉にそちらへ目を向けると、前方からまるで世界を塗り替えるように赤色の何かが徒歩より遅いぐらいのスピードで迫って来るのが見えた。


「あ、あれ、飲み込まれて大丈夫なのか?」

「わかりません、だから念のために一度退いたのですが……」


 泰三の言葉通り、突撃していったはずのクラベリナさんたちが、赤く染まる世界から逃げるようにこちらに戻って来るのが見える。

 一体どれだけの魔物を屠ったのか、全身に返り血を浴びてはいるが、それでも見る限り目立った死傷者がいないのは流石というところか。


「あっ!?」

「何だ、どうした泰三」


 いきなり大きな声を出す泰三が、必至の形相で前方を指差しながら叫ぶ。


「あっちです! こっち側にある魔物の死体を見て下さい!」

「こっち側にある魔物の……死体?」


 この場合のこっち側とは、赤い世界に飲まれていない方だと理解した俺は、間もなく赤い世界に飲み込まれそうなトロルの死体を見る。


 すると、トロルの死体が赤い世界に飲まれると同時に、まるで強烈な酸をぶちまけられたかのように全身がドロドロに溶けていき、最後には骨まで溶けてどす黒い液体だけが残ったかと思うと、その液体すら地面に吸収されるように消えてしまう。


「……えっ?」


 見間違いかと思って他の死体を見るが、赤い世界に飲み込まれた死体は大小問わずドロドロに溶けていき、最後には肉片、血の一滴すら残らない。


 何がどういう理屈でこんな現象が起きているのかわからないが、赤い世界に飲み込まれただけで消えてしまうとなると話が違ってくる。


「ど、どど、どうしたら……とりあえず逃げるしか」

「わかりません、とにかく何処か安全な場所まで……」

『落ち着きなさい』


 慌てふためく俺たちに、ライハ師匠の落ち着いた声が聞こえてくる。


『言ったでしょう。次のフェーズへ進んだと』

「つ、次のフェーズって、じゃああの赤い世界は?」

『あれは混沌の領域です。おそらく彼の者の分体が本格的に動き出したということです』


 そう言ってライハ師匠が、何が起きているのかを簡単に説明してくれる。


 あの赤い世界は、混沌なる者が侵攻する時に展開する『領域(テリトリー)』と呼ばれるもので、世界に飲み込まれた状態で死ぬと魔物になり、さらに魔物になった上で死ぬと、溶けて混沌なる者の養分になってしまうという。


 ただ、影響があるのは死者が出た時のみで、あの赤い世界に飲まれたからといって身体に何かしらの悪影響が出たり、強烈なデバフがかかって動きに制限がかかる心配はないという。


『……というわけです。ここから先は、より慎重に戦うことが求められます』

「ふむ、なるほどな」


 すると俺たちの場所まで退避してきたクラベリナさんが、顔に付いた血を拭いながらライハ師匠に尋ねる。


「それで、負傷者が出たらとっとと殺した方がいいのか?」

『いえ、負傷者は死ぬ前に後方に下がらせれば問題ありません。ただ、途中で死ぬと魔物化してしまうので、助からないと判断した時は迷いなく首を刎ねる必要があります』

「なるほど、迅速な対応が必要ということだな」


 物騒な話を聞いたクラベリナさんは、ニヤリと笑って全員に話しかける。


「お前たち、聞いた通りだ。ここから先は死ぬことは許さんぞ。もし、死ぬような愚か者がいれば、お姉さんが首を刎ねてやるから喜んで死ぬがいい」


 何処まで冗談かわからないクラベリナさんの言葉に、自警団の面々だけじゃなく獣人たちまで「応!」と威勢よく応える。


 どうやら獣人たちも、クラベリナさんの圧倒的なカリスマに付いていくと決めたようだ。


 全員の覚悟が確認できたところで、ゆっくりと迫って来ていた赤い世界が、間もなく俺たちを飲み込もうとするところまで来ていた。


「…………」


 ゆっくりと迫る赤い境界に、思わず全身に力を籠めて身構えるが、赤い世界に飲み込まれたところで特に何かしらの変化は起きない。

 だが、身体に変化はなくても、色鮮やかな世界が急に赤だらけの世界になると、体に害はないとわかっていても調子を落としそうである。


 それに、


「マズいな……」


 赤一色に包まれた世界を見て、俺の中にある疑念が浮かび上がる。


「浩一君、何かありましたか?」

「あ、ああ、実は……」

「た、大変だ!」


 泰三に懸念点を話そうとすると、最前線にいる獣人が血相を変えて叫ぶ。


「森が……森が燃えているぞ! 奴等、森に火をつけやがった!」

「な、何だって!?」


 まさかの一言に、俺は背中からどっと冷たい汗が噴き出すのを自覚した。

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