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重要な選択

「ふぅ……」


 トイレで一息入れた俺が再び席に着くと、何やらモニターにある警告文が出ていた。


「…………何だこれ」


 そこには筆記体のような流れるようなフォントの日本語でこう書かれていた。



 数多の敵を屠りし勇敢なる戦士よ。


 類まれなる才能を持つあなたの力を異界『イクスパニア』は求めています。


 あなたにはこの地で手に入れた力を持って、自由騎士としてイクスパニアへと渡る権利があります。


 権利を行使すると、あなたはこの地での生活を捨て、新たな世界を見ることができるでしょう。


 ただし、ここから先は過酷な道となります。


 志半ばで倒れ、命を失う可能性もあるでしょう。


 それでも新たな旅立ちを願うのであれば、あなたの意思を示して下さい。


 我々は、あなたの訪問を心待ちにしています。


 …………後戻りはできませんので、決断はくれぐれも慎重に。



 最期は注意書きで締めくくられた文面は、暫くの間日本語で表示されたかと思うと、今度は英語へと表記が変わる。

 文面の下には新たな地へと旅立ちますか? 『はい』と『いいえ』と書かれており、今は『はい』の方にカーソルが合っていた。


「ハハッ……本当に来やがった」


 冗談のような異世界へと誘う文面に、俺は乾いた笑い声を上げる。


「後戻りはできない…………か」


 この文面が全て真実であるならば、この道は異世界への片道切符ということになる。

 飛ばされる先は『イクスパニア』という世界のようだが、やはりというかどんな世界なのかは全く想像もつかない。

 これが冗談にしても、今すぐに決断を下すにはこの案件は重すぎる。そう思い、俺は雄二と泰三の二人に意見を求めることにする。


「二人とも、今画面に出ている選択肢についてだけど…………」


 VRヘッドセットを付けながら二人に話しかけるが、何の返事も帰ってこない。


「おい、雄二……泰三…………聞いているのか?」


 何度か呼びかけてみるが、二人からは何の返答も返ってこない。


「…………まさか」


 ある可能性に気付いた俺はヘッドセットを外し、モニターに顔を近づけて文面の向こう側を凝視する。

 そこには、チャンピオンを称える画面のままの三人のアバターが映っているはずだが、既に二つのアバターが消失していることに気付く。

 どうやら既に、二人は選択肢の『はい』を選んで一足先に『イクスパニア』へと旅立ってしまったようだ。


「あの、馬鹿共……」


 二人の短絡的な行動に、俺は怒りを覚える。

 俺とは違い、現実にかなりの不満を抱えている様子の二人が異世界行きを熱望しているのは知っていたが、まさか一生を左右するような重大な選択を相談もなしにノータイムで選んでしまうとは思わなかった。

 俺は二人とは違って仕事を失ったものの、貯蓄はそれなりにあるし、次の仕事を見つける当てもなくはない。


 つまり、俺は現実にそこまで絶望はしていない。


 さらにいえば、命を失う可能性があると示唆されている状況で、世界一安全と言われる日本を捨ててまだ見ぬ異世界へと行きたいかと聞かれたら、正直なところ微妙なところだ。

 だから俺は二人を見捨てて『いいえ』を選んで現実に残るのもありなのではないかと思う。


 そう思うのだが――


「ああ……クソッ!」


 俺は髪を掻き毟りながら、やり場のない怒りをぶちまけたい衝動をどうにか抑えるため、ペットボトルに残っていたお茶を一気に飲み干す。

 異世界へと先に旅だった雄二と泰三の二人の相性は、はっきり言うとあまり良くはない。

 これまでも何度も一触即発の状況に陥っているし、雄二が泰三に手を上げてしまったことも一回や二回ではすまないし、そこで俺が仲裁に入っていなかったら俺たちの友情はそこで終わりを告げていたかもしれない。

 俺自身も二人に思うところも色々あるが、それ以上に大きかったのは、三人で遊ぶのは楽しかったということだ。

 その二人を失った今度の人生を同じように楽しめる保証はないし、何より二人が俺の知らないところで死んでいるかもしれないのに、のうのうと生きていられるほど俺は薄情ではいられなかった。


「…………全く、俺も大概だな」


 こんなにあっさりと重大な決断を下してしまう自分に呆れながら、俺は再びヘッドセットを装着して目の前に表示されている『はい』にカーソルを合わせ、決定ボタンを押す。


 ここまでやっておいて何にも起きませんでした。

 なんてことを僅かに期待していたが――


「うおっ!?」


 突如として目の前が真っ白になり、俺は身を守るために目を閉じるが、それでも脳内にまで駆け上がるような強烈な閃光によって頭の中が真っ白に塗り潰されるような感覚に、俺は抗うことができず、そのまま後方へばったりと倒れた。

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