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イヤホン (KAMITSUBAKI STUDIO オーディション①)

作者: あまいはな

 やっほー、おはよう。せっかくの休日なのに、朝から呼び出しちゃってごめん。実は、今日一緒に遊ぶ予定だった友達が熱を出しちゃって、映画のペアチケットが無駄になりそうだったの。だから代わりに誰か誘おうと思って、君に真っ先に電話したんだ。だって、私の知り合い中で一番暇そうなの、君だったし。・・・って冗談、冗談だから!そんな冷たい顔しなくて良いじゃん、一応これでも感謝してるんだよ。

 ・・・今日、わざわざ君を呼び出した本当の理由はね、ずっと話したいことがあったからなんだ。別に全然大したことじゃないし、話半分で聞き流してくれて構わないよ。ああでも、こんなどうでも良い話は君しか分かってくれそうにないな。最近よく思うんだけど、「新発売のコンビニスイーツが美味しかった」とか「近所の家の犬が死んだ」とか、そういう「下らない事件」ほど他人に言いにくいよね。まぁいいや、とりあえず私の話を聞いてよ。

        

                *   *   *


 中学を卒業した後の春休みに、イヤホンを新しく買ったんだ。値段は12000円、完全ワイヤレス・ノイズキャンセリングの高性能なやつ。何でそんな大層な物を買ったのかって?大した理由は無いよ。「前に使っていた激安イヤホンがすぐに壊れちゃったから、今度は逆に超高級なのにしてみようかな。」なんてふと考えただけ。丁度、高校の入学祝いをもらった直後で、お金も余ってたしね。

 私の選んだイヤホンは、スタイリッシュでお洒落な白。家に帰って、説明書に軽く目を通して・・・パッケージの裏にある一言を見つけたの。

 「余計な音を、ゼロにする。」

 このフレーズを読んだ時、少しだけ、本当に少しだけ肺の裏側がざらっとした。でも、当時はそれ以上何も気にしなかったし、私はむしろ「ありがたいな。」なんて思っていたんだ。


 次の日がら早速イヤホンを使い始めた。はっきり言って、使い心地はイマイチ。私が鈍感過ぎるせいなのか、今までの安物との差はあんまり分からなかったよ。で、ここからが本題。さっき私が話したキャッチコピー、あったでしょ?あれは・・・「本当」だった。といっても伝わらないか。まぁ、「何言ってんの?」ってなるよね。「要はノイズキャンセリングだってことでしょ?」って。・・・そうじゃないの。いや、確かにそうなんだけど・・・。キャンセリングのレベルが明らかにおかしい。性能が高過ぎる。「騒音が聞こえにくくなる」?全然違う。むしろ・・・「自分が興味を持った音しか聞こえなくなる」と言った方が的確だろうね。とにかく、アイツはそんな、得体の知れない代物だったんだ。


 ってあのさあ…さすがにもう少し興味を持ってよ。確かに、馬鹿みたいなことを言ってると思うよ。自分でも分かってる。でも、全部「現実」の出来事なんだよ‼・・・別に、変な奴だって思ってくれて構わないから。だから、もう少しだけ私の話に付き合ってちょうだい。


 最初にイヤホンの力を理解したときは、やっぱりぞっとした。「凄く気味が悪いな。もうこれは捨てちゃおうかな。」って。だって、よく考えてみてよ。「自分が興味を持った音しか聞こえなくなる」って事は、つまり・・・「自分が何に興味を持っているのか、完全に把握されている」。そういう事でしょ?まるで、自分の部屋の中を覗き見されているような気分だった。

 けれども私は、その感覚とは裏腹に、段々とアイツの力に頼るようになっていったんだ。理由は単純。「何も聞かずに済む」、それが一番楽だったから。まぁ、仕方がないよね。だってさ、思わず胃がキュってなっちゃうような不快な音は、そこかしこに蔓延っているもの。そう思わない?


 例えば、昔、私がまだ小学生だった頃。体育の授業でドッヂボールをしたことがあった。私はその時からもう、運動音痴の鈍臭い子でさ。だから勿論体を動かすのは大嫌いだった。でも、同じチームの皆に迷惑をかけたくなくて、出来ないなりに一生懸命試合に参加したよ。・・・だけど、クラスメイトの子に言われたんだ。「お前は邪魔だから、早くボールに当たって外野に行け。」ってね。流石にこの一言はグサッと刺さったな・・・。別にドッヂボールをやりたかった訳じゃない、むしろ逆なんだけどさ。そのはずなのに、胸がやたらとヒリヒリした。これが、私が物心ついて初めて感じた「嫌な音」。そしてそれ以来、私が体育の授業を一生懸命受けることは無くなったんだ。


 だいぶ話題がずれちゃったね。イヤホンの話に戻ろうか。アイツを手に入れてから三ヶ月が経った時、私は移動中に必ず音楽を聴くようになっていた。イヤホンから流れていたのは洋楽ロック。実は私、日本の曲があんまり好きじゃないんだよね。テレビやら雑誌やらに引っ張りだこの売れっ子アーティストが「孤独」とか歌ってるの、不自然というか、何だかイラッとする。その点、洋楽は良いよ。英語だったら意味なんて関係無い、せいぜい分かるのは「アイラブユー」位だもの。今度、おすすめのCD貸してあげようか?


 私の依存はどんどん加速していく。更に三ヶ月後、私が学校でイヤホンを外すことは無くなった。クラスメイトや担任のうざったい言葉を聞いているのに耐えられなくなって、授業中もイヤホンを着けて周りの音を消したんだ。もちろん、ばれたら即アウト。だから、私はずっとひっつめていた長い髪を切って、下ろしておくことにしたの。イヤホンを着けた耳がを隠すためだけに。


 アイツと一緒に過ごしている間は、自分の周りの空気全てが冷蔵庫みたいにひんやりしていて、快適だった。妄想の中で誰かの言葉に怯えることはしょっちゅうあったけれど、それでも、実際に聞こえてくることが無いだけで全然マシで。自分だけしかいない真っ白な世界で私は生きていたんだ。そうやって、誰の声も分からないまま季節は過ぎていって・・・冬がやって来た頃。私は、自分が「イヤホン依存症」の末期症状の中にいるのを、ようやく自覚したの。


 12月のある日、風邪を少し拗らせた私は、近くの市立病院に行っていた。こんなことを言うのは不謹慎かもしれないけど、私、病院は結構好きなんだ。皆が私のことを心配して、優しい言葉をかけてくれるから。普段の家や学校じゃ、絶対あり得ないことだもの。当時、一日の殆どをアイツをはめて生きていた私も、「診察室ではイヤホンを外そう」なんて決めていた位。

 でも、その日は凄く憂鬱だった。母さんが一緒に付いてきたんだ。仕方なく私はイヤホンを装着したよ。・・・「余計な金掛けさせやがって」って、実の親が舌打ちをする音はこれ以上絶対に聞きたくなかったもの。結局、私はいつも通りイヤホンを着けたまま、診察をやり過ごした。

 その後、病院のトイレに行った時。順番待ちの列で私の後ろに並んでいた人が、誰かのことを呼んでいたの。その人は、70代後半くらいのおばあさん。何度も何度も誰かの名前を繰り返していたから、ぶっちゃけ「この人、ちょっとボケてるのかな。」って思って。「嫌だな、関わるとろくなことが無さそう。」そう判断した私は、無視を決め込むことにした。その瞬間。おばあさんに肩をたたかれた。「えっ、なんで私?もしかして訳の分からないクレームでもつけられるのか、最悪だな。でも、もう無視はできないし・・・。」こっそりため息をついて、イヤホンを外したら・・・。

 「お嬢ちゃん、これあげようか。」

 ゆったりとした、でも妙によく通る声が耳に入ってきて。飴を手渡されたよ。思わず心の中で盛大に突っ込んじゃった。「いや、何で?そもそも私、「お嬢ちゃん」なんて年じゃないし。しかもこの飴、ハッカ味じゃん。ちょっと苦手なんだけど・・・。っていうか、さっき何度も呼んでいたの、もしかして私のことだったの?」そのおばあさん、いや、おばあちゃんは話し続けた。曰く、「普段は年寄りばかりの病院に、若い子が来ていたのが珍しかった。」とのこと。しかも、私の後ろ姿がおばあちゃんの孫にとても似ていたらしくって。「だから、なんとなく可愛がりたくなった。」って言ってたんだ。

 それを聞いて、一気に全身から力が抜けていった。「何だ、私、怒られるんじゃないんだ。」そう思うと、さっきまで一人で脳内パニックを起こしてた自分が可笑しくて笑っちゃった。おばあちゃんには、その後飴のお礼を言って別れたよ。飴をくれたの、単純に嬉しかった。

 それで終わり。起きたのは、たったそれだけの出来事。・・・だけど、イヤホンをもう一度着け直そうとして、私ハッとしたの。

 「私、最初におばあちゃんから話しかけられた時、「面倒くさい、こっちにこないで」って思ったよね・・・?」

 何故だか、さっき話した「体育の授業の記憶」が頭の中によぎって、そして急に自分が恐ろしくなったんだ。 

 私は、あと少しでおばあちゃんの好意を無碍にするところだった。イヤホンをしたまま、他人を良く見ようともせず勝手に判断するなんて、本当に最低だ。心の中だけとはいえ、私は小学校時代のクラスメイトと同じことをしていたんだ。相手の優しさを踏みにじって・・・一歩間違えば傷つけてた。それが相手の心に想像以上のダメージを与えること、身をもって知っていたのに。

 「これじゃ、駄目だ。」と思った。

 私は、あのおばあちゃんみたいに、周りを幸せにする人には多分なれない。少なくとも今は。けれども、せめて誰かの真っ直ぐな気持ちを見つけて、「すごいね。」「ありがとう。」ってちゃんと言えるようになりたい。間違っても、あのクラスメイトみたいな事はしたくない。

 そのためには、まず自分の周囲をよく見なくちゃ。色々な人の言葉を聞かなくちゃ。本当は、怖くてしょうがないよ。私の毎日は、目を閉じてしまいたくなるような、汚いもので溢れてる。でも、それでもたまに、世界がふんわり微笑んでいる一瞬に遭遇できる。その途中で嫌いなものが百個できても、好きなもの一個に出会えたら。・・・それだけで全て報われる気がするんだ。事実、もらったハッカ飴は思っていたよりずっと美味しかったもの。


 「余計な音」かどうかは、聴いてみなくちゃ分からない。だから、私はイヤホンを着けるのをやめたんだ。


                *   *   *


 話下手でごめんね。しかも最後の方、何だかすごく説教くさくなっちゃったね。でも、これは全部私が実際に体験して、考えたことなの。ちゃんと聞いてくれていたなら嬉しいな。


 ところで、さっきも似たような質問をしたけどさ。私が何で君にこの話をしたか分かる?「君しか分かってくれないから」って言ったけど、あれは完全な答えじゃないんだ。

 

 実はね、私、ずっと前から気づいてたんだよ。だって、昔の私と今の君、そっくりだから。


 




 


 「ねぇ、君もイヤホンしているんでしょ?」




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