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9.明後日な提案

「……お前、顔色悪くねぇか」


 執務室の扉を開けて顔を見せるなり、挨拶もないまま問いかけてきたカギトの言葉でイギサはちらりと窓に目をやった。日が沈んで大分経つ、中の灯りで姿は映るが顔色までは窺えない。


「そうか?」


 ぼんやりとした自分の姿から目を逸らして気のせいだろと肩を竦めるが、ここしばらくまともに眠れていない。悪夢に魘されるのは、真寧しんねいにいた頃もよくあった。ただここではほぼ毎日で、正直なところあれを繰り返すくらいなら眠らないほうがましだと思っている。


 カギトは何か言いたげに眉を寄せたが結局口にはされないので、ほっとしながら執務机に近寄っていく。まだ仕事中なのか幾つかの書類が広がっているが、カギトは面倒そうにそれを端に押し退けた。


「で、珍しくお前からここに来たんだ。何か話でもあんだろ」


 ようやく決意が固まったかとでも言いたげに深い緑が向けられてくるが、答えないまま机の側に椅子を引き寄せて腰掛けながら口を開いた。


「外壁、何とかならないか」

「は?」


 いきなり何を言い出したのかと馬鹿を見るような目を向けてくるカギトに、外壁とわざとらしく繰り返す。


「この町だけ外壁がないのもおかしいだろ、お前の権限で外壁を作れたりしないのか」

「あれを作るのに、一体幾らかかると思ってやがる。そんな金があるなら時計塔の修繕に回したほうが、よっぽど町の連中のためだろ」

「お前は不安にならないのか、こんな風通しのよすぎる町。どうやって守ればいいんだ」


 開けっ広げで、無防備な。彼ら死遣しけんなら、きっと全員が揃わずとも一日で落とせる。碌な防備がないのはどれだけ恐ろしいことか、身を持って知っているのはきっと今ここにいる二人だけだ。

 けれどカギトは心底嫌そうな顔をして、馬鹿も休み休み言えよと声を低める。


「こんなところまで攻め込まれるようなら、その時点でもう夏穣かじょうは終わってる。お前も軍人なら、そうなる前に対処する方法を考えろ」


 何が今更外壁だと吐き捨てられるが、今度はイギサが声を尖らせる。


「また戦争が起きて、今度こそ海から侵略されたらどうするんだ。その場合、最初の標的になるのがここだぞ」

「阿呆か、そんな事態が起こり得るならもうとっくにやられてんだろがっ。他国と接してねぇ海に続く場所なんざ断崖絶壁しかねぇのに、どうやって海から攻めてくるって? 仮にもたもた崖を登って来るようなら、登りきる前に上から射掛けて落とせ!」


 何を寝惚けてやがんだとの反論は尤もだが、攻め込まれた時に草匙そうしほど守り難い町は他にないのも事実だ。どう言えばこの危機感が伝わるのかと拳を作って反論を探していると、カギトは嫌そうな顔をして大きく溜め息をついた。


「戦時中でそこまで敵が迫ってるってんならともかく、いきなり何なんだ」


 何のために俺たちが戦ってきたよと吐き捨てられ、身を乗り出して主張していたイギサは椅子に座り直して深く息を吐き出した。


「何度終わらせたって、どうせすぐにまた起きる」


 イギサの言葉に顔を顰めるカギトを見て、分かってるだろと語気を強める。


「元々はこの大陸が五つの国に分かれたことに端を発してるんだ、誰かが統一でもしない限りは同じことの繰り返し。そしてそれをお題目にして、また戦火を広げる──くだらない領土争いだ。大陸そのものが沈みでもしない限り、延々と続く」


 戦乱も平穏も各国における王の気持ち一つ、巻き込まれる国民は堪ったものではない。それでも自分の愛すべきを喪いたくないがため、結局戦いに出るのも彼らだ。お偉方は安全な場所で踏ん反り返り、齎される結果を聞いているだけ。何の痛みも伴わないから、すぐにまた同じことを繰り返す。


「──身も蓋もねぇな」


 考えねぇようにしてるものをと、嫌そうに頭をかいたカギトも本当は分かっている。イギサの言葉は、何れ必ず現実になると。それが何年後になるか、何十年後になるか程度の差しかない。

 事実、戦上手で知られた先王の時代、何度かの戦争を経てようやく平和を享受できたけれど。彼の王が身罷られると同時に、他国は繁栄した夏穣ほしさに牙を剥いてきた。だからこそ起きたのが、先の大戦だ。


「それでも先王の時代に、四十年は静かに繁栄したろう。今回もそのくらいは、」

「俺たちに、もうあの力はないと知ってるのに?」


 皮肉に語尾を上げると、カギトも口を曲げて言葉を呑む。


「俺たちが力をなくしたら、他国に引き下がる理由はなくなる。近い内にまた攻め込んでくる気だからこその、停戦条件だろうが」

「だとしても、俺たちが動ける間に起こったら追い払うだけだ。使えねぇって言葉を真に受けてる兵士もそうねぇだろうし、死遣の怖さなら身に染みてるはずだ。腰の引けた連中を潰すくらい、易いもんだろ」


 目を眇めるようにして言い放ったカギトは、溜め息を重ねながら片肘を突いて斜めに見据えてくる。


「ここの空気が甘っちょろくて、不安になるのは分かる。俺もそうだ、据わりが悪い。けどここは、俺たちが居続ける場所じゃねぇだろ? 真寧なり国境付近のどこかなりに派遣されりゃ、外敵に対する防備はばっちりだ。お前が考えるべきはここの守りじゃなく、出て行くために何を為すべきか、だ」


 戦争が起きると危惧しているのなら、尚更。この町を出ることの重要性を説かれるが、イギサは煩わしく顔を逸らした。思わず声を荒らげかけたカギトは、けれど罵声をどうにか溜め息に変えて大きく吐き出しながら痛そうに額を押さえた。


「お前が本気で心配してんのは、いつ起きるとも知れねぇ戦争じゃねぇだろ」


 苦りきった声でカギトに刺され、イギサは軽く目を眇める。答えないまま窓の外に目を向けると、大きな舌打ちが追いかけてくる。


「いつまで恋愛ごっこを続ける気だ」

「……ごっこ」

「ごっこだろうが! 監視対象に近づくためなら、惚れたの腫れたの抜かして纏わりつくのはお前の勝手だ。けどな、演技を自分で真に受けて溺れてどうする!」


 さっさと目ぇ覚ませと机を叩きながら警告してくるカギトに、答えないまま服の上から左腕を押さえる。刺青に消された術式は、もう何の反応も示さない。


 夏穣王は終戦に導いた功労者として死遣を讃えはしたが、例え他国の侵略を再び許すことになっても二度と戦争にあの力は用いるなと厳命した。そのせいで死遣の力は封じられ、彼らにそれを与えた恩人は居場所をなくした。そして恩人のたった一人の身寄りであるシズナまでが、奪われようとしている……。


(どうして)


 恩人の行く末を知った時も覚えた怒りが、じわりと心に広がっていく。どうして最も敬われ感謝されるべき存在が闇に葬られ、僅かなりとも訪れた平穏の内に過ごすことが許されないのか。


「イギサ。私情を挟むな、これは軍令だ」


 やりたくねぇなら俺がやると突き放すように言われ、固く拳を作って睨むようにカギトを見据えた。


「……余計な世話だ。俺に任せるは、隊長の言葉だ」


 カギトであろうと、これだけは譲れない。余計な手出しをするようなら始末も辞さないと言下に告げて立ち上がり、ふいと踵を返して扉に向かった。


「っ、イギサ!」


 尖った声が背を打ったものの振り返る気にはれなくて、続きそうな言葉ごと自分の中から閉め出したげに強く扉を閉めた。

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