21.冠暁
双子にとって草匙を出るのは初めての経験で、はしゃぐなと言っても無理な話だ。移動中もそわそわした様子で辺りの様子を窺っていて、目につくあれこれを大きな声で尋ねてきた。シズナだったらどう答えただろうかとこの三年繰り返してきた自問に添って答えながら、成る程、子供たちは確かに彼を一人にしないよう努めてくれていたのだと実感した。
シズナを亡くしてから崩れ落ちそうになるたび、必ず双子が騒ぎを起こしてイギサから考える時間を奪っていた。熱を出した夜は薬草や医者の手配に追われ、誰かと派手な喧嘩をした時は事情を聞くことに時間を取られ、右往左往している内に幾つもの夜が過ぎた。シズナを思い出しても立ち止まるほどの余裕がなく、そのおかげでどうにか彼女のない日々をやり過ごすことができたのだと知る。
(どっちが守られてたんだか……)
苦笑しながら子供たちの呈する疑問に答え続け、シズナが生きていたとしてどんな事態が起こっているのかについても深く考えられないまま冠暁に着いていた。馬車を降りた子供たちはふわあ、と歓声とも突かない声を上げて生まれて初めて見る外壁を指す。
「父さん、あれ見て、壁が囲んでる!」
「おっきーい。どこまで続いてるの?」
草匙しか知らない子供たちは、初めて見る町の姿に目を輝かせて尋ねてくる。そういえば彼にとっての町はずっとこうだったのだと懐かしく見上げ、これがあれば三年前の悲劇も防げたのだろうかと息苦しく考える。
「町全部、この壁が覆ってるの? どうして?」
「そんなの風が通らないよ。皆苦しくないの?」
外で遊んだりしないのと首を捻る子供たちに、イギサはふと息を吐いた。
「壁が取り囲んでるだけで、中は草匙とさほど変わらないよ」
「でも、こんなことになってて風はちゃんと吹いてる?」
「林がさ、ごおーって泣くの。ここだと聞こえないよ?」
どうしてこんなのがいるのと壁を叩きつつ疑問を重ねる双子に、草匙から出たがらなかったシズナの姿を見る。
彼女も、あの林を通り抜ける風の音を好んでいた。戦争が終わったのなら尚更、外壁など必要ないと繰り返された。自分の身を守るためでも? と意地悪く尋ねたイギサに、子供たちのためにもと笑顔で切り返されたのを思い出す。
双子はしばらく物珍しげに外壁を見回っていたが、イギサに促されて中に入ると圧迫するように取り囲んでいる外壁を内から見上げて、嫌そうに顔を顰めた。
「「やっぱりこんなのいらなーい」」
息苦しいよと同時に顔を顰めた双子に、そんな町しか知らなかったこの年代の自分が複雑な顔をする。これは彼らを守る物だと教えられてきたのに、ないまま今日まで過ごしてきた子供たちには自由を遮る箱庭の仕切りにしか見えないのか。
「こうして見ると、威圧感はあるけどな」
敵の侵攻を食い止めるためだ、分厚く頑丈であらねばならないと分かってはいるが。内より逃げようとする者を塞き止めるにも相応しく、閉塞感はある。早々と外壁に興味を失ったらしい子供たちは、両側からイギサの手を引く。
「ここで何するの?」
「買い物でもする?」
「いや、……ちょっとした用事だ」
「誰かと会うの?」
「どこに行くの?」
矢継ぎ早に尋ねてくる子供たちに、返せる答えはない。言葉に窮しつつ考えを巡らせ、ふと思い出したそれにしゃがんで視線を合わせる。
「ここは草匙にはない学校がある、見学しに行くか」
「がっこう、って」
「塾じゃなくて?」
学校の響きに興味を引かれた双子を見て、イギサもほっとする。行こう、見に行こうと子供たちに手を引かれて立ち上がり、学校の場所を調べてそちらに向かう。
明日は朝から見学を申し込んで二人を預け、その間に町を回ろうかと算段する。規模としては草匙と変わらない程度だ、一日あればある程度の目処はつけられるだろう。
シズナがいるか、いないか、明日には判明する──。
「父さん、何か皆こっちに来る」
「学校って、この先にあるの?」
「ん? ああ、ひょっとしてもう下校時間か」
物思いに沈む直前、双子の声で意識が逸れる。知らず落ちていた視線を上げると、双子と同年代か少し上らしい子供たちが明るい顔で学校らしき場所から出てくるのを見つける。
「ああ、どうやら帰るところみたいだな。明日は朝から見学させてもらえるように、頼んでみるか」
「何だ、そっかぁ」
残念と大人びて肩を竦めたフウカは、ざんねーんと同じように続けると思ったのに黙り込んでいるリクトに不審な顔をした。振り返るフウカにつられてイギサも窺うと、瞬きもしないで食い入るように一点を見据えたリクトがその場で固まっている。何があるのかと視線を辿るようにフウカが顔を巡らせ、イギサも同じく目を向ける。
「「おかあさーん!!」」
ただいまと声を張り上げて、双子らしい男女の子供が走っていく先。お帰りと柔らかく微笑み、腕を広げて迎える女性には見覚えがあった。呼びかけようとした瞬間、後ろから伸びてきた手に口を塞がれた。
何が起きたのかと確認する前にイギサの腕を引いていた双子の身体が持ち上げられたのを見て、頭に血が上る。
「落ち着け。ここで叫ぶな」
場所を変えると厳しい声が小さく耳を打ち、未だ口を塞いでいる手の主を確かめて言葉をなくす。
顔の半分を覆う闇色の眼帯。何より特徴的なそれは、姿形を確かめるまでもなく相手をヒズミと断定する。それでは双子は誰にと視線を揺らせば、身形だけは女性的に整えたチバが軽々と二人を抱えている。
「引くぞ」
低い隊長の言葉に重々しく頷いたチバは、先に立って走り出す。ようやくイギサから手を離したヒズミに向き直ると、来いと逆らい難く命じられて後に続く。
「隊長、……どうしてここに?」
「それはこちらの台詞だ。どうしてお前が子供たちまで連れて、こんなところにいる」
咎めるような厳しさで問われるが、答える気にはならない。チバが双子を抱えているからこそついて行かざるを得ないが、いきなり現れたヒズミに不審は隠し切れない。
ヒズミは走りながらちらりと視線を寄越したが、答えないことについて言及もしないままチバを追う。やがて細い裏路地の奥にひっそりと建つ古びた家に辿り着くと、ようやくチバが止まって双子を下ろした。途端、二人は縋るように振り返って突進してくる。
「っ、父さん……!」
「父さんも見たよね」
いきなり抱き上げられて連れ去られたことよりも、双子を襲っている衝撃は一つ。イギサの服を捕まえて激しく揺らし、泣き出しそうに縋ってくる。
「「お母さんがいた!」」
悲鳴みたいに揃えられた声で、イギサもあれが見間違いではなかったのだと噛み締める。けれどイギサが何か答える前に、違う、とヒズミが先に切り捨てた。
「あれは橘シズナではない」
「違わないもんっ!」
「お母さんだった!」
「違う」
「隊長、子供相手にそれじゃ駄目ですよう。……えーと、フウカちゃんにリクト君だっけ? お姉ちゃんがあっちで説明してあげるから、とりあえずお家に入ろっか」
身を屈めてにこりと笑ったチバに、お姉ちゃんって誰だと言いたげに不審な顔をした双子は、それでも説明するという言葉に揺れているのが分かる。
「チバ、」
「イギサもそんな怖い顔してないで。お茶くらいは用意するから、入んな」
話は部屋に入らないとしないよと目を眇めたチバが子供たちを促して入っていくのを見送り、イギサは残ったヒズミを睨むように見据えた。
「これはどういうことですか」
事と次第によっては誰が相手でも容赦はしないと怒りを露にすると、ヒズミは小さくない溜め息をついて無言のまま家に向かう。
「隊長!」
「死遣は既に解散した。私はもはや隊長ではない」
話があるのならば来いとだけ答えて足を止めないヒズミに拳を作ったイギサは、舌打ちをしたい気分でその後を追うしかなかった。




