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陸話 祓い屋

 葵が入った建物の中は、今となっては懐かしさを感じるような駄菓子や文具が並んでおり、随所の古びた雰囲気も合わせて、まるで昔ながらの駄菓子屋のようであった。


 店内には入ってきた葵以外に人らしき姿は居ない。商店街自体に人の気配が無かったのだから其れは当然であるのだが、そんな店内で葵は《《それ》》に出迎えられた。


 声が響く。しかし其れは葵のものではない。


「おや、もう札の補充かい」


「予想外なことが多くてね。支払いはどちらで済ませた方が良い?」


 棚の引き出しから白紙の札束を取り出しては淡々とその枚数を数える。数え終えた葵が古いレジスターを開けながらそう問いかける。

 端から見れば独り言のように見えるが、葵はその存在を認識した上で言葉を投げている。


「どちらでも構わないよ。どうせお客も限られているからねぇ」


「それじゃあ、《《妖銭》》の方で」


 そう言ってレジスターで料金を計算してから、表示された代金分を支払おうと鞄の中に手を入れる。そして取り出されたのは昔の銭に似たような貨幣だった。葵はそれを数枚取ってレジスターの中のそれ用のスペースに入れて会計を済ませる。


 葵が今使った妖銭は、その字で分かるように妖側の金銭である。妖側にも一応は金銭は存在する。全ての妖に流通しているかは怪しいが、集団で生活するような者たちの間ではお金の流れは存在する。

 簡単に言えば、日本人にとっての(ドル)(ポンド)など外国の金銭と同じような扱いである。使い慣れた人によっては価値がある場合も居れば、使い道のない人にとっては価値がないと判断する場合もあったりする。…何を言っているのだろうか。


「そうそう、今日来たのは補充が目的なだけじゃないの」


「おや、そうなのかい?」


「最近、此方の世界で色々と動いているらしいの。先日も襲撃されたし」


 会計を終えた葵は店の中を移動してから最近の出来事を一通り語り出した。

 その出来事には勿論、狼のようなものの行動や先の襲撃等が含まれている。その上で何かの影響なのかと気になり、最近で何か異変がなかったかと訊く。しかし原因に繋がるようなめぼしい答えが返ってくることはなかった。


「一体や二体、そっちに妖が流れているのはいつもの事じゃろう」


「確かにそうではあるけど…」


「まあ、葵を狙ったかのように動いていた奴は少し気になるがね。確認じゃが、お前さんはその二つは別件だと思うのじゃろ?」


「あくまで可能性としてはね」


 葵はどちらとも対峙している。それ故に様々な考えが浮かぶ。意思に繋がりが有るようにも思えれば、異なる存在によるものという見方も出来る。だが特徴から見ればやはり同じであるとは思えないでいた。


「それだけで結論を出すのは早合点かもしれんぞ。世間は意外と狭いと言うからのう」


 そう言うように、結論を出すのは早いかもしれない。

 対応は早いに越したことはないが、証拠が無いため、幾ら準備しようと的外れな可能性がある。順序を間違えれば被害も大きくなる。

 何より情報が足りない。


「じゃが気になるのは、後者じゃな」


 やはり引っかかったのは襲撃時の手段。

 直接的な攻撃手段は見方によっては共通していると言えなくもない。しかし其れ以外を見れば随所にかなりのズレが確認出来る。

 一度目の対峙は直接葵が狙われたという訳では無いという事もあってか敵は数で行動して攻めていた。其れに対して葵を直接狙ってきた二度目の対峙では数の優位という部分は同じでもその詳細が異なる。前者は始めから群れとなっていたのに対して後者は分裂という方法で後から数を変動させた。只の動物では無いという明確な証拠ではあるが、不可解な部分も多い。


「数の変動のぅ…。妖であるのは確かじゃが、分からぬ事が多い」


 随分と特徴的な要素に思えるが、正体を看破するには此れでは足りない。何せ分裂による数の変動といっても詳細によっては考え方が変わってくるのだ。そもそも相手の姿を直接見た訳ではなく、分裂という認識は葵が気配から察したに過ぎない。もしもそう認識させただけで実際には分裂ではなく分身だったりすれば正体の候補もまた変わってくる。


「その上、状況からして人払いの術を絡めてた可能性もある」


「ほぅ。じゃから別件の可能性か」


「他の人が対応した事も考えられるけれど、其れにしてははやすぎる」


 人払いは式神術などに比べればそう難しい技術ではない。だが普通の妖はまずしない。妖にとって人間というものは様々な意味を持つが、少なくとも気を遣うような必要性が無い。そういった事をするのは大抵人間側に寄り添う半妖のみであり、本能に身を任せるような妖なら尚更喰い潰すだろう。少なくとも、葵が一度目に対峙したような妖ならばわざわざ人払いをする必要性はない。


「確かに筋は通っておるかもしれぬ。じゃが、そうなると同一犯では無い事を願ってしまうのぅ。その方がまだ対処のしようがある」


「そういうつもりで言った訳ではないけど」


 仮に此処までに出た要素が一つの妖のものだった場合、少なくとも技術にも精通した存在という事になってしまい、葵だけでは対処しきれない可能性が出てくる。そんな強敵を相手にするぐらいなら別々の妖を順番に対処する方がまだ対処し易い。


「まあ、此方を標的にしてくれるのなら手掛かりの一つや二つ手に入れる事も出来るから、解明は次の機会ね」


「もう行くのかい?」


「あまり長居するのも悪いから」


「そうかい、また依頼があれば知らせるからのぅ」


 本来の目的は済ませていることもあり、葵はそそくさと店の入り口まで移動し、扉を引いて外へと出て行った。










「…あ、出てきましたね…」


「…やばい、隠れろ!…」


 古太郎、紫乃、神楽坂の三人が陰から見守っていた商店の扉が開き、中から葵が出て来た。三人はバレないように連なる建物の陰で息を潜めていると、葵は口元に手を添えて考える様な仕草を取りながら、陰で隠れる者に一切気付くことなく通り過ぎて行った。


「危ねえ…もう少しでバレるところだったな」


「今のはもう少し雑だったとしても音を立てなければバレなかったと思うけどね。さっき彼女は何かを考えていたように見えたし」


「言われてみれば、そう見えないことも無かったな……もしかして俺らのことバレてた?」


「だから、バレてたら素通りはないだろう」


 気付いていないが故の素通りなのである。

 だが三人は気になった。あの商店に入る前は悩んでいる素振りなどは無かったのに出てきたら周りに気付かない程に悩んでいる事に。もしかするとあの商店に悩みの種の原因、其れだけで無く、この場所についての謎があるのではないかと。


「……これは行ってみるしかないか」


「おいおい、まさか…!」


 古太郎は建物の陰から出ると、真っ直ぐに葵が出てきた商店の方へと近づき始めた。その足取りには恐れのようなものも微かに感じられるが好奇心の方が勝ったのだろう。他の二人もその後を追って揃って商店の正面へ。


 その商店は正面から改めて観察してみても古びた商店にしか見えない。昭和初期辺りが舞台のドラマのセットにでも使っていそうな雰囲気のある古さを感じる材質。台風でも来てしまえば倒壊するのでは無いかと思えそうな危うさを残しながらも不思議と倒れないと思えてしまう。


 果たしてこの中に一体何があるというのか。


「さて、(へび)が出るか(じゃ)が出るか…」


「それだと結果が蛇確定になってるぞ。こういう場合は【鬼が出るか蛇が出るか】だろ」


「正しく言っても、危なっかしいと思うけどな」


 その会話で緊張が解れたのか商店の扉に掛けた古太郎の手からは恐れは感じられなかった。ガラガラと、古い見た目の割に其処まで滑りは悪くない扉を引く。


 外観から受けた印象の割には建物の中は意外な程にきちんと整理された駄菓子屋であった。この辺りではあまり見かけないレベルの昔ながらの駄菓子屋。一部の者が見れば懐かしむだろう。


「あれ、誰も居ないのか?」


「随分と不用心だな。これだと万引きがあっても対応できないぞ」


 店の中は先程まで葵という客がいたとは思えない程に静かであった。それどころか店の者一人と其処には見当たらない。神楽坂が試しとばかりに棚に置かれていた商品らしきものを手に取ってみるが、店員が来るような気配はない。間違いなく無人であった。…だからと言って別に万引きをするつもりは無く、神楽坂はそのまま商品を元の場所に戻した。


「…本当に不用心だな」


「お、これ懐かしい。昔好きで食ってたなぁ」


「商品は偽物って訳ではないんだね。俺も知っている駄菓子が所々にある」


 店内の所々に並べられている商品に古太郎と神楽坂は懐かしんでいた。商品を確認してみれば昔の物が放置されている訳では無いようで、賞味期限が過ぎていない商品が並べられている。此処は形だけを真似ているのではなく、歴とした駄菓子屋で間違いないようだ。だがそうなれば店員が誰も居ない事が余計に目立つ。商品は補充されているのに肝心の店が機能していない。見る程に歪さが感じられる。


「こんなところで彼女は一体何をしていたんだ?」


「菓子を買いにきたってことはないよな…。それならわざわざ此処まで来なくても学校から少し行った辺りにも店はあるし…」


「表の看板に“(はら)()”と書かれていたのですが、それではないのですか?」


「何、祓い屋?」


 紫乃に言われて、二人は改めて外へ出て扉の上の方にある看板に目を向けた。一目では気付き辛い程に薄くなっていたが、其処には確かに"祓い屋"なる字が書かれていた。


「祓い屋…って何だ?」


「名前からすると祓うんだろう」


「こんな駄菓子屋で?」


「訊かれても分からないのだが」


 祓い屋、安直に考えれば幽霊でも祓う仕事なのだろう。仕事の詳細はどうあれ、何故そんな仕事がこんなどう見ても駄菓子屋な店で開かれている理由が二人には見当付かない。


「これは何でしょう?」


 古太郎と神楽坂が謎の名称について考えていると、店内を暢気に観察していた筈の紫乃がとある物を見つけていた。興味本位で持ち上げていたそれは木魚だった。しかし木魚にしては大きさや形が少々異なる。内装の材質等と合わせれば馴染まないことも無いが、駄菓子にあることが少し可笑しい気がする。


「木魚にしては…というか、変なものは触らない方が良いと思うぞ。意外とそういうものに何か仕込んでいたりしそうだし」


「…木魚にどう仕込むんだ…どう見ても中は空洞だぞ」


 そんな会話を二人がしている後ろで、紫乃は見た目よりも重みを感じる木魚を下から覗き込もうとした。

 すると―――


「わっ…!?」


「なんだ!?」


「やっぱり仕込んでたんじゃないか!」


 持ち上げた木魚から突然煙が噴き出し、紫乃は驚いてその木魚を手元から落とした。ゴトッという音が聞こえながらも煙は吹き出し続け、撒き散らされた煙はすぐに広くない店内を包む。

 古太郎と神楽坂はすぐさま入り口の戸を開いて、煙を外へと流れるようにした。煙は思ったよりも続かず、既に出されていた煙もすぐに外へと流れ、視界がクリアになっていく。


「けほっ、こほっ」


「何なんだよ、全く……」


 正常となった視界の中に先程は無かったものが映り込んでいた。

 煙の中に落ちた筈の木魚は見当たらず、代わりとばかりに落としたであろう場所に木魚に似たような、だけど明らかに違う《《者》》が其処には居た。


「確認なんだけど…俺の見間違いじゃないよな…?」


「…お使いの視野は正常だと思われます」


 混乱はしているものの冗談を言えるぐらいには冷静だった。それ故に其れが気のせいでは無いと頭が証明する。


「わっ」


 紫乃もようやく後ろに気付いた。

 煙が晴れると三人の前に、髭の生えた達磨のような顔の生物が居た。


「なんじゃ、ずっと儂を見おって」


「ぉおう!? 喋るのかよ!」


 先程までは確かに居なかった筈の生物の登場だけでも驚きであるが、其れが言葉まで話すとなると流石に驚きを隠しきれない古太郎たち。驚くのも無理は無い。その登場した生物であるが、見た目だけで言えば世界の何処かには居るかもしれないようなフォルムをしているが、こうもはっきりと言葉で意思疎通を図られると混乱が生じる。


「何だよお前は……何者なんだ」


「儂か? 儂は見ての通りじゃ」


「それで分かるか!」


 見た目は達磨だが達磨なわけがない。明らかに生きている。


「なんじゃ、今度の人の子は勘が悪いのぅ。

儂は木魚達磨。お主らに分かり易く言うならば妖怪じゃ」


「妖…」


「怪…?」


 その言葉を理解するのに少しの時間を要した。妖怪という言葉を知らない訳ではない。目の前の存在を納得するにはその言葉は便利だろう。だけど理解に時間を要したのは其れが科学の進んだ現代において現実的では無いから。


「いやいや、妖怪なんて本当に存在するとは思えない!」


「現にお主らの目の前に存在しておるじゃろ」


 神楽坂がそう言うと、木魚達磨と名乗った存在がほれほれと言わんばかりに自身を見せつけるように動く。


 未だに信じられない神楽坂に同意する事は今の古太郎にはできなかった。以前なら同じように現状を飲み込めずに騒いだり状況に突っ込みを入れていただろう。しかし古太郎は非現実的な事を既に体験している。信じられなくとも自然と受け入れてしまう。反応からして紫乃も同じだろう。


「多分本当なんだろうな。俺もそんな存在に襲われたこともあるし」


「私も、そういう存在が実際に存在するのなら納得できてしまう出来事がありました」


 自身の経験から納得した二人がそう言うと、マジかよとでも言いたそうな顔の神楽坂も渋々といった感じで状況を飲み込んだ。飲み込み切れていない様子であるが一人騒ぎ続けていては先に進まないと思ったのだろう。


 三人がそれぞれ飲み込めたところで、木魚達磨が「良いかの?」と本題へと移る。


「して、お主らはどういった用件で此処に来たんじゃ?」


「此処って何なんだ? というかこの辺りもなんか変な気がするし」


「此処は、《《儂らの世界でもあり、お主らの世界でもあり、しかしその逆でもある場所》》じゃ。そしてこの店は祓い屋。妖の問題専門を請け負う仕事じゃ」


「妖の問題…」


 木魚達磨からすれば当然の事であるため簡単に言っているが、三人からすれば引っかかりだらけの説明が飛んできた。簡単に処理するには規模が大きい。


 流石に自身では処理しきれず問い詰めようと口を開きかけた。しかし言葉が出るよりも先に割って入るように入り口からこの場に居る者ではない声が響いた。


「さっき煙が見えたけど何…か……」


 全員が声のする方へと顔を向けた。


 すると入り口に居たのは、戻って来た葵だった。





一度止まります。

蓄えが尽きました

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