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伍話 少年たちの尾行

「―――これでよし」


 呪符が貼られた物体が、葵の前で光となって夜に消えていく。

 周囲の気配を確認して何も無い事を認識してから葵は気を緩めた。



 学園内で襲撃を受けてから二、三日が経った夜。

 仕留め損なったとなれば再び現れると考えられたが、あの一件以降、直接的に狙ってくるような目立った動きも無ければ尻尾すらも現れてはいない。それ故に此れと言った支障もなく葵は普段通りの仕事を行なっていた。


 襲撃が無いのなら直近の問題とされるのはあの場に居合わせた紫乃であろう。葵自身も次の日にでも訊かれるだろうと少しばかり身構えていたが、タイミングの問題なのか遠慮しているのかは謎であるが、今のところ訊いてくる様子は無かった。葵がしれっと普段通りにしていた事も影響しているのだろう。


「あ、そろそろまた補充しないと」


 一仕事終えた後、葵は手持ちの呪符の残りに気付いてそう呟く。

 当人の予定としてはある程度は余裕をもって用意していた為普段の配分から考えて二週間程度は保つ筈だった。しかし直近の襲撃であったり予想外の出来事が多く、想定よりも消費が激しく残りも僅かになっていた。


 周囲に敵性は無い為、今日の消費はもう無いだろう。それ故にまだ急ぐこともない。使い方次第ではまだ保たせる事も可能である。

 とはいえ、先の事もある葵としては丁度いい機会であった。

 葵の仕事事情は最近の生活を考慮して依頼があれば報せを送ってくるようになっている。その為、補充の時ぐらいでしか《《向こう》》へ行く機会は無い。それ故にタイミングとしては丁度良かった。


 対策のことも有って明日にでも向かおうと決めると、葵はその場から引き上げることにした。






 そして次の日。

 その日に予定されていた全ての授業が終わり、時刻は夕暮れの下校時間。そのまま帰宅したり部活へと向かったり、周りが次々に教室を後にしていく中で、葵も少しの荷物を鞄の中に詰め込んで帰り支度を進めていた。


「烏真さん、じゃあね」


「はい、また明日」


 支度を進めながらも声をかけてくるクラスメイトたちを見送る。そして支度も終わって葵も帰ろうとした。もとい、行こうとした。


「烏真さん、何か急いでいるのですか?」


 いつものようにやってきた紫乃がそう訊いてきた。

 普段なら心配もあって途中まで共に行っているのに今日に限って葵が一人で行こうとした事が気になったのだろう。


「すみません、今日は行くところがあるので」


「そうなんですか? すみません、お邪魔して」


 そう言って紫乃は引き下がった。その態度が少しぎこちないようにも思えたが、葵からすれば彼女が一人で校門まで行けるのかという心配が過ぎって気付くことは無かった。

 葵は別れを告げてそそくさと教室から出て行く。普段とは違う展開であれど人間界の日常としては然程不思議の無い光景であろう。

 しかし、そんな平凡な光景を少し前からさも観察をするように見ている一人の男子が居た。


 その男子――鹿賀 古太郎は、男女で分かれている列や名前の順で近くに位置している為か、最近よく烏真葵という同級生のことを見ていた。言ってしまえば気になっていた。気になっていると言っても其れは異性に向ける様なものではない。寧ろその反対に近い、疑惑の眼差しだった。


「ふん……」


 古太郎が葵に向けている疑惑というのは、葵の正体についてだった。

 数日前に古太郎が経験した非現実的な事の中に出てきた少女。当時はよく見えなかったことに加え、日に日に記憶が薄れていっているせいで確信迄は持てないが、古太郎は記憶の中の影が葵に重なるような気がしていた。とはいえ、他人の空似ということも十分あり得る。記憶の影には決定的な身体的特徴が存在したが葵には其れが無くどう見ても普通の人間であった。それ故に見ているだけに留まっているということである。


「どうした、古太郎。帰らないのか?」


「…神楽坂か」


 一向に帰る様子を見せずぼーっとしている古太郎が気になって声をかけたのは、古太郎の一つ後ろの席である神楽坂であった。

 神楽坂は古太郎も思う程の爽やかフェイスである。それ故にモテると思われ易いが恋愛よりも男の友情を優先する結構良い奴である。付き合いが良いともいう。古太郎自身も実際に絡むまでは偏見があったが今はもうない。


「どうしたんだ? というか何処を見ているんだ」


「いや…少し気になってな」


「気になる…? あー、最近変に誰かを見ていたなと思っていたけど、さっきの烏真さんに気があるのか?」


 先程まで見ていて葵が居なくなると視線を手元に戻す一連の動きを見ていたからか、神楽坂はすぐにその名前を出した。そもそも最近の妙な視線を不思議に思って見ていたようだ。

 相手が相手だからか、その認識には変な誤解が生まれており、古太郎は神楽坂が向けてくる視線を鬱陶しく思った。


「そういうのじゃないって。あー、何て言えばいいんだろうな…」


 変に誤解をされていては面倒だからと理由を言おうかと古太郎は思ったが、如何説明したものか悩んでしまう。其れはそうであろう。言葉にするのは簡単でも、其れが非現実的となれば信じるのは難しい。仮に、彼女は人間じゃないかもしれないと言ったところで誰が信じるだろうか。言ったところで、お前は大丈夫かと言われるか、最悪批難されるのがオチだろう。


「この前、夜に見た気がするんだよ……なんか変な格好で居るのを」


 格好に関しては古太郎も覚えているが、説明しても信用されないだろうからと忘れた体で言う。


「変な格好ってどんな格好だ?……というか、何故君はそんな時間に外に居るんだ…」


「妹の我儘」


「…君も苦労しているんだな」


 似た経験でもあるのか同情の念を送る神楽坂であった。


「それにしても烏真さんか……彼女、未だに謎が多いんだよね。必要以上は関わらない節があると言うか、一線を画するというか…」


「その一線を画するは違うと思うぞ…?」


 古太郎はツッコミのような事をぼやく。


 神楽坂は謎が多いと言うが、未だも何もまだ数日しか経っていないのだから、逆に全てが判明している生徒の方が珍しいだろう。とはいえ同じクラスの中では群を抜いて葵が謎が多いというのは古太郎も思っている。


「紫乃ちゃん、一人で帰れる?」


「大丈夫ですよ」


 クラスに残っている紫乃が他のクラスメイトにも心配されていた。その会話が聞こえて古太郎は其方へと視線を向けた。


「(そう言えばあの子よく一緒に居るな)」


「あー、寿さん、少し聞きたいんだけど」


「はい? 何ですか神楽坂くん」


 似たようなことを神楽坂も思ったのか、帰ろうとしていた紫乃を呼び止めた。紫乃は呼ばれて二人の下へとやってくる。


「変なことを訊くけど、烏真さんってどんな人?」


 知りたい事ではあったものの、あまりにも隠す気のない直接的な質問に古太郎は少々呆れた。直接的であるが意図は悟られないだろうからと口は出さない。


「どんな人かですか? 良い人ですよ?」


 求めていたものでは無いが想像通りの返答であった。


 神楽坂はその後も質問を続けるが、疑いに繋がるような答えは得られなかった。変わった答えぐらいならあったが其れは質問自体が変わっていたので違う。それはそれで特に疑いもせずに答えた紫乃に若干の心配が湧く。

 此れと言って不思議の無い返答の数々であるが、その答えはどれも一定の距離感が存在しているものが多かった。仲が良くとも距離感を感じるのだから他人に訊くぐらいでは手掛かりは出てこないだろう。

 しかし、古太郎は返答の中の一部分が少し気になった。其れは答えではなく動作。答え自体は返ってはきたが其れが出る前に他とは違った言い淀んだ部分が存在した。あからさまに隠しているものがある。だけどこれ以上下手に口を割らせるのも無理だろう。


「…こうなったら尾行でもするか?」


「…もしもし警察ですか?」


「おい神楽坂やめろ。そんな定番ネタはいいから」


 このまま考えていても埒が明かないと古太郎はそう提案したが、微妙な顔をされた。とはいえ本気で呼ぶ訳では無く冗談半分だと察した古太郎はそのまま進めようとする。はっきりさせた方が諦めや切が付くからと思ったのだ。


「プライベートに突っ込みすぎるのはどうかと思うけど、確かに気になるね。少し時間は経ったけど今ならまだ間に合うか」


 やはり冗談だったようで、止めるどころか同行するつもりのようである。


「自分で言っておいて何だけど、そんな都合よく分かるとは限らないよな」


「自分でそれを言うのか」


「だから自分で言っておいてって言っただろ。

けどまぁ、自分で提案したことだし行くとするか」


 ずっと疑い続けるのも失礼になるため今回尾行して何も無ければそれはもう疑いも間違っていたとして諦めようと決めて、今ならまだ間に合うと二人は急いで追いかけることにした。


 高等部(に上がったばかりの)男子は元気なものである。というよりこの二人が無駄になのか、走り回ったり途中で上級生に怒られそうになったりしても、それ程疲れてはいなかった。古太郎に関しては実際に逃げたことがあるのでこれくらいで疲れていなくとも不思議ではないが。


「はぁ……はぁ……」


 そんな二人の背後から息が切れた声が聞こえる。


「神楽坂、一応訊くけどなんで連れて来た?」


「いや、あれだけ訊いておいて放っていくのもどうかと思って」


 街路樹などの遮蔽物になりそうなもので一応は隠れている二人の後ろには、紫乃の姿があった。古太郎はてっきり教室で別れたと思っていたのだが、神楽坂がどういうことか強引気味に連れてきたようだ。


「…そんなことより…」


「…そんなことって…」


「…変わった様子はあったかい?…」


 一応隠れているので小声で話す古太郎たちの視線の先には、幸いにもまだ近くに居た烏真 葵の姿があった。


 葵は此れと言って怪しい行動等はしていない。現段階で怪しいと言うならばその歩みが次第に人気の少ない方へと進んでいる事だろうか。道路を離れては車すら通れないような道を通ったり、こんな場所あったのかと思うような地域を通ったり。行くところがあるという話であったが、その歩みには急いでいる様子は感じられない。


「…こんな場所があったのか。暮らしていると言っても意外と知らないものだね…」


「…其れには同意するけど、やけに人が少なくねえか?…」


 古太郎は疑問に思った。

 この町は首都では無いが、其れに追い付けという位には人は賑わっている方だ。特に昔に開発が行われた学園周辺の地区はその傾向にある。しかし三人が現在居る場所は学園から十分程度歩いて辿り着く距離であるのに其程賑わいは感じられない。


「…また曲がった…」


「…そんなに入り組んでるのか?…」


「…というより、同じところを回っている気がするのだが…」


 一行の先にいる葵がまたも道を曲がった。少し前から同じところを回っているだけではないかと思えるぐらいに、同じような場所を曲がっては曲がりを繰り返している。そんなことを思っている内もまた曲がり、追いかけると先程と同じ風景が並んでいる。


「…もしかして迷ってる?…」


「…そんな馬鹿なって言いたいところだけど其れっぽいな。さっきから一向に景色に進展がないし…」


 現在の状況をみて、二人はそんな推論を述べる。第三者が見ればそう言う結論が出るのは当然だろう。


 だけどこれは決して迷っている訳ではない。


 葵にも理由はあった。


「(……何時までついて来るんだろう)」


 葵は後ろについて来ている存在に気付いていた。普段から気配を警戒している葵に取って気付くのは時間の問題であった。

 葵がその存在に気付いたのは少し前、目的地に向かおうとしていると何時迄も後ろに気配が留まっている事を察した。居るだけならば偶然という可能性も有ったが、進みに合わせるように動いていた事から偶然ではなく後を付けられていると判断した。とはいえ相手が妖では無いが故に誰が付いてきているかまでは特定していなかった。


「(流石に此れ以上ついて来られると向かうに向かえない。とは言っても、此処で置いていってもあの人たちが迷うだけ…)」


 事情とお人好しのジレンマ。

 興味本位程度で一般人にこちらに関わらせない方が良いという事と、此処まで自分についてきてしまった彼の者たちを放っていた後のことが気になって、如何したものかと考えてしまう。


「(…仕方ない)」


 葵は少し考えた後、予定を少し変えることにした。

 様子見で同じ場所をぐるぐるしていたのを止め、来た道を戻っていく。


 先程とは違う方向に動いたことに気付いて古太郎たちもついていく。葵はその動きを察しながら戻る道を選ぶ。


「…あれ? これ戻ってね?…」


「…やっぱり迷っていたのか…」


「…迷ってた割に戻るのはあっさり戻れるんだな…」


 道に迷っているのだから帰りも必然的に迷うと思っていた所に躊躇いなく戻っていっている事に、古太郎たちは少し怪しく思いながらも見失っては元も子もないとばかりに後を追う。


 気付かれているとも思わず後を追う事少し、一行は見知った道に迄戻ってきた。尾行をしたものの道に迷っただけかと一瞬気を抜く。抜いてしまった。視界から葵の姿が消えている事に気付くのに一瞬遅れる。


「あ―――まさか!?」


 古太郎はすぐさま後ろを振り返ると、通ってきた道の奥に先程まで前に居た筈の彼女の後ろ姿が見えた。「いつの間に!?」と言う言葉が出るよりも先に足は無意識に後ろへと走り出していた。後ろから「おいっ!」という驚いたような声が聞こえたが、それでも踏み出していた。



――その結果、気が付くと周囲は先程とは違った景色になっていた。



「何処だ此処…さっきはこんな場所じゃなかった筈じゃ…」


「待て古太郎。急に走り出してどうし……!? どうなっているんだ……!」


 紫乃を連れて追って来ていた神楽坂も、先程は無かった筈の景色を見て状況が掴めずにいた。それもそうだ。走り出したとはいえ其程距離を走っていなければ先程通った筈の道を少し戻っただけなのに、此処に別の景色が広がっていたのだから。


 一行の前には廃れた商店街が存在した。

 其処は人の気配がなく、まるで昔に迷い込んだような古い建物が立ち並び、その多くが閉まっている、ないし、無人だった。


「商店街…でしょうか? こんな場所が残っているとは知りませんでした」


「あ、居た!」


 無人の商店街の中に一つだけ人の気配が存在した。葵である。

 葵は無人の商店街に怖じ気づくような様子も無く、並んでいる中の一つの建物の中に躊躇いなく入っていく。


「あそこか…」


 一行はこの場所に多少の警戒をしながらも謎の手掛かりがあると踏んで、様子を見るために葵が入っていった建物に近付いていく。





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