表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

壱話 始まりの春

かなり前から案はあったにもかかわらず、能力的にすぐには書けずに、

カクヨムの方で短編を掲載してから1年と半年程……

ようやく書き始めましたことを此処に記します。



あ、初回なので無駄に長めにしています。

 天に煌めく満月が存在感を放ち、生活の光も届かず静寂に包まれた森。生物は寝静まり小鳥一羽たりと翼を動かしている音もない。そんな森で月の光に照らされる影が一つ。

 其れは木々の先端から先端へ、普通では不可能な距離を異様な動きで夜を駆ける。鳥では無い。しかし漆黒の翼を持ちしその者。


 其れは"妖"……。









 季節は春。並木道に植えられた桜が見事に咲き誇って風景を飾っている。時期的には丁度入学シーズンといった所だろう。それを示すようにとある場所では初々しさを感じさせる真新しい制服に身を包んだ少年少女たちが此れから過ごすであろう学園の校門をくぐる。


 この日、シーズンに漏れる事無く私立 文橿(ぶんきょう)学園でも入学式が行われようとしていた。この学園は通常の教育機関とは少し違うことで少しばかり世間に名を馳せている。それは学園の雰囲気であったり教員や学生の採用条件であったりと様々で、それ故に奇異な目で見られているのも事実であったりする。とはいえ、そんな評価を受けていても其れでも毎年入学希望者はそれなりに居る。それらは好奇心だったり単なる変わり者であったり、只近いからという理由では無い者が過半数を占めている。その理由はこの学園がどんな者でもある程度受け入れるという姿勢だからであろう。

 そして、そんな者たちが集い始めているこの学園の高等部では少し落ち着かない様子の者たちが居た。慣れぬ場所ならそのような者が居るのも当然。しかしその者たちは問題が生じたという訳でも無ければ慌てているという訳でも無く、ただ揃って同じ方向を見ていた。


「わぁ…綺麗な黒髪……」


「なぁ、あの子かわいくない?」


「あの子も新入生なのかな?」


 口々に言葉を漏らす新入生たち。その者たちの視線を集めながら歩いていたのは、真夜中のような漆黒の髪にすらりと伸びた手足の不思議な雰囲気を纏った少女だった。その黒い少女―――烏真(からすま) (あおい)も周りの者と同じく今年度の新入生の一人だ。

 葵は周りから様々な視線を向けられている事に然程気にした風もなく、張り出されている案内に従って目的地である体育館へと向かう。


 葵が体育館へと向かっているとその前方に何やら覚束ない足取りの少女が居た。少女は他の新入生の進行先を見てはその場でうろうろと行ったり来たりしていた。


「どうかしましたか?」


 行動を不審に思ったのか葵が声をかけると、その少女は葵に気が付いて近付いた。その少女は高校生女子平均より少し小さいぐらいの葵よりも小柄な姿をしていた。


「あの……共用体育館ってどちらの方向ですか?」


 その様子から想定出来た事だがやはり道に迷っていたようだった。其れは無理も無いだろう。この文橿学園には体育館に限らず幾つかの施設が複数存在するのである。それは初等部、中等部、高等部と複数を兼ねている学園だからこそそういう形となったのか、其れとも予備を控える必要があったのか、どちらにしろ、それらに加えて今回指定されている共用もあるのでとてもややこしい。

 ちなみに共用は講堂と呼び分けされていたりするようで、こういった場面では迷うこと無くその場所が指定される、と先程そんなことを言っている者が居た。


「貴女も新入生ですか?私も今向かっているので一緒に行きますか?」


「え、良いのですか?」


「はい」


「あ、ありがとうございます!」


 其処で葵は知ったが、彼女は極度の方向音痴のようで葵と出会う十分程前から彷徨っていたようだった。よく学校まで来れたなと葵は静かに思った。


「えっと……自己紹介がまだでしたね。私、寿(ことぶき) 紫乃(しの)って言います」


「私は烏真(からすま) (あおい)です」


「烏真…この辺りじゃ聞かない苗字ですね。他県から来たのですか?」


「えぇ、T県の方から」


「そうなのですか。どうして此方に?」


 軽い挨拶の流れからそのような質問に発展したが、葵は其処で一度止まって少し考えた。上手く説明出来る言葉を持ち合わせてはいなかったのだ。此の学園には変わった入学理由の生徒が多いが葵もある意味ではその例に漏れてはいないのである。


「……仕事の都合ですかね?」


「ご両親のですか?」


「まぁそんなところです……それより共用体育館の入り口は此方みたいですよ」


 葵は話を切り上げて紫乃を誘導する。

 仕事の都合、其れは間違ってはいない。だけど元からそれを説明するつもりもする理由も今の葵にはない。だから直ぐに話を切り替えて本題へと戻った。


 それから辿り着いた共用体育館に入ると、中は講堂と呼ばれているだけあって中々の広さがあり、其処には沢山のパイプ椅子が並べられていた。しかもその半分以上が既に生徒で埋まっていた。まだクラスが発表されていないため、新入生の席は自由であるが、それだと席に隙間が出来る可能性があるからか教員が講堂を訪れた者から順番に席に着かせているようだった。

 葵たちも席整理の教員に誘導されるままに椅子の列の端の方に座る。


「結構人が居ますね」


「中等部からの繰り上げも居るようですが、其れを除いても今年の新入生は何故かいつもより多いみたいですよ?」


「それは何故です?」


「さあ…?私も知らないのですが、噂だと生徒会長の影響って聞きましたけど」


「生徒会長の影響?そんなに凄い人なんですか?」


「其処までは流石に…。でもこの学校、少し変わっているらしいのでそれも関係があるかもしれませんね」


 少し変わっている、そう言った紫乃とは対照的にその最たる理由を知っている葵は特に追及することもなく話を受け流した。

 そんな雑談が終わる頃、丁度開始時間になって壇上に一人の老人が上がった。其れに気付いた新入生たちが自然と其方に視線を向ける。開始時間と共に壇上に上がった点から校長と思しきその老人は、見かけの割にはっきりとした声で話し始めた。


「えー、まずは新入生の諸君、ご入学おめでとう。本校は――」


 校長の話が長いのは良くある話で、この校長も例に漏れないタイプだった。

 入ったばかりの新入生たちの面倒臭がっている雰囲気を葵は感じ取った。何せ学校に関する説明から早くに世間話に切り替わって脱線したのだから仕方が無いだろう。壇上の端の方では同席している先輩方が堪えているようにも思える。


 そんな中で、同席者の内の一人は何事も無くそれを訊いているようだった。堪えているという様子を感じ無かったのだ。そしてその同席者は静かに立ち上がると校長の傍に移動して話を切り上げることを促した。生徒からしたらさぞ救いの手に思えた事だろう。本人からしたら本題が進まないからなのだろうが。

 促された校長が渋々話を終わらせて自分の椅子に戻ると、代わりにその促した少女がマイクの前に立った。

 その少女は雪とまではいかないが其程に色素が薄くて白い髪や肌、整った顔立ち、モデルのようなその立ち姿に新入生たちは目を奪われていた。隣の紫乃もその人に目を奪われていたが葵だけはその人物を見据えていた。


「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。

私は、数日前より生徒会長となりました白雪(しらゆき) せつです」


 生徒会長と名乗ったその女生徒は体育館内に集まった新入生を含めた生徒たちを見渡した。ただ見渡しているだけなのだが新入生たちは更に目を奪われていた。そして動かされる視線は葵の方を見ると止まり、優しく微笑んだ。するとどうだろう、外野が――


「あ、あのせつ様が、微笑んだ!?」


「「微笑みなさった!」」


 在学側としては余程の事だったのか皆驚きを隠せないでいた。其れを見た葵は何とも言えない気持ちを表に出さないようにしていた。なお、騒いだ外野は即座に黙らされていた。


「大体のことは校長先生が仰ったので私から言うことはほんの少しです。

学校は貴方たちにいろんなことを強いるかもしれません。

だけど私たちは貴方たちに強制はしません。

ですが、礼儀を守り、勉強を含めて今しか出来ないことを悔いの無いようにしてください。

私からは以上です」


 言いたい事は言ったとばかりに女生徒は話を切り上げた。すると各所から自然と拍手が生まれていた。拍手に送られながら女生徒が自分の席へと戻って行くと、入れ替わるように校長が戻ってきた。

 校長が戻ってきてまた長くなるのかと思われもしたがそんな事はなく、少しの話をしたのち閉式を宣言した。閉式された事で次へと段階が移って教員たちが新入生を外に案内し始めた。葵たち新入生はそれに従って次の場所に移動する。


「生徒会長、綺麗な人でしたね」


「そうね」


「あ、烏真さんも負けてませんよ!」


「別に張り合ってないですから大丈夫ですよ……それよりクラス分けは外みたいですよ、行きましょう」


 体育館の外に出ると外壁にクラス振り分けが書かれた大きな紙が貼られていた。中に入る前は無かったところから考えるに中で話をしている間に用意したのだろう。それ故、当然のように人が溢れかえっていても不思議は無く、葵たちは人混みが減るまで少し待つことにした。


 待つこと数分後…。体育館に残っている新入生は殆ど居ないだろう。


「減りませんね」


「新入生、結構いますからね」


「でも時間的にそろそろ行かないと…」


「葵」


 未だに消えぬ人集りに困っていると葵の下に澄んだ声が掛けられた。その声はつい先程も耳にした声であり、葵が振り返ると其処には先程生徒会長として壇上に立っていた白雪せつの姿があった。

 生徒会長の登場に気付いた新入生たちが「あの生徒会長だ」「美しい」などと口々に呟いている。その当人は真っ直ぐ葵に歩み寄る。


「せつ姉さん」


「大きくなったわね、此方にはいつ来たの?」


「えっと、数日前」


「そう、なら何か困ったときは遠慮なく言いなさい。出来る限りのことはするわ」


「ありがとうせつ姉さん。でも驚きました、せつ姉さんが生徒会長だなんて」


「去年に色々あってね。本当大変だったわ。

……ところで、ここで何してるの?」


「振り分け表の前が混んでるから少し待ってるの」


「そう? 空いてるわよ?」


 何事も無いかのように言ったその言葉の通り、出来ていた筈の人集りが初めから無かったかと思うぐらいに紙の前に空間が出来ていた。正確にはまだ少し人が居たのだが、生徒会長の登場で皆そちらに気を取られていたのだった。


「本当だ、それじゃあせつ姉さんまた後で。寿さん今のうちに行こう」


「あ、はい」


 周囲と同じく気を取られていた紫乃を連れて葵は貼り紙の前へと向かう。葵を見送った後に白雪せつは切り替えるように次へと行こうとしたが残っていた新入生たちに取り囲まれていた。しかし気が付くといつの間にか消えていたとか。


 後ろでそのような展開があった事など考えずに、紙の前が空いている内に自分のクラスを確認してしまおうと葵は視線を巡らせた。


「えっと、私は…」


「あ、ありましたよ!あそこに!」


 葵よりも先に紫乃が指差した。その方向には一組の振り分けが書かれておりその中に"烏真 葵"の名があった。そして二つ程下には紫乃の名前も存在した。どうやら同じクラスのようだ。


「同じクラスみたいですね」

「そうですね、それじゃあ早く行きましょうか」


 クラス振り分けの確認だけで結構な時間を費やした事も有り、二人は急いで教室へと向かうことにした。急いでと言っても余裕が無い訳ではなく道すがら当然といえば当然なのか、あの話題となった。


「それにしても驚きました。烏真さん、あの生徒会長さんとお知り合いだったのですか?」

「うん、まぁね」


 白雪せつは葵にとっては姉のような存在である。歳は一つ上で昔からよく交流があり、会うたびに何かと世話を焼かれていた。とはいえ其れは昔の話であり一時期葵が離れた場所に住んでいたので《《こちら》》でこうして会うのは久しぶりであったりする。


「おふたりが並んでいると何か絵のようでした」

「え、ありがとう」


 そんなこんなで二人が教室に着く頃にはもう殆どの生徒が集まっていた。というよりも葵たちが最後と考えるのが正しいだろう。

 どうやら席も決まっているようで黒板に簡単な図でそれぞれの席が記されていた。それに従い、葵は窓から二列目の後ろ側、紫乃は中央列の前側に座った。


 新入生は揃っていても担当に限らず教員が不在である為、直ぐに何かが始まると言う訳ではない。だからか皆自由に話し合ったりしていた。

 それから少し経ってようやく生徒とは違う人物が教室へと入ってきた。その人物は学生でも通りそうな程の低身長であるが見た目二十代前半ぐらいの気だるそうな女性であった。入室からの行動からしてどうやらその女性がこのクラスの担任のようであった。第一印象はとても担任らしくない程の気だるさだが。


「えー……このクラスを担当することになりました、二兎です…よろしグッ!?」


「「「……」」」


 二兎と名乗った担任が言葉に合わせて頭を下げるが、身長のこともあって前方の机でおでこを打っていた。その時、其れを見た皆が揃って思ったであろう、この人で大丈夫なのだろうか…と。


「……じゃぁ、私の事は言ったし…早速だけど…端から自己紹介していってくれる?…その間私は寝るから………zZZ」


「…ね…寝てる…ッ!」


 二兎は冗談でなく本当に寝始めた。

 先の為にも職務怠慢を報告した方が良いのだろうが立場上その報告をする相手がこの二兎なのである。どうしようもない。


「えっと…言った方がいいのかな? 俺は―――」


 此の状況に少々混乱しながらも、窓際に座っていた一人の生徒が率先して担任教師が最後に発した言葉の通りに自己紹介を始めた。一人が始めたのでその後も続いていくだろう。その間にも二兎は寝ている。何処からか枕を取り出してまで寝ていた。安眠である。起こすのが躊躇われるような顔で寝ていらっしゃる。その姿を見てクラス中は呆気に取られている人もいれば癒されている人もいた。良い寝顔なので癒されるのも分からなくもないと葵迄もが考えていると自己紹介の順番が回って来た。


 葵が立ち上がると教室のあちらこちらで「あの綺麗な子だ」「さっき生徒会長と親しそうに話してたの見た」などひそひそ声が生じた。目を引くという意味ではお互い目立つので目撃されていても不思議では無いだろう。だからか葵は特に気にせずに口を開く。


「烏真 葵です。以前はT県の方に居たのですが、こちらには一身上の都合で来ました。これからよろしくお願いします」


 一身上の都合というところで場が少しざわつきはしたが、特に言っておかねばならない事は無く、葵の順番は特に問題も無く終わった。しかし自己紹介はその後もまだまだ続く。そして紫乃に順番が回った。


「寿 紫乃と言います。人にはよく方向音痴と言われますが、そこまでではないと自分では思っています…あ、みなさんよろしくお願いします」


 言われるというより方向音痴そのものだと実際に体感した葵は心の中で思った。実は教室に来るまでも二度ほど葵が一緒に居たにも関わらずあらぬ方向に行こうとしていた。恐るべし方向音痴。


 その後も人によって盛り上がりはすれど特に問題も生じず、全員の自己紹介が終わった。やるべき事はやったので沈黙が訪れた。その全員の視線は当然の如く同じ場所を向いていた。

 クラス中が思った。『アレは起こすべきなのだろうか?』と。だけどそんなに悩む必要もなく、何かを感じ取ったように二兎が起きた。


「んぁ…終わった?……んじゃぁ時間もあるしこのまま…簡単なオリエンテーションでも……zZ」


 起きたと思ったのも束の間、また眠りへと入った。


「おーい」


「んぁ…じゃあ…ついておいで…」


 二兎が枕を抱きながら危ない足取りで教室を出て行く。一応言われただけあって皆もそれを追って出て行く。前を行く数人はハラハラしながら見守っている。葵も行こうとしたが、視界の端で紫乃が別の方向に行こうとしていた事が気になった。


「寿さん、そっちは逆ですよ」


「え!?」


「みんな向こうの階段から下に行きましたよ」


 早速あらぬ方向に行こうとした紫乃を誘導して葵が下の階に行くと先に行った筈の者たちが止まっていた。…二兎が壁に頭をぶつけていた。心配している雰囲気ではあるが、二兎の眠気が取れていない事から強く打った訳では無いのだろう。


「…この道を行ったところが…なんだっけ?食堂?でぇ…ここら辺が保健室?…この廊下の奥が…図書室だよね?」


「先生、殆ど疑問形なんですが…あと最後訊かないで下さい」


 あんなのでよく教師が出来るなぁと皆が思ったことだろう。

 そんな心配になるような説明を幾つか続いた頃。このオリエンテーションに意味はあるのだろうか、そんな空気が流れていると前方の教室の扉が開き一人の生徒が現れた。白雪せつだった。


「どうしました?…貴女は確か新任の…」


「二兎でぇす……zZ」


「寝ないでください。その様子を見るにオリエンテーション中ですか」


「うぃ」


「代わりましょうか?」


「…ぁぁ、いいの?じゃあ頼もうかな…私は教室で寝てるから…zZ」


 恐らく心配から出されたのであろう助け船に二兎は躊躇いなく乗っかり、其れから自分たちの教室へと一人で戻って行った。…と、思いきや途中の壁に引っかかっていた。


「さて、それじゃあ行きましょうか…何処まで回りましたか?」


「殆どまだ」


「では、一から行きましょうか」


 二兎が雑な説明だけをしていたので、葵たちのクラスは白雪せつの案内の下、校内の様々なところを一から改めて見て回った。他クラスの教室、職員室、図書室、食堂、屋上、etc.

 先程の大雑把の紹介の補足以上の、多分一年の間に利用するであろう基本以上のことも含めたオリエンテーションになった事だろう。それ故に全てを終えた頃には予定時間を越えて昼になっていた。


「「「生徒会長、ありがとうございました」」」


「いえいえ」


 自分のクラスのある階まで戻ってきた後、皆が白雪せつにお礼を言って自分たちのクラスへと戻っていく。それとは別でその場に残っていた葵は白雪せつに話しかけた。


「…せつ姉さん、こう言うのも何だけど……生徒会って意外と暇なんですか?」


「別に暇じゃないわ、新入生の案内のお手伝いも生徒会の仕事よ」


「そうなの?」


「そうよ、その証拠にこの後もまだ仕事があるのよ」


「…そういえば、なんで二兎先生あれで教員になれたの?」


 この際だからと葵は今一番の謎を問いかけた。他の学校なら絶対に不採用になるであろう人格の二兎が何故此処で教師として居るのかを。もしかしたら何か重大な理由でもあるのかと。しかし、答えは思いの外あっさりとしていた。


「…多分、都合がいいのよ。色々と」


 そう言い残して、白雪せつは生徒会があるのだろう方向へと去って行った。


 "都合がいい"―――当事者では無い故に回答としては雑とも思えるものだが、事情を知る者からすれば其れだけでも納得出来る。

 確かにあの人格なら《《一部の者》》にとってはその通りであろう。そういう理由でなら人選も悪くないのかもしれないが、曲がりなりにも此処が教育機関と言う事を選んだ者は忘れていそうである。


 何の話ですか?と言う紫乃の疑問をはぐらかしながら、葵は他の生徒と同じように教室へと戻っていく。


「zZ……んぁ?…あーお帰り…それじゃ…最後に…ちょろっと」


 全員が教室へと戻るとその騒がしさを察したのか、図ったように二兎が目を覚ました。その上で終わらせようとする。どうやら本日の予定はこれで終了のようだ。


「これから一年間一緒なんだけど…面倒事を起こすのはやめてね…。他には…えっと…明日から…本格的に授業が始まります…お弁当を…お忘れなく。あとは…睡眠はしっかり摂ろうね?…それじゃぁ…今日は解散…バイバイ……zZZ」


 言いたいことは言ったとばかりにすぐさま寝始める二兎。途中、生徒に向けての割に自分の為のお願いが交ざっていた気がするが敢えて誰も触れない。そんな二兎の事よりも放課後になった事の方に意識が向いているようで皆直ぐさま切り替えた。


 昼食を求めてすぐに帰る者もいれば、早速出来た友人と雑談をしている者もいる。葵は特に残る理由も無くすぐに帰る支度を始めた。

 ちなみに他のクラスは大体がもう下校していたりする。それもその筈である。本来なら午前中に大抵終わるであろう予定を越えているのだから。一組だけが遅いのは担当のこのローテンションとオリエンテーションで校内を回りに回ったためである。


「烏真さん、途中まで一緒に帰りませんか?」


「いいですよ」


 階段を下り、人が減って静かになった廊下を二人は進む。

 静かだったからなのだろう、紫乃がなにか話題を振らねばとでも言うような謎の使命感に駆られているような気配を葵は感じた。そんな事を考えていたらまた迷うのではと思いながら。


「あの、生徒会長さんは待たなくても良いのですか?」


「えぇ。別に用件も無いですし、せつ姉さんの方はまだ仕事があるらしいですから」


「そうなのですか」


 自身に割り振られた下駄箱を開いて靴を取り出して履き替える。物騒な事も有り場所によっては下駄箱に鍵を付けているところもあるらしいが、この学校は其処迄では無い。


 靴を履き替えた二人が校門に向かって歩いていると、校門の前に高級そうな黒い車が止まっていることに葵は気付いた。まるで此方が来る事を待っていたようなタイミングで車から一人の強面な男が降りてきた。その男は二人の居る方向を確認すると軽く頭を下げた。それに対するように葵の隣で何か動きがあるかと思えば、紫乃が会釈を返していた。どうやら紫乃の知り合いのようである。


「あの方はうちの執事なんです」


 それを聞いて葵はいくつか納得した。それと同時に驚きもした。

 どうやら紫乃は世間一般で言うところのお嬢様であるという事。極度の方向音痴の紫乃が学校まで来られたのはあの執事が学校まで送ってきたから。先程途中までと言ったのは迎えが待っているから。紫乃の礼儀正しさを感じる性格や口調は家柄だったという事。


「藤堂さん、ご紹介します。こちらが烏真 葵さんです。今日は何度も助けて頂きました。

烏真さん、こちらがうちに使える執事の藤堂さんです」


「それはそれは、お嬢様がお世話になりました」


「あ、いえ、こちらこそ」


 藤堂と呼ばれた執事はその顔とは裏腹に礼儀正しい態度で感謝を示した。それに葵は面食らいながらも其れを悟らせないように会釈で返す。


「それではお嬢様、お乗りください」


「はい、…あ、烏真さんもお送りしましょうか?」


「いえ、大丈夫です」


「そうですか。ではまた明日」


「あ、はい、また明日」


 そう言って紫乃を乗せた車は走り去っていった。

 こういう事は本当にあるんだなと、思いながら一人残された葵は帰路についた。





 葵の自宅は学校から三十分程歩いた場所にある三階建てのアパートだった。そのアパートの三階の一番奥が葵の部屋となっている。学校からは其れなりの距離があるが当人としては特に気にしてはいない。


 葵が自分の部屋に入るために鞄から鍵を取り出そうとしていると、呼び止める様な声が耳に届いた。呼び止めたのは隣の部屋に住む女性であった。同じく帰ってきたところのようだ。


「貴女が新しく来た隣人かしら?」


「はい。初めまして烏真です。少しばたばたしていて挨拶が遅れました」


「木下です。こちらこそごめんなさい。少し家を空けていて。それにしても隣人がこんな可愛らしい子だなんてね。高校生くらいかしら?」


「はい、この春から」


「歳も近いみたいだし仲良くしましょう?」


「あ、はい」


 隣人はふわふわした雰囲気と優しげな印象の人物だった。歳が近いということは年下という事はまず無いだろうから大学生くらいなのだろう。いずれ機会があれば知れるだろう。

 隣人と言葉を交わした後、葵は自分の部屋に入って鞄を置き、少し遅れはしたが昼食の準備に取り掛かった。



 その日の夜。

 葵は自室で一人、眼鏡をかけて黙々と机に置かれた短冊のような紙に一枚一枚文字と思しきものを書いていた。その枚数は一枚や二枚ではない。集中しながら熟していく此れは必要なことであり、習字などでも学校の宿題ではなく、《《仕事》》の為の作業である。


「…今日はこれくらいでいいかな」


 ある程度の数を書き終えたところで作業を止めて少し伸びをする。ずっと同じ体勢で居た為か、軽くといえど動く度に身体からは小さな音が鳴った。

 それから書き終えた紙束を綺麗に纏めると立ち上がり、空気の入れ替えの為にベランダの戸を開く。


 瞬間、葵は何かを感じ取ったように表情を変えた。


「集中して気が付かなかったけど…此れは…」


 戸を開いたまま、葵は纏めたばかりの紙束を拾い上げる。


「早速使うことになりそう…」


 すると、葵はベランダから飛び出して闇夜へと消えて行った。


 消えた後の部屋には黒い羽根が残されていた。






投稿をしましたが、続きはまだ数話しか出来ていないので更新は不定期です。

せめて1章ぐらいは書き終えたい…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ