八章:移動中の雑談
「そういや、俺らお互いの事、全然知らないよな」
ノイス村を出発したリークとキィルはとりあえずノイス村から一番近い街であるムツルトに向かう事にして着くまでの間、改めて自己紹介することにした。
「キィル・デュラン、17歳、旅の傭兵だ」
「リーク・シルフィード、15歳、旅の…………村人だ」
「旅の村人って、そりゃ単なる旅人だ。 おまえ路銀はどうすんだ?」
キィルは笑いを堪える様にしながら聞いた。リークは肩に担いでいた荷袋から小さな布袋を取り出した。
「とりあえず、今までで貯めてきた分のお金でしばらくは何とかなるかと思ってるんだけど」
「貯めたお金っていくらあんの?」
「…………二千エキュルぐらい」
「二千か〜、二月もつかどうかってところか、 無くなったらどうする気だ?」
「魔物退治ってのはどうかな?」
「リークぐらいの強さならそれが妥当だな」
そこでキィルは何かを思い出したかのように隣を歩くリークの顔を覗き込んだ。
「お前って魔人なのか?」
「魔人?」
「あぁ、15人相手に掠り傷で済ますなんて、歴戦の戦士か一流の魔法師、もしくは魔人じゃないと有り得ないからな」
「魔人って何だ?」
リークは自分の事を魔人というわけのわからないものにされて、少し不機嫌そうな顔をした。
「知らないのか、こんな辺境の村にいたんじゃ無理ないか、実は俺も魔人なんだがな」
キィルはそう呟くと背負っていた戦斧を握った。
「人の体の中を血のように巡っている力を魔力っていうよな? その魔力を外に放出し、特殊な呪文と呪式で魔法に変える者を魔法師といい、魔力を身体の中に留めて身体能力上昇に使う者を魔人という」
キィルは先生口調で話す。
「前者は意識してやらないとダメだが後者は常に無意識にやっている。 だから、お前みたいに自分が魔人だって気付かないやつもいるらしい。魔法師は魔力を操っているから魔力に敏感で普通の人と魔人の区別がつくって話だ。 逆に魔人は身体が魔力で溢れてるから他人の魔力には鈍感、おまけに魔力が身体に染み付いてるから魔法師みたいに放出して魔法を使えない。魔法師は魔力があれば誰でもなれるが、魔人は先天的で後からなれるもんじゃない」
キィルは得意げに語っている。リークもそれに感心するように聞き入っていた。
「魔人は非常に珍しく、意味のあまりないやつもいるんだ。せっかく魔人に生まれても潜在魔力が低くて身体能力が少ししか上昇しないやつとかな、俺の場合、バランスが力に偏っているんだ」
キィルは片手に持ってた戦斧を真上へ軽々しく放り投げ、回転する戦斧を臆することなく片手で掴み取る。大重量の戦斧をまるで木の棒のように扱うキィルにリークは、おぅと感嘆の声を洩らす。キィルはますます調子に乗り出した。
「これは最近分かった事なんだが、魔人は少しだけ遺伝性があるらしんだ」
感嘆していたリークは目尻を吊り上げて表情を急に険しくした。しかし、調子に乗ったキィルはその事に気がつかない。
「それを聞いて俺の母も魔人だったのを思い出して、なるほどって思ったっけ。 リーク、お前はどうだったんだ? …………ぁ」
そこでようやくキィルはリークの表情に気付いた。自分が調子に乗って余計な事を聞いてしまっていることを悟ったキィルは慌てて言い直そうとしたが、
「………アイツだな………」
リークは聞いた者の背筋を凍らせるほどの低い声で呟く。
「………ア、アイツ?」
「……父親だ、父親が魔人なんだろうよ」
「えっ? 確か父親のことは知らないんじゃ?」
疑問を口にするキィルにリークは視線を向け、仕方がないといった感じで、フゥと息を吐いた。
「この前は会ったばかりだったからいちいち言う必要がないと思っていたけど、当分一緒に旅をするなら言うべきだろうな、 俺がなんで旅に出ようと思っていたか」
「父親と旅は関係あるって事か?」
キィルの推理にリークは、あぁと同意を示した。そして再び目を細めて憎々しげに口を開いた。
「俺の旅の目的は…………復讐だ」
「……………………」
キィルは絶句していた。少し目つきは悪いものの、心優しき少年だと確信していたリークの口から復讐なんて言葉が出てくるとは思っていなかったのだ。
「ふ、復讐? ………い、いったいどうして?」
キィルはかすれ気味の声でなんとか疑問を口にした。明らかに動揺しているキィルを横目に捉えつつ、なおもリークは低い声で続ける。
「アイツは母さんを捨てたんだ。母さんはあんなにアイツのことを思っていたのに……… キィル、お前黒髪を持っている人を俺以外に知らないか?」
突然の問いにキィルはすぐに応えることができなかったが、なんとか動揺を抑え込み応えた。
「……いや、知り合いに黒髪なんて珍しい色を持った奴はリークが初めてだ」
「知り合いじゃなくていい、黒髪と聞いて思い当たる奴は?」
「そりゃ、黒髪っていえばこの国の大英雄『黒神将ハザード』が有名だが、…………まさか?」
キィルは一つの可能性を考えて、目を見開く。リークはその考えに同意するかのように小さく頷く。
「そうだよ、俺の父親はその黒神将さまだよ。 母を捨てたような奴が世界では大英雄と誉め称えられている、俺はそれが許せない。アイツは人に称えられるようなやつじゃない」
リークは拳を震えるほど強く握り締めていた。
「…………それで復讐か、…………殺すのか?」
ためらいながらも大事なことを聞くキィル。
「いや、アイツには殺す価値もない。 この手で打倒して母の墓前で謝罪させる。それが俺の目的だ」
「………そうか」
それを聞いたキィルは安心していた。私怨による殺しはどこの国でも禁止されているので、もし復讐で殺してしまったら、リークは犯罪者になってしまう。それを許してしまったらキィルはノイス村のシオンに合わす顔がないのだ。
「それをノイス村の人達は知っているのか?」
「知っている。 だが、誰も俺が黒神将の息子だとは信じなかった、 俺の居た場所が王都の城下町だったら話は違ったと思うが、こんな辺境に大英雄の息子が細々と住んでいるはずがないと考えたんだろう」
「勘違い少年が我が国の大英雄を倒そうと考えている、 そりゃ村人はいい顔しないだろうな、 そもそもノイス村みたいなところは村を出ようとする者を快く思わないしな」
キィルはリークに対する村人たちの態度に納得したようにうなずく。リークはキィルをジロリと睨みつける。
「お前も信じないのか? 俺が黒神将の息子であることを」
「いや? 俺は天然の黒髪がどれだけ珍しいか、旅をしてきたからよく分かってるからな、 それにお前はそんなウソをつくようなやつじゃない」
そう言ってキィルはリークに笑顔を向けた。その笑顔にリークは毒気を抜かれたような表情を浮かべた。
「お前で二人目だよ、俺を信じてくれたのは」
「一人目はシオンちゃんだな?」
キィルの快活の良い笑顔が、なにやらいやらしいニヤニヤした笑みへと変わった。それにリークは少し困ったような苦笑をする。
「そうだ、シオンは信じてくれた、でもそのせいで村の男達からは余計に嫌われることになったんだけどね」
「なるほど〜、シオンちゃん可愛かったもんな」
「信じてくれたのは嬉しかったが、まさか、好かれるとは思わなかったな」
その言葉にキィルは意外そうな視線をリークに向ける。
「えっ 気付いてたのか、 じゃあシオンちゃんに最後の言葉を告げるときにシオンちゃんがお前に何を期待していたか分かってたのか?」
キィルは視線を非難するような色に変える。リークはそれにため息をついた。
「俺はそんなに鈍くないつもりだ。 …………俺はシオンを妹のように思っているが、女として見た事はない。 なにより今は復讐が最優先だ、女にうつつを抜かしている場合じゃない」
リークの言葉には一片の曇りもなかった。心の底からそう思っているのがキィルに伝わってくる。
「ふむ、シオンちゃんも厄介な相手に惚れたもんだ」
しみじみとキィルはつぶやいた。
「まったくだ。 だが、三年も離れていればきっと他に好きな奴ができるはずだから大丈夫だろ」
「リーク、お前は愛の奥深さを知らないなぁ、愛に時間は関係ないぜ?」
「……少なくともシオンは大丈夫だ。 俺にその気がないことは近くにいたあいつが一番分かっているはずだからな」
リークの瞳には寂しさが少しだけ映っていた。キィルはそれに、そうかぁと感慨深く答えるだけだった。そして小さく
「本当に愛には時間なんて関係ないぜ」
と言った。