一章:金髪と黒髪
金髪の少年と銀髪の少女が一緒に森の中を歩いていた。
歩きにくい地面に四苦八苦している少女の手を引っ張って、少年が先導している。時々振り返る少年の顔は、これから行く場所に対する好奇心で満たされていた。元気溢れるその顔は、意外に整っていて、将来はなかなかの美丈夫になることが予測できる。今、少年の澄んだ藍色の双瞳は、一緒に歩く銀髪の少女に向けられていた。
頭に赤のバンダナをして、肩まである輝く銀髪を揺らしながら歩いている少女は、エメラルドのような翠色の瞳を歩行困難な地面へと向けていて、少年がその目鼻の整った可愛らしい顔を、ジーーと見つめていることにすぐには気付かなかった。
自分の顔を少年が見つめていたことに気付いた少女は口を尖らせながら頬を赤らめて、文句を口にする。文句を聞いた少年はそれに答えた後、大声で笑い出した。それを見た少女も、一瞬目を丸くした後に、口に手を当てて小さく笑い出した。二人の明るい笑い声が静寂な森に心地よく響きわたる。
そんなまだ7,8歳くらいだと思われる微笑ましい二人に視線を向けている青年がすぐ近くに立っていた。
別に隠れているわけではない。二人と青年の間には何も遮る物などなかった。しかし、二人は少年に気付いた様子はない。その理由を青年は知っていた。
――これは夢だ――
青年は確信していた。なぜなら、あの金髪の少年は昔の彼自身であるからだ。現実の彼は今年で17になる。この夢は彼の10年前の出来事を忠実になぞっていくのだ。青年はもう何度も同じような夢を見てきた。青年は悔しさに満ちた瞳で二人の子供が森の奥へと歩いて行くのを見つめる。
――あの二人がこのままこの先へ行けば、また、あの惨劇がおこる…………そして俺は決して許されない過ちを犯すことになる――
青年は俯いて二人の子供から視線を逸らした。青年のその姿は、これ以上こんなものを見ていたくはない、と物語っていた。
そこで突然、辺りが光に包まれだした。思いが通じたのか、夢が終わる知らせだった。
「………う、ん…………」
青年は目を覚ました。
「……? 確か、草原で眠ったはずなんだけど、ここは……家の中か?」
青年は木製のベッドの上に寝かされていた。青年は周りを見渡しながら、身の回りをチェックした。
――どこかの部屋の中か―――身体に異変はないな――
青年がそう考えた、その時、部屋にある木製のドアが開いた。青年が目を向けると、そこには十代前半くらいの茶髪の少女が立っていた。
その少女は青年の姿を見ると、目を見開いて驚いた。危うく、その手に持っていた料理を落とすところだったが、そんな失態はなんとか免れたようだった。ほぅ、と安堵の息を吐くと、青年に顔を向け直して微笑んだ。
「ごめんなさい、まさかこんなに早く目を覚ますなんて思わなかったから」
会って早々、失態を見られてしまいその羞恥からか、頬を少し赤く染めながら少女は話す。その言葉を聞いて、青年は身の危険の心配はいらないと悟り、若干固くしていた肩の力を抜いた。
「いや、気にしなくていい。旅の最中に眠気で倒れることに比べれば、大したことじゃないさ」
青年のその言葉には少しだけ自分を咎める響きが含まれていた。少女はその事には気づくことなく、話した。
「えっ! 寝てたんですか? てっきり空腹で倒れてたのかと思ってました」
少女は自分の持っている料理に目を向けた。
「じゃあ、余計なことをしてしまったようですね………リークの言うとおりだったみたいね」
最後の方は、ボソッと青年には聞こえないように呟くように言った。それを聞いた青年は慌てた。
「余計なことなんて、とんでもない! あのまま寝ていたら、おそらく風邪ひいてたよ。 助かった、ありがとう。 それに空腹も倒れた原因の一つだし あぁ〜腹減ったな〜」
青年のそんな物言いに、少女は目を丸くした。そして、クスッとすこし微笑む。
「いえいえ、どういたしまして。 良かったらこれ、食べてください。味は保証しますよ?」
「ありがたく頂戴しよう」
青年も小さく微笑みながら答えると少女は部屋の中央にあった机の上に料理を次々と置いていく。
「そういえば、リークとは誰のことだい?」
青年は机に置かれたおいしそうな料理に目を輝かせ、料理に手を伸ばしながら、問う。
「さっきの呟き、聞こえてたんですか。 リークは私の兄のような人です。 あなたをここまで運んできたのもリークですし、そもそもここはリークの家なんですよ」
「へぇ そうなんだ。……君の名前、まだ聞いていないよね? おしえてくれないか? 俺はキィルっていうんだ。 キィル・デュラン」
キィルは料理を口に運びながら、問う。
「キィルさんですか 私はシオン、シオン・トゥルクォスです。 …………あれ? もう全部食べたんですか! は、はやいですね……」
ふと、シオンが机に目を向けるといつの間にかすべての食器が空になっていた。といっても、パン二つに野菜スープと少量のサラダという大した量でもないのだが、それでもかなりの早さである。
「食器、洗ってきますね。 キィルさんは休んでいてください」
「いやぁぁ うまかったよ。シオンちゃんは料理が上手なんだね」
満面の笑みを浮かべて、キィルが褒める。 すると、
「つくったの 私じゃないんですけどね」
えっ!? とキィルが聞き返す前にシオンは部屋を出て行ってしまった。残されたキィルは少しの間、呆然としていたがしばらくして真顔になると視線を窓の外に向けた。そこには一人の少年が立っていた。
漆黒の髪とすべての光を飲み込むような黒き瞳を携えた少年だった。年は先程の少女より少し上と思われた。少年はキィルを半目で睨んでいた。警戒と疑惑が入り混じる視線がキィルに突き刺さる。
キィルは窓を開けて、少年と向かい合った。
「……お前がリークか?」
「そうだ」
少年――リークは呟くように答える。
「で、おれを睨むのはあれか? 大事な妹に悪い虫がつかないようにってやつか?」
「だったら?」
………………………
二人の間に剣呑な雰囲気が漂う。