十三章:噴水と共に始まる旅
「話を聞いてくれるんじゃなかったんですか!」
騎士の詰め所に辿り着いたリークは詰め所の扉を開け中に入ろうとしたのだったが、中からソフィアの声が聞こえてきたので扉から離れ、隣の窓から耳を澄ませて中の様子を窺う事にした。
「リークが街を守った事について詳しく聞きたいっていうからついてきたのに、そんな事はどうでもいいってどういう意味です?」
ソフィアの困惑と微かな義憤の宿った声がリークの耳に届く。それに対して少し苛立ちげな空気を醸し出している数人の男達の姿をリークの眼が捉えた。
「君はあの小僧に騙されているんだ、だからあんな法螺吹き小僧のことなんか忘れた方がいい」
リークは法螺吹き小僧という言葉にノイス村での事を思い出し、拳を強く握り締める。
「そ、そんな……」
ショックを受けたかのようにソフィアはうつむき黙り込んだ。その沈黙を、小僧に騙されたことの衝撃によるものと判断した騎士隊長は口調を優しげなものに変え、微笑みながらソフィアに語りかける。
「君のような美しく可憐な女性には、私のような本当に逞しい男がふさわしい」
ゆっくりとソフィアに向かって歩み出す騎士隊長。
「……どうして?……」
「ん?」
ソフィアの微かな呟きに騎士隊長は歩みを止め、顔には微笑みを浮かべたまま首を少しだけ傾けた。
ソフィアはうつむかせていた顔を上げ、キッと騎士隊長を睨み付けた。
「どうして決めつけたりするの!? あなた達に何が分かるのよ!!」
いきなりの大声に騎士隊長はもちろん、他の隊員も外で中の様子を窺っていたリークさえ驚きで眼を見開いた。特にリークは短い付き合いながらもソフィアの性格を知っているだけにその驚きは大きかった。
「な、なんで、あんなに拘るんだ? あの戦いに」
リークには理解できなかった。
オオカミの魔物はそこそこ手強いものではあったものの、リークにしてみれば命を懸けるというほどの相手ではなかった。
結果的にはその油断がリークを瀕死へと導いたわけだが、もし両手剣が折れなければ、リークにはほぼ無傷で勝利していたと断言できる自信があった。
軽く腕試しのつもりで挑んだ戦いで油断により瀕死、リークにとっては恥ずべき戦いであり、できれば誰にも知られたくない、それがリークの考えだった。
だからこそ、リークには理解できなかった。何故そんなにもソフィアがあの戦いを話したがるのかを。
ソフィアにとって森の外は好奇心の対象であり、それと同じくらいの恐怖心の対象でもあった。それはソフィアの父が生前によく、外の世界は腐っている、と言っていたのが原因であった。
しかし、父を失って一人となったソフィアは毎日、寂しさと恐怖心の葛藤の中で悩んでいた。そんなソフィアの背中を後押ししたのはホリムの街の方角で上がった煙の存在であった。
森の出口に近づいたソフィアはそこで闘っていた黒髪の少年に感動を覚えた。
ソフィアから見た自分とあまり歳の変わらない少年はあまり強そうには見えなかった。しかし、そんな少年は自分の命を懸けて街を守ろうとしていた。そして、最後は相討ちになりながらも街を守って見せた。
自分の家に運び治療を終えて眠っている黒髪の少年を傍らで見つめながら、ソフィアは自分の中で森の外に対する恐怖心が薄れていくのを感じた。
――こんな素晴らしい人がいる外の世界が腐っているわけがない――
ソフィアの、父を失ってから影の在り続けた表情に久方振りの微笑みが浮かんだ。
「どうして決めつけたりするの!? あなた達に何が分かるのよ!!」
ソフィアは悔しかった。自分に溢れんばかりの感動をくれたリークの行動を話も聞かずに否定されたことが。
ソフィアは悲しかった。父の言っていたことが本当かもしれないと考えてしまった事が。
「もういい!! あなた達にはリークの素晴らしさは分からない!!」
ソフィアは瞳に涙を溜めながら、騎士隊長の横を通り抜けて出口の扉へと歩き出す。しかし、騎士隊長の後ろで控えていた隊員の一人がそれを遮るように扉の前に立った。ソフィアが困惑の表情を隊員に向けるが、隊員はそれを横目で眺めながら軽薄な笑みを浮かべてソフィアの言葉に固まっている騎士隊長に話しかけた。
「たいちょう〜、振られちゃいましたね。 もう正攻法は無理みたいっすよ? どうしちゃいます?」
ソフィアは溜まっていた涙を片手で拭いながら、
――振ったってなんだろう?――
と、思っていた。
騎士隊長のリークに対する侮辱の言葉に怒り心頭だったソフィアは、その後の騎士隊長の告白を聞いていなかったのだ。
騎士隊長はゆっくりと振り返った。その顔には歪んだ笑みが張り付いていた。
「仕方がないな、是非とも正当な付き合いをしたかったのだがな」
低い声で話しだす騎士隊長に振り返り、その歪んだ笑みに気付いて困惑の表情を深めるソフィア。
「まったく、あの小僧はどうやって誑し込んだのやら、ベタ惚れではないか」
「っ!?」
騎士隊長の口から出た、ベタ惚れ、という言葉に目を丸くし、顔を真っ赤にしてうつむき
「そ、そういうわけでは」
と、呟くソフィアの反応に周りの隊員達は本気で苛立ったようであった。
「たいちょう、振られたら俺達の自由にしてもいいんでしたよね〜?」
額に青筋を立てながらもソフィアのスタイルの良い身体を眺めて舌なめずりをする隊員に悪寒を走らせたソフィアは扉の前に立つ隊員を無理矢理どかせて退室しようとしたのだったが
「おっと〜、逃がさないぜ〜」
扉の前に立つ隊員は扉にもたれ掛かってソフィアを外へ出さないようにしようとした。
結果として隊員は急に内側へと開かれた扉によって吹き飛ばされる事となった。
「いくらなんでも腐り過ぎだろ」
勢いよく開かれた扉の外に立っていた黒髪の少年は、詰め所の中にいる男達を見つめながら呆れる様に毒づいた。
「まあ、騎士団の頂点である将軍が腐ってたら、騎士団も腐るか……」
「リーク!」
詰め所に入ってきた黒髪の少年の名をソフィアは嬉しそうに呼んだ。
リークは騎士隊長と隊員達に警戒しながら、ソフィアの元まで進む。
「痛っ、クソガキがぁ、なにしやがる!!」
扉によって吹き飛ばされた隊員が怒鳴り散らしながら、開いたままだった扉を足蹴にして乱暴に閉めた。
「てめぇ、ぶち殺す!! 罪状は反逆罪だ!!」
吹き飛ばされた時に打ったらしい脇腹を片手で擦りながら隊員は腰に帯刀していたサーベルを抜き、その矛先をリークへと向けた。
サーベルを向けられたリークはソフィアと共に隊員のいない壁の方へと寄る。
ソフィアを背に庇いながら背負っていた大剣の柄を握った。が、なにか躊躇う様な素振りを見せ、リークは剣を抜こうとしない。
それを見た騎士隊長は嘲笑と共に自身のサーベルを抜き、他の隊員達にも抜刀を命じて、リーク達を扇状の陣形で囲む。
「ハハッ、人を斬るのが怖いか? そんなことでは自分の女一人、守れはせんぞ!!」
リークは悔しそうに歯軋りをする。
その時、リークは背後から不思議な気配のようなものを感じて、隙ができるのにも構わずに振り向いた。
「……ぇ?」
ソフィアの姿が見えなかった。正確にはソフィアとリークの間には、直径一メートル程の円形の呪式のようなものが浮いていて、それがリークの視界を遮っていた。
「 噴き上げる冷水に呑まれるは、我らの安らぎを妨げし者 」
今の緊迫した空気とは相反する、森林の奥でゆっくりと流れゆく川の流水のような旋律が紡がれた。
「ま、魔法!? ま、まずい」
最初、呆然とそれを聞いていた騎士隊長は、その旋律の意味に気付いて慌てて自らリーク達に斬りかかった。しかし、すでに遅かった。
『スプラスト』
旋律―――呪文が完成した。
その日、噴水のある広場以外の場所から、それはもう見事な巨大噴水が噴き出た。
ホリムの街を逃げたリークとソフィアは全力で走り続け、ホリムの街が見えなくなったあたりで、スピードを落とし歩きへと変えた。
そして、二人はお互いに顔を見合わせ
「…………ぷっ、ははっ」
「………………フフッ」
大笑いをはじめた。
「おれ、魔法なんて初めて見たけど、なんだあれ!! 派手だな〜」
「お父さんの持っていた本を読んで覚えたのよ」
ソフィアは笑い過ぎて滲んできた涙を指で拭いながら答えた。
「それにしても、あれはやりすぎだろ」
「ごめんなさい、ちょっと頭にきちゃって」
リークの叱責にソフィアは少ししょんぼりしながら、自分の中の疑念をリークに伝えた。
「世の中、あんな騎士ばっかりじゃないよね?」
「あ〜、うん、まぁそうだと思うんだが……」
リークが自信なさげに答える。
リークの中では、少なくともレフォルア王国の騎士は皆あんな感じなのだ。
「こんなに笑ったのは久しぶりだな〜」
「私、はじめてかも」
ソフィアの言葉にリークは、ニカッと快活の良い笑顔をした。
「なんだかんだで、結構いいスタート切ったな」
ソフィアはリークの笑顔に微笑み返す。
「そうね! 結果良ければすべて良しだね」
リークは立ち止まり、ソフィアの真正面に立った。ソフィアもそれに合わせて立ち止まる。
「改めて、よろしくな ソフィア」
右手を差し出すリーク。
「よろしく! リーク」
ソフィアも右手を差し出して、二人は握手を交わした。
ロクに更新もしないくせにいつまでも残しておくのもあれなので、しばらくしたら削除しようと思います。ここまで読んでくれた88人の方々、ありがとうございました。
そして、中途半端な作品を出してしまい、どうもすいませんでした。