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黒髪の伝説  作者: 百合斗
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十一章:森の中の魔法師

 率いていたボスを失った魔物たちはキィルと襲撃を聞いて戻ってきたホリムの騎士団の活躍によって一匹残らず退治された。

 キィルは問題が解決したので、リークと合流するために広場に向かおうとした。そこに


「キィル君、少し伺いたいことがあるのだが」


 王都から戻ってきた騎士団の団長に話し掛けられたキィルは、怪訝な顔をしながらも質問を促した。


「まずはホリムを救ってくれた事に礼を言おう、君のおかげで被害は最小限に抑えられた」


 長身で鍛えられた逞しい身体をしており、厳格な顔つきに立派な口髭を蓄えている壮年の騎士団長が軽く頭を下げるのを見てキィルは目を丸くした。

 騎士というのはどこの国でも横柄で偉ぶっていて融通が利かない傾向にあるのでキィルは騎士というものが苦手だったのだが、騎士団長の態度にその考えを少し改めようとした。


「ところで、君は魔人であるとホリムに残っていた騎士隊からの報告があったのだが、本当かね?」


 騎士の質問にキィルは再び怪訝な顔をしながらも肯いて肯定を示した。

 キィルの肯きに騎士団長は少しだけ考え込むような素振りを見せた後に言葉を発した。


「ならば、仕方がない。 キィル君、君を王都まで連行させてもらう」

「…………は?」


 キィルはさっきよりもより一層、目を丸くした。


「申し訳ないが、国の上層部から魔人の者を見つけたら王都の軍部に連行するように言われているのだ。 行きは馬車で連行させてもらう」


 騎士団長は申し訳なさそうに、しかし、けして逃がしてくれそうにもない様子で話した。

 それを察したキィルは、やはり騎士は苦手だと再認識して渋々納得したように


「……わかった。 広場に連れがいるからそいつも連れて乗せて行ってくれ」


 と、リークの存在も伝えた。


――王都に向かう予定だったし、軍部には黒神将もいるからちょうどいいか――


 キィルは王都までの道のりを馬車で行けることに内心喜びながら騎士団長の後を歩いて、馬車に向かった。

 気の抜けたキィルに疲労感が突然襲ってきた。


――さすがに疲れたな、リークの事は騎士に任せて一眠りでもしようか――
















 リークはぼやける意識の中で見覚えのない天井を眺めていた。自分の身体に掛かっている掛け物を軽く掴んでリークは違和感を感じた。

 視線を天井から自分の身体に移すと、身体に掛かっている掛け物が布ではなく、毛皮であることに気づき、違和感の正体に納得した。


――毛皮の掛け物か、意外に心地良いもんだな――


 そんな感想を抱きながら、リークはそっと自分の腹に手を当てた。そこには半分自滅ともいえる情けない形で付けられた深い傷があるはずだった。


「………?……」


 しかし、リークがいくら探っても傷の感触はなかった。

 リークの思考が復活しだした。


――俺は確か『憩いの森』の入口で倒れたはずだ、ここはどこだ?――


 リークはベットから起き上がると周りの様子を窺いながら、身体に異常がないか確認した。


「無傷? あんなに深かった傷がなんで?」


 自分の身体の予想とは違った異常を不審に思いながらも、リークは自分の眠っていた部屋の把握に努めた。

 小奇麗に片付けられた部屋にある窓からは朝日が差し込み、リークの眠っていた毛皮の掛け物が印象的な木製のベットを照らしていた。

 部屋の端にある机には分厚い本が几帳面に並べられている。その机には木で作られている数本の杖のような物が立て掛けられていた。

 窓から見える光景に目を向けたリークは


「森が見えるな、『憩いの森』か?」


 と疑問を口にする。

 机に立て掛けられている杖を手にしたリークはそれを軽く剣のように振るった。


――警戒はしておいた方がいいな――


 リークは杖を片手に警戒しながら部屋の扉をゆっくりと開けた。



 扉の向こうにあった大部屋の様子にリークは目を見開いた。

 至る所にある怪しげな液体にもリークは驚いたが、それ以上にリークを驚かせたのは大部屋の中央にある椅子に、こちらに身体の正面を向けて座っている少女の存在だった。

 大部屋に漂う、時の止まったような静寂の中で少女から聞こえてくる規則正しい寝息が旋律を奏でていた。


 カーテンの敷かれた窓から洩れる僅かな光で神秘的な煌めきを放つ金髪によって、本来なら薄暗いはずの大部屋が眩しいほどに輝いているようにリークは感じた。

 男の庇護心を駆り立てる、まだ少しあどけなさの残る可愛く整った顔立ちは必要以上に少女を幼く見せている。しかし、意外なほど長いまつげや薄く艶やかな桜色の唇、少女が包んでいる掛け物の上からでも分かってしまう彫刻のように形の良い胸などが、大人への階段を少女が上っていることをイヤでも意識させてくる。


 リークは肩の位置で切り揃えられた少女の金髪が放つ煌めきの美しさに気を取られ、思わず手に持っていた杖を落としてしまった。


「………っん……」


 杖が地面に落ちる際に鳴らした無粋な雑音のせいで少女が奏でていた寝息の旋律が終わりを迎えた。

 俯けていた顔をゆっくりと上げながら開けられてゆく瞼の奥には夕焼けの太陽のような茜色の瞳がたゆたっている。

 少女は虚ろな視線をリークに向けてきた。まっすぐに向けられた瞳の色は茜色からやや赤い色に変わっていた。

 角度によって微妙に色を変える瞳にリークは本当に夕焼けのようだと思った。

 少女の虚ろな眼に輝きが戻りだすと同時に少女の表情は驚愕へと変わっていった。


「………あっ……」 


 少女は慌てて立ち上がり、座っていた椅子を倒してしまい、再び慌てて椅子を起こそうとして、リークに背を向けていることに気づき、焦った様子でリークに振り返った。忙しなく動いたせいで包んでいた掛け物が少女の足元に落ちる。

 灰色の模様が描かれた、黒色を中心とするローブのような衣服を着ている少女の姿が露となった。

 スレンダーながらも出るところはしっかりと出ている魅力的な体をした少女は顔を真っ赤にしながら、呟くように話した。


「お、おきたんですね、………よかった………」


 リークは少女の一連の動作をただ茫然と見ていたが、少女が自分に話しかけているのに気付くと慌てて返答した。


「あぁ、さっき起きたところだ。………俺の名はリークというんだが、君は?」

「わ、私はソフィアといいます。 あ、あなたの怪我を治してここまで運びました」


 ソフィアはリークと会話をしながら、警戒のためか徐々に後ろへと下がり始めた。


「あの怪我を君が? 君は医者なのか?」


 たとえ医者だとしてもリークの負った怪我は消せるほど軽いものではなかったのだが、しかし、医者以外に怪我を治せる者をリークは知らなかったのでそう推測した。


「い、いえ、ただ父が残していた薬を使っただけです」


 ソフィアは慌てたようにリークの言った事を否定した。


「薬? 傷を消せるほどの薬の使い方を知っているという事はやっぱり医者じゃないのか?」


 リークはソフィアの、父という言葉に多少反応したが、それを表に出すことなく平然とした様子で話す。


「ただ、傷口に塗るだけですから。 エリクシルっていうんですけど」

「エ、エリクシル!?」

「ッ!?」


 急に大声を出したリークに怯えた様子を見せたソフィアがリークに向かって両手を翳した。それを見たリークは慌てて、悪いと謝る。

 しかし、リークが驚くのも無理ないことだった。エリクシルとは田舎に住むリークですら知っている伝説的な薬だった。昔、偉大な賢者が作り出して、今はもう残されてはいないと言われている。一国の王がそれを求めて自国を滅ぼしてしまったという逸話も残されている。

 そんな、もしかすると世界に残された最後の一つかもしれない可能性のある希少な物を目の前の少女は見ず知らずの自分に使った事がリークには信じられなかった。

 リークは頭に浮かんだ疑問を正直に目の前の少女に聞いてみた。


「エリクシルなんて希少な物、俺に使ってよかったのか?」

「?、だって使わないと死んじゃうじゃないですか」


 ソフィア小首を傾げて心底不思議そうに答えた。

 目の前に死にそうな人がいたから使った、というソフィアのあまりに単純な答えにリークは驚嘆の意を示しつつも、ある疑問が頭に過った。


「ところで、ここは『憩いの森』だよな、君はここに住んでいるのか?」

「はい、そうです。 もう14年は住んでいます」

「……14年………」


 14年という言葉にリークはホリムへと向かう途中でのキィルとの会話を思い出した。


――でも確か、森に住み着いたのは男魔法師だったよな――


「家族と住んでいるのか?」


 リークの言葉にソフィアは悲しげに若干俯きながら口を開いた。


「はい、10日前まではそうだったんですが、父が病魔に侵されて………、母は私が赤ん坊の頃に亡くなったそうです」

「そ、そうか、それは悪い事を聞いたな、すまない」


 ソフィアの眼が潤んできているのに気付いたリークは謝罪の言葉を口にした。ソフィアは、気にしないでください、と言いながら顔を上げた。

 と、そこでリークは、ソフィアの微妙に自分を畏れている態度や無垢すぎる考え方、に対して一つの可能性を考え出した。


「ソフィアさん、もしかして人と話すのは生涯で俺は何人目?」

「…………二人目です」


 リークの中で父という存在に対する評価がさらに下がった瞬間であった。


――ひきこもるなら一人でひきこもれ!! 娘まで巻き込むなんて最悪だ、…………この少女はこれからは一人で生きていくことになるのか?――


 リークの頭の中ではそんな激情と憐憫の思いが渦巻いていた。そんな事には気付かないソフィアは一人で話し続けた。













 父を失って、一人悲しみに暮れていたソフィアは寂しさを感じ、森の外へと行ってみようかと考えていたのだったが、なかなか勇気を出せずに昨日までいたのだった。

 昨日初めてホリムの街が見える所まで行ってみたソフィアはそこで繰り広がれているオオカミのような魔物と黒髪の少年の闘いを見て息を呑んだ。

 ソフィアが生涯で二人目に会った人は自分と同年代の少年だった。

 黒髪を乱髪に切っている少年は鋭い目付きで魔物を睨みつけていた。

 戦いを唖然とした表情で見ていたソフィアは傷を負った魔物が街に背を向けた形で立った時に、その危険性に気付いた。


――もし、あの魔物が振り返って街に駆けだしたら大変なことになる!!――


 そう考えたソフィアは隠れていた木の蔭から飛び出そうとした、が、そこで


「こ、恐い!!」


 少年がそう叫んで森に向かって走り出した。ソフィアは少年の意図を悟って感嘆する。


――あの人、気付いて自分を囮にした!!――


 その後の展開で重症を負って気を失った少年をソフィアは荷車で自分の家まで運び、死んだ魔物は地面に埋めて墓を作ったのだった。









「えっ!? 森を出るつもりなのか?」


 ソフィアが自分を見つけた理由を知ってリークは驚きながら問う。


「?、はい、とりあえずホリムの街には行ってみようと思っているんですけど、何か問題でもあるんですか?」

 

 その問いにソフィアは眉をひそめて、心配そうに問い返した。


「べ、別に問題はないさ」


 リークは内心冷や汗をかきながら答えた。

 この無垢で優しく可憐な美少女が何も知らずに街に出て、卑劣な男などに会って酷い目に会ってしまう姿がリークの頭の中では容易に想像できた。そして、最後は自分の母のような姿を想像していまい、リークは奥歯を強く噛み締めた。


――命の恩人をそんな目に合わせるわけには――


 リークの中でそんな思いが膨らんでいった。しかし、リークはソフィアに森を出るなとは言えなかった。これから先、誰にも会わずに一生を過ごすのは、それはそれで酷というものだと思ったからだった。

 

「あの、どうかしましたか?」


 俯いたまま黙っているリークに何かあると感じたソフィアは不安げな顔をしながら尋ねた。ソフィアが不安がっていると気付いたリークは慌てて顔を上げ、微笑んだ。


「い、いや、なに、森を出るならついでに、旅でもどうかなぁと思ってね」

「旅、ですか?」


 微笑んだリークに安堵の息を吐いたソフィアはリークの提案に興味を示した。


「今まで森の中でずっといたならさ、世界を知るために旅に出るのも面白いんじゃないかな?」


 その言葉にソフィアは顎に片手を当てて深く熟考すると、苦笑しながら首を横に振った。


「一人旅をする勇気なんてないですよ」


 リークは鋭く瞳を光らせた。


「俺で良かったら付き合うよ」

「え!?」

「ただし、俺の旅の目的を優先してもいいならね」


 一瞬目を丸くしたソフィアの眼が輝きだすのを見たリークは苦笑いをしつつ、条件を出した。


「目的ってなんですか?」

「ん〜〜、悪い奴に詫びを入れさせることかな」


 リークはキィルに話した時とは天地の差で明るく黒神将との因縁を話した。

 ソフィアを怖がらせたくないというリークなりの配慮であった。


「……………わかりました。 御迷惑でないならリークさんの旅に同行させてください」


 そう言いながらソフィアは頭を下げる。リークは心の中でガッツポーズをした。

 旅を止めるわけにはいかず、されどソフィアをこのままにするわけにもいかないという板挟み状態だったのが、安心させるための適当な一言であっさり解決したので喜んでいるのだ。


「さっそく旅の準備をしますね」


 ソフィアはそう言って大部屋を出て行った。

 リークはそれを見届けた後、大事なことを思い出した。


「あっ、キィルの事を忘れてた!」














 一方そのころキィルは


「なに、人が寝ている間に勝手に出発してんだよ!! しかもリークはいなかっただぁ? そんなわけないだろ! 馬車をホリムへ戻せ!!」

「そういうわけにはいきません。 もうすぐ王都に着きますので、そこでの詰問を終わらせてからホリムへとお戻りください」

「なんでだよ! リークが俺の事、心配してるかもしれねぇだろ? せめて、伝言を伝えるために騎士を一人、ホリムへ戻してくれ」

「………わかりました、紙を用意してくれ、……………どうぞ」

「よし、え〜と、リーク、俺の事は心配すんな、俺は―――」


 リークに忘れられていたことも知らずに伝言の紙を書いていた。

 この間、従兄にこれを見せたら、題名のセンスが欠片もない、と言われたのですが………そうですかね?

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