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6/9

5, 気持ち

後書き参照(重要)。

俺の全力描写力。とくと見よ、みたいな感じに仕上がってます。ガチもここまでくると「スイーツ(笑)」

「やっちまった……」


 後悔の念は荒波のごとく押し寄せる。校門を出て初めて俺は、あの場に残るべきだったんじゃないかと気付いた。引越しの時期は残念だがもう眼前まで迫っている。こんな後味の悪いまま、準先輩と別れなければならないのだろうか。そう思うと、今すぐ戻って土下座して謝りたい衝動に駆られる。

 それでも行かないのは、俺がヘタレだからだろう。先輩の背中を見たくなかった。自分があんな風にしてしまったというのに、それから目をそらすことしか出来ない。


「クソったれじゃねえかよ、俺」


 ダメだった。どんなにかっこいい自分を幻想しても、今の状況だけは打開できない。

 戻ってどうするんだ? 土下座して準先輩は許してくれるのか? 

 無理だ。いかに心が寛大で有名な準先輩と言えども、俺の今までの態度を知ってしまった以上、もう関って来ないだろう。地平線の向こうに夕日が落ちていく様を見ていると、まるで自分の気持ちのようで、なんとなく夕日を掬い上げられないかと思って手の平で椀を作ってみた。でもどうしようもなくて、大きくため息をついた。

 思い出、だったのだ。俺は確かに準先輩が好きだったし、彼女に好かれて嬉しいと素直に思う。けれど、それもこれも、この学校での思い出なのだ。それが結果に結びつくことは無い。近々離れ離れになってしまうというのに、関係を作ってしまう何てあまりに酷過ぎる。俺にとっても、きっと彼女にとっても。

 だから俺は準先輩の好意を受けつつも、それを受け入れることだけは決してしなかった。矛盾しているようだが、この境界線は俺にとっての理性に等しい。受け入れたら好き合ってしまう。そうなったら、俺は彼女から離れられないかもしれない。そんなものでダメになる自分を見たくないし、そんなもので泣いてしまう準先輩も見たくない。だから、適度な距離を測っていた。

 言わば、悪く言えば遊んでいたんだろう。彼女を思い出のために利用したと言ってもいい。辛い未来を回避するだけならば、すぐに事実を打ち明ければ良かったのだ。俺はそうして崩れてしまう関係を恐れるのではなく、今までの時間がそこで途切れることを嫌っただけだったのだ。本当にクソったれだ。結局あんな悲しい背中を見せられて、準先輩とはおさらばになってしまった。

 今戻って、冗談でしたって言えば、丸く収まるんじゃないか、なんてありえない誘惑にもふらふらと心が揺れる。何度も帰路の途中で足を止め、振り返る。その度に胸を爪で引っ掻いて、諦めろと自分自身に言い聞かした。

 ああくそ、何が思い出だよ。こんなに惚れてるなんて自分でも思わなかった。

 

『出て行って』


 頭の中で反響するのは拒絶の言葉。右と左の耳が塞がれて、二度と頭の中から出られなくなってしまった短い一言が、俺の精神を掻き毟っている。住宅街じゃなければ思いっきり叫んで、アスファルトに頭を打ち付けたい気分だ。

 辛い。路上で大の字になって寝てしまいたいくらいきつい。脳みそとか心臓とか吐き出しそうなくらい気持ち悪い。

 考えれば考えるほど、じわじわと侵食してくる流行病のような圧倒的な心への侵入。やめてくれよもう、俺は帰って寝て、明日になったら全部忘れて楽しい学園生活を送るんだよ。

 忘れる? 忘れる。わすれる。ワスレル。わすれる。忘れる……。


「……どう考えても無理っしょ、これ」


 浮かぶのは準先輩の笑顔ばかり。脳みその九十パーセントが彼女で占められている。独占禁止法に訴えて法的に排除してもらわないとこれはどうしようもない。そうなったらそうなったで、きっと拒否してしまうんだろうけど。どう考えてもヘタレだ。


「ああああ!! クソ、寝る!!」


 早足になって、俺は過去とか思い出とか、折角重ねてきた色々なものを置き去りにするように自宅に帰宅した。




 □□□□




 携帯電話の時計を見ると、九時過ぎを指していた。帰宅したのが五時くらいだから、四時間はこうして悶々としていたことになる。

 寝る、なんてことは到底無理なことだった。現実逃避すら出来ないとは、ヘタレもここまでくるともう救いようも何も無い。枕は俺の呼吸でなんだか多少湿っているし、電気もつけていないから、本気でうつ病に見える。実際、鬱だ。

 考えることは準先輩のことばかりだ。しかも、どうやったら許してもらえるのかなんて考えてる。自分で突き放しておいて、それを引き止めるのも自分? 馬鹿すぎて話しにならない。

 本当は遠距離恋愛でも良いから、準先輩といちゃラブしたい、なんて気持ちも無くは無い。っていうかかなりそっちのほうが強い。毎日電話して、授業中にもメールして、たまに休日に会ったりして、先輩の笑顔とか、甘い声とか、やわらかい身体とか、あの純粋でストレートな言葉とか、とにかく彼女に触れていたいと思う。

 でも、だからこそそれが無くなってしまうことが心配でたまらない。遠距離恋愛なんてものは必ず冷めるものだって誰かが言っていた。俺は彼女に会えない日々よりも、そういう感情が消えてしまうことがとにかく恐い。憧れからはっきりと好きとまで言えるようになったこの気持ちが霧散してしまうなんてことがあるっていうこと自体、俺にとっては科学者が百パーセントと自信を持って言うノストラダムスの予言よりも恐い。

 思えばハツコイってやつなんだろうか。特別中学まで女子と付き合ったことなんて無かったし、興味も無かった。小学生の頃も無い。幼稚園までさかのぼると自信が無いが。

 準先輩はどうなんだろうか。男女ともに人気が高くて、誰からも敬愛される彼女が今まで告白を受けなかったはすがない。とすれば、一人か二人くらいは付き合った人がいるんだろうか。そうしたら、俺の時みたいに、「ダイスキ」って言葉をその人に頬を染めながら言っていたんだろうか。

 ああ、なんかイヤだなそれは。すげえイヤだ。


「……重症じゃね。俺?」


 なんだか自分自身が面白おかしく感じてきた。どこの乙女だよ、ホント。


「ああああああ」


 意味もなく、濁音付きで発声してみた。

 なんだかもう頭が狂いそうだった。正しいと思ってやったことが、こんなにもハイリターンで帰ってくるなんて思っても無かったからだ。ハイリスクハイリターン。リターンしたのはハイだけど、凄くロウな感情。

 携帯電話を見つめる。オレンジ色に買い換えたばかりの携帯の液晶画面が俺の闇に堕ちた部屋をかすかに照らしている。カチカチッと何をするでもなく、無意識に画像フォルダを開いたり閉じたりしていた。百件なんてまだまだ遠いアドレス帳を開いて、白鳥準の名前を見るたびに心臓を鷲づかみにされる。

 今先輩に電話をかけて、謝ったら、また笑ってもらえるんだろうか……。

 ダメだダメだ。何のためにこんな酷いことをしたと思ってるんだ。男なら、ここは我慢で突き通すべきだろう。弱るな、辛いのは最初だけだ。最初だけ……。

 その時、その俺の汗だらけの手に握られていた携帯が振動した。


「うぉっ」


 驚いて取り落としそうになる。

 一体こんな時に誰だよと、画面を見てみる。

 そして、心臓を喉に詰まらせた。


「……準、先輩」


 一定のリズムでまさに心臓の鼓動のように振動する携帯。右手の親指の先が通話のボタンに届きそうで届かないもどかしさ。取るべきか、否かとかそういう選択を迫られる前に、俺の頭は混乱で、思考は雑に混ぜられたマーブル模様のようにはっきりとした形を持てない。

 足先から頭の頂点まで、迷いという名の電撃が走り続ける。バクバクと脈打つ鼓動は血液を激しい勢いで流し続けている証拠。今なら視界が真っ赤に染まってもおかしくはないかもしれない。

 緊張の一瞬だった。九回目のコールの時、俺は半ば我武者羅とも言える心構えで通話のボタンを押して、耳に当てた。。恐さと嬉しさと情けなさと、色々混じってなかなか声を出せない。


「……」


 しかしそんな均衡は一秒も続かなかった。


「――ああ、繋がった。聞こえるか?」

「……えっと、え?」


 女性の声だが、準先輩の声ではない……? 俺は拍子抜けして、つい間抜けな声を出してしまう。


「私だ。保険の中村だ。分かるか?」

「あ、はい。分かります」

「よし。お前、今から学校に来い」

「は? な、なんで?」


 唐突過ぎる注文に先生でありながらタメ口を利いてしまった。いやにしても、まず九時なんかに学校に先生がいること自体が驚きだし、何故保険の先生からの電話だよ。俺なんかの持病持ちだったっけ。

 

「愛しの白鳥準がさっきから保健室のベッドにうずくまったままでな、帰ってくれないんだ」

「……あ」


 あのまま、まだ帰ってない。その事実が、俺の中から急速に罪悪感を引っ張ってくる。


「家のほうにも電話しようとしたんだが、どうしても電話して欲しくないと言うから、まだ連絡もまだなんだ。で、仲の良いお前に引き取ってもらおうと思ってな」

「ど、どうして俺には電話してもいいんですか……」

「そう白鳥準が言ったからだ。お前には連絡しても構わないってな。家族よりも恋人のほうが信用が置けるのかなんなのか知らないが、とにかく引き取ってくれ。わたしが帰れない」

「む、無理ですよ。それに俺は恋人なんかじゃ」

「それが彼氏の言うことか。恥ずかしいのは分かるが、お前それは――」

「違うって!!」


 口内が沸騰していた。気付けば近所迷惑にもなりそうなくらいでかい声で叫んでいた。みっともなく、怒りでも、否定でもない、ただ単純な逃げに走った逆ギレだった。

 

「……す、すいません。でも、ほかを当たってください……」


 急にしおらしくなって、俺は相手の返事も聞かずに電話を切った。

 携帯を床に放り出して、仰向けでベッドの上に倒れこんだ。すべてが冷えた。吐いた吐息が、温度を持っていなかった。

 そうして交通事故のごとく、急速に理解する。

 ――ああ、終わったんだ、と。



どうも蜻蛉です。

7話か8話で完結してしまうこの作品ですが、残念ながら第二期が決定してしまいました。どのような作品になるかは検討も付きませんし、挫折する可能性もあります。別作品扱いはしないので、更新扱いになりますが、よろしくお願いします。

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